005_魔法の力
一番後ろにいたリザードマンが叫んだ。何かの合図だろうか。
それに合わせて他のリザードマン達が一斉に切りかかって来る。魔物が統率の取れた動きをするのも始めて見た。
――まるで…人間みたいだ。
いつも魔物に対する緊張感は持っている。しかし魔物を正面から「怖い」と思ったのは随分久しぶりだ。リザードマン達は明らかに〝言語〟を持っており、その事実に鳥肌が立っていた。
「ポーチ、魔法で迎撃しなさい」
副団長が簡潔に指示を出す。
フリュウポーチはベルトに下げてあった魔導書を取り出した。そして表紙の上に右手をかざす。
魔導書の少し上、宙に魔法陣が浮かび上がる。
直径は四十センチ程で赤く輝いている。魔法陣内部には魔法を発動する為の呪文や図形がびっしりと記されていた。
――魔法陣は最も基本的な魔法道具だ。
一般的に魔法を使うにはダラダラと長い呪文を詠唱し、体内の魔力を支払う必要がある。〝呪文を扱う知識に長けた人〟は〝魔法使い〟と呼ばれる。ワークツリーの従業員は殆ど全員が魔法使いだ。しかしこの方法では呪文を知らないと魔法が使えない。それに詠唱に時間もかかる。
そこで魔法陣だ。コレを使えば呪文を詠唱する必要がなくなる。何故なら魔法陣には予め呪文が書き記されている為だ。よって魔法陣を起動し体内の魔力を支払うだけ! それだけで誰もが魔法を使うことが出来る。ちなみに時短にもなるので多くの魔法使いも魔法陣を使う。
フリュウポーチは前方のリザードマンに狙いを定めた。
そして体内の魔力を消費し、魔法の発動を宣言する。
「ヴレア・ボールッ」
【ヴレア・ボール_火球を放つ魔法】
彼女が魔力を消費すると、魔法陣が一際その輝きを増す。激しく燃焼する火球が三つ、フリュウポーチの手元に生成された。
【ヴレア・ボール】は誰でも知っている火属性の初期魔法だ。火球を三つ生成し、術者の指示した方向に飛ばす事が出来る。
真っ赤な炎が彼女の横顔を力強く照らしている。彼女が右手をリザードマンに向けて突き出した。それを合図に火球はリザードマン目掛けて飛んで行く。
「キィアッ!!」
効いている!
火球が直撃し、のたうち回るリザードマンたち。大きく陣形が崩れる。この時点で勝敗は決していた。ガーゴファミリーの面々は武器を構える。
――その後戦闘が終わり、リザードマン達が光の粒になって消滅するのを確認した。
戦ったわけでもないのに私も全身の力が抜け、その場にへたれこんでしまった。いつの間にか随分汗をかいていた。やっぱり私は冒険者には向いていない。
一方、アキニレは手元の紙に何かをメモしている。
「何を書いてるんですか?」
「あの魔法陣の動作確認だよ」
「動作確認?」
「あの魔法陣はウチで製造したものでね。ダンジョンで使っているのを見る機会は貴重だから」
アキニレのメモ帳を覗き込む。手書きで作られたチェック項目のリストがあり、彼はその一つにチェックをいれた。
「まあ、ゆくゆく教えていくさ」
「わ、分かりました」
フリュウポーチが魔法を停止した。魔法陣を形作っていた赤色の光はサラサラと霧散し、魔導書の中へと戻っていった。
「ここから中盤にさしかかります。魔物の危険度も増してきますのでお気を付けください」
ま、マジか…。今のより更に危険度が増すのか。
「大丈夫ですか?」と副団長。
「あはは、大丈夫です…」
副団長の言葉に対して、私はへなへなと愛想笑いを返すしかなかった。
――これがダンジョン、これが仕事か。