045_リンvsスワロー
リンの日記_四月二十三日(水)
一年目、三年目の社員とミラーが会社外の空き地に集まった。私はそこまで好戦的なタイプではないが…アセロラの手前、きっちり勝たせてもらおうとは思う。特にガスタと戦う事になれば容赦はしない。
「私が指名した者同士で戦ってもらう。昨日伝えた通りルールは結界決闘、結界の種類も自由だ」
ミラーは簡潔に説明を行うと早速一回目の対戦カードを発表した。
「では一戦目はスワローとリン、前に出てこい」
いきなり私の番である。対戦相手は〝バーベキュー男〟ことスワローだ。彼は身長が高くてガタイもいい。いつも誰かを地元のスポーツチームに誘っている事を考慮すると…運動神経もいいのだろう。今日のメンバーの中では一番油断ならない相手だ。私達は離れたところに立って互いに向き合った。
「よろしくな、リン!」
「ど、どうも」
スポーツマンシップ全開のスワロー…なんかこっちの方が恥ずかしくなってくる。
「リンが俺に勝ったらウチのバーベキューに招待するぜ!」
「え、じゃあ負けようかな…」
「何か言った?」
「いや、何でもないです」
ミラーが右手を上げると結界決闘の開始を宣言した。スワローはテンポよくステップを刻むと魔導書から魔法陣を起動した。緑色の魔法陣がスワローの手元で宙に浮く。早速攻撃が来る!
「行くぞ、リン! ウィンディン・ナイフッ!!」
【ウィンディン・ナイフ_風小刀を生成する魔法】
スワローが勢いよく右手を突き出すと、風の刃が私に向けて飛んできた。
回避した…つもりだったが結界に細かな傷が入っている。かすっていたようだ。風による攻撃は実態がなく見極めにくいしスピードもある。ただし他属性に比べると威力は劣るはず。パーリーピーポーの内輪ノリのように根拠のないペラペラな攻撃である。
私は決して忘れない。学生時代、当時の先輩に半ば強引に誘われ、とある飲み会に参加したことがあった。参加者は男女共にとても元気なメンバーで「私とはノリが合わなそうだなあ…」とは最初から感じ取っていた。そして全員がテーブルにつくと幹事が口を開く。
「酒を注文するときは毎回必ず一発芸を披露する事! 爆笑をもって初めて注文の権利を得るものとします!!」
――私は絶句した。
ただでさえこの元気な飲み会に半ば強引に誘われたのだ。私のような影の者に一発芸など出来る筈がない。繊細な生き物なのだから…そっとしておいてほしい。
いかん、いかん今はスワローとの勝負の途中だった。奴のペラペラな攻撃につい意識を持っていかれる。だがそんな攻撃で私を倒そうなど百年早い。私の攻撃はもっと重いのだから!私はポケットの石を掴むと大きく振りかぶった。
「スロトン!」
【スロトン_投石強化の魔法】
私の十八番――投石強化。投げた石の礫を魔法の力で強化する魔法だ。勢いよく飛んだ礫がスワローの結界に命中する。
「今飛んできたの石!? え、怖、ヤバ!!」
驚きを隠さないスワロー。いちいち反応が大きいのはパーリーピーポーの弱点である。私は二個目の礫をポケットから取り出した。
「スロトン!!」
二個目の石も私の手を離れると同時に加速を開始する。ところがスワローも本日二枚目の魔法陣を起動した。
「ヘッドウィンディン!」
【ヘッドウィンディン_向かい風を生成する魔法】
私に向かって強烈な向かい風が吹く。先日私達が扱った【テイルウィンディン_追い風を生成する魔法】の亜種だ。追い風にぶつかる事で私の投げた石は減速、スワローはすんでのところで回避してみせた。強力な風の防壁が私の前に立ちふさがる。
「どうだリン! 風は攻防一体だぜ!!」
「っ!」
――まるでこれは…パーリーピーポー特有の同調圧力のようだ。
あの時の飲み会でもそうだった。例のクソ幹事が「酒を注文するときは毎回必ず一発芸を披露する事!」などと宣言したせいで私は何も注文することが出来なくなっていた。その間にも他のパーリーピーポー達は次々と一発ギャグをキメて酒を注文していく。〝酒の神様を降臨させる儀式を唱える者〟〝フォークを聖剣に見立てて勇者を名乗る者〟〝ひたすら大声でダジャレを連発する者〟など…。グループの中ではウケていた。が、シラフの私には何が面白いのか一ミリも理解する事ができない。さらに真の地獄はここからだった。例のクソ幹事がポツリと呟く。
「あれ、リンちゃん飲んでなくない?」
パーリーピーポーの視線が私一人に集まる。
!?
確かに一発芸を一度も披露していないのは私だけだった。私は元々一発芸みたいなことが得意なタイプではない。それにこのパーリーピーポー達と同類であるかのように振舞うこともなんか嫌だった。要するに丸腰のまま、適地のど真ん中に足を踏み入れた愚か者が私だ。ゴブリンやリザードンよりパーリーピーポーの方がずっと怖い。奴らは倒せばいいのだから…。
断れ! 断るのだ私!!
私の中の強く逞しい私が声を上げる。こんなところで屈してはいけない。
だがしかし、あまりにノリが悪いと思われるのも…きっと生きづらくなる。
どうする!?
どうする…!?!?
決断を迫られた私はついに立ち上がった。そしてその場で一発芸を披露して見せた。〝何をやったか〟は今更この日記に書くまい。一つ確かな事は…私の限界ギリギリのギャグは…パーリーピーポー達相手に滑っていた。
「うわぁあああああああ!」
黒歴史を回想した私はスワローに勢いよく投石を行う。
「スロトン!!!」
私の投げた礫は風を切り裂き、真っすぐにスワローへと突き進んでいく。