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040_フリー記者のグローフ

 時計を見ると既に十九時半。本日の業務はスイーツ店――アップルジャムの前で終了、そのまま直帰する事となった。夕暮れの街を歩き、ふと後ろを見ると私の少し後ろにフリュウポーチがいた。


「あれ、アナタの家もこっちなの?」


「ああ…そうだな」


「そ、そっか」


 二人横並びで歩く…彼女の大剣が地面に大きなシルエットを落としている。フリュウポーチは横から見ても凛と整った顔をしていた。私も彼女みたいに堂々と出来たらいいんだろうなあ。私はいつも沈黙が怖くて、喋りたくもない話題を必死こいて搾り出している。まあ社会人ならそういう部分も必要なんだろうけど…。


「あ、あの…どうしてフリュウポーチは冒険者になったんですか?」


「金払いがいい」


「そ、そっか」


 フリュウポーチは間髪入れずに返答した。確かに優秀な冒険者はお金になる。ただ第一声がお金って、何かよっぽどお金が必要な理由でもあるのだろうか。例えば病気の家族がいるとか…。気にならないといえば?になるが、そういった部分まで踏み込むのはルール違反な気がする。しかしこのままじゃまたあの沈黙が生まれてしまう。私が一人で葛藤していると彼女の方から口を開いた。


「魔物と倒してお金を稼ぐ…。そしてギャンブルで更に金を増やして、美味しいご飯を買う。人間にこれ以上の幸せはない」


「お、おう…」


 私は彼女のペースをまだ掴みあぐねているようだ。

 私達は来た道を逆に辿っていた。駅前はまだ閑散としており…殆ど人がいない。それもそうか、まだ花粉怪鳥討伐の新聞すら発行されていないのだ。私達が歩く音が駅前広場にコツコツと響く。


「すみません、少しお時間いいですか?」


 突然呼び止められた。私はびっくりしてやや大袈裟に振り向く。

 ワイシャツ姿の男性が私達に向けて和やかに手を振っていた。年齢は私より少し上だろうか。白いシャツの上から黒いサスペンダーを装着しており、髪はカジュアル寄りの七三分け。イントでは珍しい真っ黒な髪と瞳が印象的だった。


「な、何か御用でしょうか?」


 普通に人見知りが発動…私はやや上擦った声で尋ねる。


「おっとこれは失礼、私はしがないフリーの記者です」


「記者さん…?」


「はい、この度の怪鳥ヘルフィーブ討伐について情報を集めておりまして…少しだけお時間いただけませんでしょうか?」


「え、えっと、少しですか?」


「はい、ほんの数分で構いません」


 ところが――


「いや…時間は…ない」 


 フリュウポーチが私と記者の間に入り込んだ。物事への執着が薄い彼女にしてはやや強引な展開である。不思議に思って彼女の方を見ると、フリュウポーチの顔にはいつもと異なる緊張感があった。それでも記者は顔色一つ変えずに淡々と続ける。


「一分程度で構いません。魔物が討伐された後の駅の状況について、実際に駅周辺を歩いている人の視点で話していただきたいのです」


「ダメだ…」


 フリュウポーチはそう言うと腰の大剣を下ろした。カバーこそ付いているが、その剣先は明らかに記者の方を向いている。

 

「え、ちょっと何考えてるの!?」


 私は慌ててフリュウポーチを止めようとした。しかし彼女はその大剣を勢いよく振り下ろす。


 ゴンッ


 鈍い音が響いて…私は咄嗟に目を瞑った。恐る恐る彼女を確認すると――


 フリュウポーチの大剣は彼ではなく、横の茂みを叩いていた。そして茂みの中から「ギャオオ…」と何かが喚くような音がした。


「これを…見ろ」


 彼女は茂みに手を突っ込むと…何かを引きずり出す。魚の魔物である。ややグロデスクな外観で中央に大きな目玉が一つだけ付いている。魔物は尾ビレの付け根をフリュウポーチに掴まれ「ギャアギャア」と威嚇していた。いや、そんな事はどうでもいい…。


 ――私達はその魔物に見覚えがあった。


 以前ガーゴファミリーと訪れたダンジョンの〝隠しエリア〟で遭遇した魔物だ。隠しエリアの中に一匹だけこの魔物が潜んでいた。


「お前、この魔物を使役して…私達を監視していたな」


 今度こそフリュウポーチが記者に大剣を向けた。私も彼女を止めなかった。黙って彼の返答を待つ。


「ハハハ、言いがかりはよしてください。この魔物は僕と無関係ですよ」


「お前から…この魔物と同じ匂いがする」


「近くに居たから匂いが移ってしまったのでは? そもそも花粉のせいで貴方の鼻もまともに機能していないと思いますし」


「…」


 フリュウポーチはそれでもなお、構えを解かなかった。


「聞く耳なし…まあいいか」


 男はそう呟くと「パン、パン」と二回、小さく手を叩いた。するとフリュウポーチに捕まっていた魔物がヌルリと彼女から逃れて男の方へと飛んで行った。魚はダンジョンの時と同様、空気中を泳ぐように動き回っている。記者は再度こちらを向く。が、その表情には先ほどまで堅苦しさや愛嬌はない。


「君の言う通りこの子は僕の魔物だ。ジャコの一種だけど〝ディープアイ〟と呼んでいるよ」


「…!」


私達は更に警戒を強める。しかし男は気にする素振りはない。


「君たちも〝世界樹の青窓〟のことは勿論知っていると思う。国家レベルの巨大組織だ。その本質は世界樹の存在を世界に広める宗教団体であり、世界樹の恵みを世界中に届ける大企業でもある。」


「そ、それがどうしたんですか?」


 適当に返事をしたが私の心臓は小刻みに脈打っていた。私が二週間ほど前に接触したプラナリ…。彼こそが世界樹の青窓だったためだ。彼は私のことを〝楽師〟と呼びラムスを押し付けてきた。何もかもわけがわからないが。


「突然だが最近面白い噂を耳にしてね。その世界樹の青窓が楽師と呼ばれる人間を選定しているそうなのだよ」


 また楽師…!


 その言葉を聞いて私の心音はますます早くなる。


「その〝楽師〟…私達と何の関係が?」


「僕は君が〝楽師〟の契約を結ぶ場面を見た」


 !? 


 確かにあの隠しエリアには魚の魔物――ジャコが居た。嘘をついている訳では…ないのかもしれない。私は何も言うことができず男を睨んでいた。


「リンといったね…君は何者だい? 何故あの司祭と交流がある?」


「そ、そんなの私だって分かりません。いきなり襲われただけなんだから…」


 グローフが私の目を真っすぐと見据える。私も拳に力を込めてこの記者を睨み返した。緊張で胸がはち切れそうだ。十秒程度の沈黙が、悠久の事のように感じられた。


「分かった。今は君の言葉を信じよう。しかし今後、あの司祭に加担するなら容赦はしない」


 男が私から視線を外した。


 一瞬気が緩みそうになるが、まだ駄目だ。


「あ、貴方は何者ですか?」


「僕はグローフ。世界樹の青窓に恨みがある者だ」


 それだけを告げるとジャコ――ディープアイと共に去っていった。ほんの数分のやり取りだが、全身が吊りそうになるほど緊張した。フリュウポーチはあの男を見届けると、前を向いたまま私に告げる。


「あの男からは…邪悪な気配を感じる。何も話すな」


「わ、分かった…ありがとうございます」


 あの男の発言がどこまで本当なのかは誰にも分からない。だが今日の出来事はいつか私にとって大きな意味をもたらす…そんな予感がしていた。


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