037_魔法陣のテスト
魔法陣のテストを行う。もちろんテストを行うにあたっての手順書も持参していた。(今回はガスタが作成したもの)テストではこの資料に従って魔法陣を操作。そして正しく魔法が発動すること、トラブルが発生しないことを確認する。
ちなみにこのテストはワークツリーの私とガスタではなく、アップルジャムのパティシエが操作する手筈となっていた。今回テストに協力してくれるのはこのスイーツ店のシェフ――レードルである。彼は魔法による技術の自動化について、複雑な感情を抱いていた。私は喫茶店での彼の言葉を思い出す。
「私自身がどの様に受け入れるべきか…その答えが見つかっていないのです」
さっきは私なりの答えをレードルに伝えることが出来た。しかし彼はさっきの会話をどう感じたのだろうか。
――さっきの会話、失礼じゃなかったかな…?
なんか心配になってきた。今の私は彼の後ろ姿を見つめることしか出来ない。レードルはガスタの指示に沿って淡々と作業を行った。といっても行程自体は多くない。食材を所定の位置に置き、生成するパイ生地の量を選択するだけだ。そして最後に魔法陣を起動し、魔法を詠唱する。
レードルがゴーレムに手を添えると、オレンジ色の魔法陣が宙に浮かび上がった。彼はゆっくりと魔法を声に出す。
「メイク・パイドウ…」
【メイク・パイドウ_パイ生地を生成する魔法】
ゴーレムの目に光が灯り、パイ生地作成を開始した。それを見守るレードルの眼差し。それは喫茶店の時と比べると幾分か柔らかく見えた。(私の勘違いでなければだが!!)
その後、生成するパイ生地の量を変更したり、わざとエラーが出る条件で魔法陣を起動したり…様々なケースでテストを行った。このテストも予めガスタが用意したものだ。魔法陣の開発って本当に手間がかかるんだな。私はガスタとレードルがテストを行う様子を目に焼き付けた。
そして私たちがアップルジャムに到着してから二時間弱、やっと全てのテストが終了した。もちろん問題はない、完璧な結果だった。まだ足手まといな私でさえ、達成感を感じてしまう。大きく伸びをする私に、ガスタが声をかけた。
「それと君…この後は時間あるのか?」
「はい? 特に予定はないですけど…」
え、なんだろう。今日ってこのまま直帰だよね。今から「ワークツリーに戻ろう」とか言われたら私ぶっ倒れると思うのだが。それくらい花粉怪鳥ヘルフィーブとの戦いは命がけで、張りつめていたものがあった。そんな私に対して、ガスタは珍しく頬を緩める。
「花粉怪鳥討伐と魔法陣完成を祝って、アップルジャムがパイを振舞ってくれるそうだ」
「え、やった!」
その時、スイーツ店のドアベルが「カラン、カラン」と音を立てる。そしてガーゴファミリーのメンバーが次々と入店してきた。全部で十数名、知らない人もいる。ガーゴファミリーの副団長――タジンはレードルとマッシュに対して挨拶をした。相変わらず冒険者とは思えないほど物腰が柔らかい。そうかさっきパティシエ達が準備していたのは私達とガーゴファミリーのパイだったのか。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
彼らは四人掛けのテーブル二つとカウンターに通された。カウンター席には例の団長もいる。小太りなのに相変わらずイカつい顔。私はピッと姿勢が伸びた。そして次々とパイが運ばれてきて、あっという間にテーブルが埋まる。
「ほら、リンも座ってください」
振り返るとレードルが両手にパイを抱えており、私は慌てて動線を空けた。ガスタもガーゴファミリーの面々と同じテーブルに座っているようなので、私も空いている席に座った。ガーゴファミリーの男性が、切り分けたパイを私にも勧めてくれる。この冒険者ギルドは本当にフレンドリーな人が多い。私はペコペコしながらそれを受け取った。
「リンだったよね? どう会社に怖い先輩とかいない?」と男性。
「え、いや、ははは、そんな怖い人なんて居ませんよ」
「えー、本当に?」
――居るよ! そこの席でパイ食ってるガスタ先輩です!!
だがそれをぶちまける度胸もノリも私には備わっていない。一先ず「あはは…」と相槌を打ちながらその場を乗り切っていた。ふと隣を見ると、フリュウポーチも部屋の隅で黙りこくっている。もしかして寝ているのだろうか。私は陰の者として、他の陰の者が気になったりする。大丈夫かな、もしかしてガーゴファミリーに馴染めてないのだろうか。私はつい、向かいのテーブルに座る副団長の方に顔を向けた。すると彼は何かを察したようにうなづいてみせた。
「ポーチの事なら大丈夫ですよ。彼女は喋りたい時に喋って、食べたい時に食べます」
「お、おお…」
そう言われれば、そんな気もする…。
「ただ一つ懸念もありまして…」
「……?」
「我々としては彼女に同年代の友人をつくって欲しいのです」
ガーゴファミリーのオカンは少し心配そうな顔つきとなった。