035_花粉怪鳥ヘルフィーブ⑦
基本的に魔物は〝最初に発見した人〟が優先的に討伐してよい。そういう暗黙の了解がある。だから今、討伐の優先権は私達にあった。だが私もレードルも既にボロボロの状態。どう考えてもこの花粉怪鳥ヘルフィーブを倒せそうにない。それでもタジンは私達に配慮してくれた。そんな副団長に対しレードルは「宜しくお願い致します」と丁寧に頭を下げる。副団長とレードル…今この空間には紳士しかいない。
副団長――タジンはそれを確認するとポーチに支持を出した。花粉症のヒーロー達による反撃が始まる。
「さて、ではお仕事の時間です。ポーチ、花粉を火で払いなさいックシュ」
フリュウポーチは無言で魔導書を開く。そして魔法の発動を宣言した。
「メガ・ヴレア・ボールっくしゅ…」
【メガ・ヴレア・ボール_大火球を放つ魔法】
放たれた火球は私が作ったものよりずっと速い。やはり戦闘のプロは魔力をコントロールするのが抜群に上手いようだ。火球は花粉弾を飲み込みバリアに巨大な穴を開けた。私があんなに集中して成し遂げたことを彼女はあっさりとやってのける。
「ポーチ、上出来です」
副団長はそう言うと弓を構える。以前ダンジョンで戦った際は双剣だった。あの人は弓もいけるのか。彼は片目をつむると怪鳥に対して狙いを定める。張りつめた感覚がこちらにも伝わってきた。そしてタジンは矢を放つ。
「ボッファアアアアアア!!!」
放たれた矢は魔物の右目を正確に撃ち抜く。いや、正しくは目の上のカバーだ。怒り狂った怪鳥の叫び声がこだまする。
怪鳥ヘルフィーブの目には半透明のカバーが付いており、喉には何重にもフィルターがかかっている。これはこの魔物自身が花粉でダメージを負わないようにする仕組みらしい。つまりそれらがなければ、あの魔物も花粉に苦しむ筈なのだ。
私は確かに見た、魔物の目が空気に晒される瞬間を…。そして花粉怪鳥ヘルフィーブは悶え始める。間違いない、花粉で目が痒いのだ。
――そうだ感じろ、それが花粉だ!!!
ヘルフィーブが翼をバタつかせると花粉のバリアが散り散りになっていく。魔物はパニックで身体のコントロールを失い、駅前広場に激突した。す、すごい…。私は勝利を確信しかけるが…この怪鳥もそう簡単には引き下がらない。奴は充血した瞳でフリュウポーチを睨みつけた。
「フリュウポーチ、危ない!」
怒り狂ったヘルフィーブは彼女目掛けて突撃。夕日に照らされて鋭い嘴が鋭く輝く。
「一騎打ちか…いいだろう」
フリュウポーチは小さく呟くと、顔色一つ変えずに魔法陣を起動した。本当に冷静な奴だ。焦りはないのだろうか。彼女の手元に緑色の魔法陣が出現する。私も見たことのある基本的な魔法だった。
「終わりだ…テイルウィンディン」
【テイルウィンディン_追い風を生成する魔法】
「ボッファ!!!」
風に乗って加速するフリュウポーチ。彼女は目にも止まらぬ速さで魔物に迫る。しかし怪鳥も凄い剣幕だ。真っ赤な瞳が彼女への恨みを物語っている。魔物と冒険者の一騎打ち。それを制したのは――
「フリュウポーチだ」
会心の一撃が魔物を捉えた。花粉怪鳥ヘルフィーブは大きな音を立てて地面に崩れる。最早戦う力は残っていない。やっぱこの人、超強い。そんな漠然とした感情しか出てこなかった。そしてフリュウポーチは私に向けて親指を立てる。顔は真顔のままだが、彼女なりに喜びを表現しているのだろうか。ちょっとシュールである。とりあえず私も同じポーズを返すと、彼女は満足したように頷いていた。私も小さく頷くと、討伐された魔物へと視線を移した。
「で、デカい…」
私達が倒した怪鳥より一回りは大きい。花粉竜巻を生成する特殊な魔法まで持ち合わせていた。それにこの魔物は禍々しい黒い魔力をまとっていたはず。あの魔力はなんだったのだろうか…。タイミングがずれていたとはいえ、ボスモンスターが二体同時に現れたことも気になる。そう思った時――
「こ、これは…?」
フリュウポーチが倒した方の怪鳥が白い光に包まれた。そして魔物は光の粒となって消える。ダンジョンの中で魔物を倒した時に少し似ているが、それにしては光の具合が異なる。どちらかといえば転移魔法に近い印象を受けた(そんな高度な魔法は教科書でしか見たことないが…)。最初に倒した花粉怪鳥は今でも私達の隣に転がっている。これは一体どういうことだろう。その光景を目の当たりにした副団長が眉間にシワを寄せた。
「今の光は…召喚魔法を解除した時のものに酷似しています」
召喚魔法とは読んで字のごとく、契約済みの魔物を召喚する魔法を指す。二体目の花粉怪鳥ヘルフィーブは誰かが召喚した魔物だったのだろうか。
――だとすれば二回目の襲撃には〝黒幕〟がいる?
しかし結局それ以上のことは分からなかった。ガーゴファミリーも今日のことは全て自警団へ共有すると話していた。だが一先ず危機は脱したのだ。私達三人は最初のヘルフィーブをガーゴファミリーに預けると、今度こそスイーツ店――アップルジャムへと訪れた。毎年こんな魔物が出現するなんて、都会もなかなかハードな環境だと思う。