034_花粉怪鳥ヘルフィーブ⑥
「褒めては…いない。だが魔物を引き付けてくれた件は感謝する。恐らく僕が真っ先にやられていた筈だ」
この男にもお礼が言えたのか…。謎の感動に包み込まれる。私達三人は自警団を待ちつつ、アップルジャムに移動する準備をしていた。魔物との激闘を乗り越え、全員が気を抜いていた。それに戦うだけの体力も魔力も残ってはいない。そんな私達の背後に黒い影が迫っていた。
「ボッファ!」
――嘘だ!?
既にトラウマ確定済みの咆哮が響き渡る。駅の反対から二体目の花粉怪鳥ヘルフィーブが出現した。しかも先ほどの個体より一回り大きく、大量の花粉をばら撒いている。しかもそれだけでない。魔物の周囲にはどす黒い魔力が充満しているのを感じた。あれは何だろうか。どちらにせよ今の私達にろくに戦う術はない。しかしレードルは自身のホイッパーを再度構えた。
「連戦ですか、ブランクがある身には少々こたえますね…」
いや、今の彼では無理だ。ここまでの戦いではレードルが一番身体に負荷をかけている。私とガスタは魔導書を広げると彼の前に立った。私は数発の火球なら放てるはず。ガスタが戦えるのかは分からないが…前に出たという事は何かしらの考えがあるのだろう。この人は魔力も体力も温存できているし。
「ボッファ!!」
花粉怪鳥ヘルフィーブの瞳が赤く光る。奴が大きく羽ばたくと、周囲の花粉がみるみるうちに渦を描き始めた。そして怪鳥の前に一本の竜巻が発生する。こんなの聞いてない。さっきのより数段強いではないか。
「ヴ、ヴレア・ボール」
【ヴレア・ボール_火球を放つ魔法】
私はダメ元で火球を放つ。が、攻撃は全て竜巻に飲み込まれて消えた。ガスタも同様である。これはレードルのホイッパーで受け流すこともできそうにない。やはりコイツは無理だ。この現状を鑑みて最初に撤退を決めたのはガスタだった。
「今から僕が全力の攻撃を仕掛ける…直後、三人で別の方向に逃げるぞ」
それじゃ逃げ足の遅いガスタがやられるのでは…。いや、それも覚悟の上かもしれない。私は彼の言葉に小さく首を縦に振った。ガスタが青い魔法陣を起動する。かなり複雑な魔法陣、恐らく消費する魔力も多い筈だ。これが彼の覚悟…。しかし彼の魔法発動は別の声によって遮られてしまう。
「その覚悟は…まだ早い」
私はこの気だるげな声に聞き覚えがあった。咄嗟に振り向くと花粉の嵐の中、数メートル先に人影が見えた。彼女はこの花粉の中をゆったりとしたペースを維持したまま近付いてくる。銀色ウルフカットに狼の耳、ガーゴファミリーの冒険者――フリュウポーチだ。彼女は私を見つけると小さく左手をあげた。
「どーも…魔法陣職人」
「ど、どうも」
街中で偶然出会ったみたない挨拶で拍子抜けしてしまう。彼女はこの緊急時にも一ミリだって慌てたそぶりを見せない。なんてマイペースなのだ。しかしこんな時でも魔物は待ってくれない。花粉怪鳥ヘルフィーブは金切り声を上げた。そして花粉弾を立て続けに打ち込んでくる。
「あ、あのフリュウポーチ、状況分かってますか?」
「大丈夫…だ」
フリュウポーチは即座に臨戦体制に入った。大剣を背負ったまま獣のようなスピードとキレで花粉弾の着地点に潜り込む。そして花粉弾全てを大剣のヘリで打ち返した!
「ボッッッッファ!!!」
しかし最後の花粉弾は特別に大きい。あれは流石に打ち返せないのでは!? しかし彼女は躊躇いなく攻撃に飛び込む。そして握った大剣を大きくスイング。花粉弾を一刀両断にした。真っ二つの弾は遥か後方へ流れ、数秒後に暴発。レードルの戦いが技術を突き詰めた職人芸だったのに対し、フリュウポーチのそれは実に野性的である。そしてやっぱり強い。
「ポーチ、もう時間稼ぎは十分です」
また聞き覚えのある声がした。この紳士的なボイスはガーゴファミリーの副団長――タジンである。気がつくとガーゴファミリーの精鋭五人が怪鳥を取り囲んでいた。タジンは駅前雑貨屋の屋根に。盾オタクの中堅冒険者――バーナも駅前広場の一番高い位置を陣取っている。すると副団長が私に気が付いた。
「あなたはワークツリーのリン、何故ここに、ッブエクション!」
私に話しかけようとして、副団長が大きなくしゃみをした。花粉症だとは思うが大丈夫かな。
「え、えっと仕事の途中で怪鳥に襲われまして…」
「マジかよ、それは奇遇だ…ックション」
中堅冒険者――バーナも何か言おうとしてくしゃみをした。きっとガーゴファミリーは連日この魔物を追いかけていたのだろう。明らかに私より重症である。そういえばフリュウポーチも目が真っ赤だ…。(リアクションこそ薄いが)
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。コイツを倒せば今月の家賃は安泰ッブエアックシュ」
バーナが何か言いかけた。が、上手く喋れそうにない。しかし彼らにものっぴきならない事情があるようだ。そして副団長は鼻をズルズル言わせながら宣言した。
「この魔物は私達が仕留めさせていただきますックシュ。お三方もご承知おきくださックシュ!」
基本的に魔物は〝最初に発見した人〟が優先的に討伐してよい。そういう暗黙の了解がある。だから今、討伐の優先権は私達にあった。だが私もレードルも既にボロボロの状態。どう考えてもこの花粉怪鳥ヘルフィーブを倒せそうにない。それでもタジンは私達に配慮してくれた。そんな副団長に対しレードルは「宜しくお願い致します」と丁寧に頭を下げる。副団長とレードル…今この空間には紳士しかいない。
副団長――タジンはそれを確認するとポーチに支持を出した。花粉症のヒーロー達による反撃が始まる。
「さて、ではお仕事の時間です。ポーチ、花粉を火で払いなさいックシュ」