032_花粉怪鳥ヘルフィーブ④
「キガホイッパー!」
野太い叫び声、そして私の横を突風がかすめる。花粉弾は大きな風の流れに絡め取られ、私のずっと後方で暴発した。
「っ…!」
振り向くとコック服を身に纏った大柄な鬼人が佇んでいる。
「レードルシェフ!?」
「間に合ってよかったです。貴方もまた職人の芽…魔物に摘み取らせるわけにはいきませんよ」
彼はそう告げると両手に大きな武器を構えた。右手には刀身が長めの剣、左手にはパティシエがクリームを混ぜる時に使う〝カシャカシャするヤツの巨大版〟を装備している。
「そのカシャカシャするヤツ、何でしたっけ」
「ホイッパーですね」
「ああ、ホイッパー…」
「これで空気の流れをコントロールし、防御する事が出来ます。そして攻撃はこちらですね」
レードルの剣は細く長く、見た事のない反りがあった。
「その剣も初めて見ました」
「こちらは私の古郷で〝刀〟と呼ばれる武器です。剣より〝斬ること〟に特化しているのです」
「ボッファッ!!!」
怪鳥ヘルフィーブは大きく咆哮を放った。花粉弾がいなされた事が不服だったのか? 次々と弾が飛んでくる。レードルは手首のスナップで巨大なホイッパーを回転させる。するとつむじ風の様に大気が渦を巻き、そのまま攻撃をいなす盾となった。花粉弾は全てホイッパーの作る渦巻きに絡め取られる。そして私たちから離れたところで四散した。とんでもない反射神経と手首のコントロールだ。鬼人が強いとは聞いていたが、ここまでとは…。
後ろからガスタも追いついてきた。体力もないようで既に「ぜえぜえ」言っている。普通に来ない方がよかったのでは? と思ったが触れないでおこう。私がレードルシェフにお礼をすると彼はニコリと笑顔を返してきた。
「お安いご用です。それよりリン、火属性の魔法は使えますか?」
「つ、使えます!」
レードルは小さく頷くと私から怪鳥ヘルフィーブへ視線を戻した。
「では私が時間を稼ぐので、あの結界の破壊をお任せしても宜しいですか?」
「かしこまりました!」
レードルは刀とホイッパー、私は魔導書…それぞれの武器を構えて魔物と対峙した。一方の怪鳥はやはりレードルを脅威とみなしている。集中的に花粉弾が飛んでくる。しかし彼はそれらの攻撃全てをホイッパーで絡めとってみせた。私はその後ろで魔法陣を起動する。
「ヴレア・ボール」
【ヴレア・ボール_火球を放つ魔法】
私は魔物を狙うと次々に火球を放った。火球がヒットする度、花粉製の結界に穴が空く。しかしそれらはすぐに修復されてしまう…。〝私達の張る結界〟とは根本的な構造が違うらしい。しかもあの結界の材料は花粉だ。花粉怪鳥ヘルフィーブはまだまだ大量の花粉をため込んでいる。
「まだまだ!」
私は【火球を放つ魔法】を連続で詠唱、火球を乱れうちする。未だレードルは怪鳥のヘイトを一身に集めていた。しかしそれもいつまで続くかは分からない。周囲の花粉濃度が明らかに大きくなっている。それに集中力だって限界があるはずだ。今は魔力切れのことを考慮している場合じゃない。とにかくあの結界を壊すのだ。
私はもう一枚の魔法陣を起動した。
「メガ・ヴレア・ボール」
【メガ・ヴレア・ボール_大火球を放つ魔法】
私の手元に巨大な火球が生成される。私の手持ちの中で、最も威力の大きな魔法だ。花粉結界にも大きなダメージを与えられるはず。しかしこの魔法は消費する魔力も大きい。恐らく二発は撃てないだろう。私はレードルと怪鳥から少しだけ距離を取る。そして慎重に狙いを定めた。
「落ち着け、絶対にこの一撃を外すわけにはいかない」
ヘルフィーブは怒り心頭。レードルに攻撃が効かないせいだろう。魔物は「ボッファ!」と唸り声を上げると特別大きな花粉弾を生成した。まだあんなことが出来たのか…! これは流石のレードルでも対処できないかも。どうしよう、一度魔法を解除してレードルを助けるべきだろうか。二人で対処すればあの大花粉弾も壊せるかもしれない。そう思った矢先、彼が小さくこちらを向いた。
――!?
私はあの表情を知っている。どこまでも冷静で余裕がある状態だが、必要な部分への警戒は怠らない。大胆と繊細を兼ね備えた職人の顔だ。そして私はそんな職人から役割を任されたのだ。
私はすぐに自分の大火球に意識を戻す。今私がやるべきことはあの結界をブチ壊すことだ。そうすれば、後はレードルがなんとかする筈! 私も覚悟を決めた。
花粉怪鳥ヘルフィーブは大きな咆哮と共に、本日最大サイズの花粉弾を発射。直後、怪鳥に一瞬の隙ができる。私はその一瞬を見逃さない。全力の火球を魔物に向けて飛ばした。それは一直線に魔物へと迫り、花粉結界に激突。特大の炎が大きく爆ぜると、敵の結界を包み込んだ。
「花粉結界を壊しました!」
「ええ、十分です!!」
レードルは私の言葉に応えると、魔物の放った巨大な花粉弾に走り込む。またホイッパーで攻撃を逸らすのかと思ったが、そうではない。彼は巨大な〝それ〟を自身の脚力で飛び越えたのだ。花粉弾は地面に激突、彼の後方で大きく爆ぜる。そしてレードルはその衝撃を利用し、大きく飛び上がった。遂に彼が怪鳥の上を取る! そして空中で体を捻るとその刀を振り上げた!!
「フー・ヴィフ(強火)!」
レードルと花粉怪鳥ヘルフィーブが空中で交差。刀から生じた強力なエネルギーが怪鳥の身体へ真っすぐと走る。魔物の咆哮がイントの空をつん裂いた。
――倒した…!?
「いや、攻撃が浅かったです」
レードルは地面に戻ると静かに告げた。彼もかなりの疲労が溜まっているようだ。全身から滝のような汗が流れている。
「ボッファ!!!」
「あの魔物、まだ戦えるのか…」
もう私達ではあの怪鳥を相手にすることは難しかった。私は大火球を生成するだけの魔力はない。それに花粉怪鳥ヘルフィーブはレードルを警戒し、益々高い位置でホバリングを始めてしまう。よって先ほどの作戦はもう全く使い物にならない…。花粉と高度、私たちがあそこまで到達できない時点で勝敗は決していた。
「撤退しましょう。攻撃は私がギガホイッパーで弾きます」
「いや、まだだ!」
そう告げたのはまさかのガスタだった。