031_花粉怪鳥ヘルフィーブ③
花粉怪鳥ヘルフィーブは自身に降りかかる脅威を完全に排除した。そうなると奴が次に狙うのは何だろう…。私は背中にゾクゾクと寒気を感じた。空の魔物の大きな影が再度私達の下に落ちる。ヤバい、今度こそロックオンされている。
「ボッファ!」
私とガスタは慌ててベンチから飛びのいた。ベンチのあった場所に例の花粉弾が落ちる。ベンチの背もたれは大きな音を立てて「ベッキリ」と折れた。しかもその周辺にはとびきり濃ゆい花粉が飛び散る。本当に恐ろしい魔物だ…。
「怪鳥の奴、小動物を食べるんですよね。私って小動物に入るんですか!?」
「知らん!」
「スフィリア・バリアッ」
【スフィリア・バリア_球状の結界魔法】
急いで球状結界を張った。私を中心に半径一メートルの結界が生成される。ガスタも同じ様に結界を生成した。直後、二発目の花粉弾が結界にぶつかる。衝撃で結界が軋んだ。予想以上の威力!
「あ、危なっ……」
恐らくあと二発までは耐えられる。しかしそれ以降は保証できない。私は次の花粉弾をステップで回避した。出来る限り回避に徹しよう。あんなので花粉漬にされたらひとたまりもない。花粉症どころかその場でお陀仏である。一方の怪鳥はガスタに標的を切り替えたようだ。今度は彼が執拗に狙われる。
「先輩、走って!」
「分かってる!!」
――やばい、あの人足が遅い! あと走り方のクセが強い!!
ガスタの結界に花粉弾が続けてヒットした。結界がなければ今頃は花粉の漬物にされている。クソ、そう簡単に逃がしてはくれないか…。私は落ちている石を拾うと魔物目掛けて真っすぐに投げた。
「スロトン!」
【スロトン_投石強化の魔法】
投げた石の礫を加速させる、私が最も得意とする攻撃魔法だ。狙うは怪鳥の脳天である。しかし――
「あれ…?」
しかし私の投石は魔物の手前でピタリと動きを止めてしまった。よく見ると怪鳥の周囲に丸い結界が張られている。しかもその結界まで黄緑色で、おぞましいオーラを放っていた。あれも花粉だろう…きっと花粉を魔力で強化し、防御壁にしているのだ。何から何まで花粉を持ち出しやがる。
またガスタに花粉弾が被弾した。今度こそ結界にヒビが入る。これ以上は無理だ。彼から花粉漬けにされる。二人そろって逃げる余裕さえない。
「先輩、コイツは私が惹きつけます。誰か呼んできてください!」
「すまん、五分耐えろ!」
そう言うとガスタは駅に向かって走り出した。投石がダメなら炎はどうだ! 私は手元に三発の火球を生成した。
「ヴレア・ボール!」
【ヴレア・ボール_火球を放つ魔法】
私は怪鳥ヘルフィーブに向けて、ありったけの火球を叩き込んだ。バリアに小さな穴が開く。が、内部の魔物へは届かない。結界の損傷はすぐに修復されてしまった。
「っくしょんっ!」
私は激しいくしゃみをした。手元の火球が大きくぶれる。その隙を突かれ、花粉弾が私の結界を砕いた。お香の効果も限界だ。こんな花粉の中では戦いに集中できない。私は慌てて怪鳥への警戒を再開するが、すぐに第二波のくしゃみがきそうである。そもそもこの濃度の花粉には流石のお香も効かないのかもしれない。
「っぶえくしょんっ!」
私はまた大きなくしゃみをする。その一瞬が命取りだった。花粉弾が私目掛けて打ち下ろされた。さっきまでのものより大きい。
――しまった、これは避けられない…。
私はワークツリーで見た図鑑の事を思い出していた。怪鳥ヘルフィーブの目には瞼の他に半透明のカバーが付いており、喉には何重にもフィルターがかかっているそうだ。これは魔物自身が花粉でダメージを負わないようにする仕組みらしい。私はそれを知って更にこの魔物が嫌いになった。人には花粉をばら撒いておいて、自分は安全地帯から高見の見物である。「もし私が遭遇したらその目のカバーぶち抜いてやるからな」なんて思っていた。
「くそ、こんな魔物に負けたくないのに……」
私は生成済みの火球を花粉弾に向けて放った。ところが花粉弾が大きすぎる。私の火球は花粉弾に飲み込まれ、かき消されてしまう。せめてもの抵抗すら無駄に終わった。
――ここまでか。
そう諦めかけた時、後方から誰かが走り込んでくる音がした。
「キガホイッパー!」
野太い叫び声、そして私の横を突風がかすめる。花粉弾は大きな風の流れに絡め取られ、私のずっと後方で暴発した。
「っ…!」
振り向くとコック服を身に纏った大柄な鬼人が佇んでいる。
「レードルシェフ!?」
「間に合ってよかったです。貴方もまた職人の芽…魔物に摘み取らせるわけにはいきませんよ」