028_アサルト・ゴーレム
リンの日記_四月十七日(木)
花粉怪鳥ヘルフィーブのことを知ってから三日が過ぎた。まだこの魔物は討伐されていない。今日も死にかけのチビドラゴン――ラムスは社寮に放置。怪鳥の奴はこういう小動物をエサにするんだろうんなあ…。
なかなか討伐されない花粉怪鳥ヘルフィーブ。街全体がネガティブな雰囲気に支配されており、ワークツリーの業務も前に進んでいない。【パイ生地を生成する魔法】をリリースする作業は延期となったままだ。
二階開発ルームの丸テーブルには私とアセロラ、アキニレ、ガスタが腰掛けている。アキニレは新聞をぐしゃぐしゃに丸めて放り投げた。打ち合わせが全部延期になって流石の先輩方も手が空いた様だ。まあアセロラ以外は花粉と戦う事で手一杯だが。無論ガスタも花粉にやられており、普段せわしなく動く口も今日はずっと静か。彼はどこかから持ってきた火属性の魔法陣を絶えず起動させており、今朝から視界がチカチカうるさい。
「先輩は何をやっているんですか?」
「見て分かるだろ。火属性魔法で体温上げて…少しでも花粉に抗ってんだよ」
「それ効果あるんです?」
思わずガスタにも噛みついてしまった。(軽めにだけど)しかし彼も限りなく消耗しているようで「黙れ」とだけ返って来た。ダメだ、全員の士気が落ちている。(アセロラを除く)そこに追い打ちかけるようにガスタが口を開いた。
「今年の怪鳥は例年より大型でスピードもあるそうっすね。自警団や冒険者ギルドも何度も行方を見失っているらしいですよ」
クソ、この花粉地獄はいつまで続くのだろうか…。
「でも今年は…ちょっとした希望もある」
そういってアキニレは再度新聞を開いた。見出しには大きく「対花粉怪鳥の兵器、遂に実践導入」と記されている。私は記事の内容を目で追った。
従来までは自警団、冒険者によって討伐されていた花粉怪鳥ヘルフィーブ。しかし自警団が対怪鳥型のアサルト・ゴーレムを開発したそうで、今年からこの自動操縦のゴーレムが実戦投入されているそうだ。これは凄い発明である。花粉怪鳥は周囲に花粉をばら撒くため、近づくことは容易ではない。よって今までは遠距離攻撃をベースとした戦い方で時間をかけて討伐していた。しかしゴーレムに花粉症という概念はない。よって接近戦で確実に魔物を倒すことが出来るそうだ。私はこの文面を見た時、すぐに自分の仕事を思い出した。
――これも〝魔法による技術の自動化〟と呼べるのだろう。
そうか、自動化にはこんなメリットもあるのか。人では作業できない環境や、行けない場所でもゴーレムは問題なくタスクをこなすことが可能。凄い時代になったものだ。(私の年齢で言うのもなんだが…)
そんな中、受付に一通の手紙が届いた。(手紙の受け取りは新人のお仕事)アップルジャムからガスタへの連絡である。恐らく【パイ生地を生成する魔法】のリリース日についての連絡だろう。私はガスタに封筒を手渡した。ところが手紙を確認したガスタの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。アキニレは彼にその内容を尋ねた。
「これ以上リリースを延期するのは難しそうかい?」
ガスタは苦虫をかみ潰したような顔をして頷く。
「はい、あのクソ眼鏡野郎は今日リリースしてほしいそうです」
お客様の呼び名がいつの間にか「クソ眼鏡野郎」に変わっている。まああの営業さんに少し胡散臭い印象があったのは確かだ。アキニレは手帳で自身の予定を確認しつつガスタとの会話を続ける。
「今日か…怪鳥が討伐されていない以上、外出は控えてほしいけどなあ」
「いえ、僕とリンで行きます。最後に怪鳥が現れたエリアは、ここからニ十キロ離れていますし…」
うへえ、花粉…。どうやら私とガスタは花粉飛び交う中、お客様先へ魔法陣をリリースしに行かなければならないようだ。
勿論リリースが今日になることも考慮して準備を進めてはいた。それに私だってこの案件を担当しているのだ。私は自分の頬をぴしゃりと叩く。花粉は怖い。けれど私はリリースへの覚悟を決めた。