024_十五分と質問
リンの日記_四月八日(火)
レードルがワークツリーにやって来た。
「おはようございます。本日はどうぞ宜しくお願いします」
「よ、宜しくお願い致します!」
紳士的な鬼人だ。ある意味ガスタの方がよっぽど鬼である。私はレードルを開発ルームに通すと、ガスタの居るテーブルへと移動した。レードルとガスタも簡単に挨拶を済ませ、すぐに魔法陣の調整作業が始まる。
ガスタは魔法陣を起動しゴーレムに命令を出す。手始めに一枚のパイ生地を作成した。レードルシェフは過熱したパイ生地を試食すると「塩の量を二グラム減らしてください」と指示を出した。ガスタは魔法陣を修正し、もう一度パイ生地を作成する。なるほど、ひたすらこの繰り返しか。
ちなみに私の仕事はガスタがパラメータを変更した後、他機能にエラーが発生してないか確認する係だ。コソコソ一人でできるのは有り難い。と、思っていたのだが現実はそう甘くない。呪文の文法に少しでも誤りがあると、魔法陣は正しく機能しなくなる。
「先輩、呪文にエラーが見つかったのですが対処法が分からず…」
「そこはさっき説明しただろうが! ちゃんとメモしたのか!?」
客を前にしてもガスタはガスタだった。
「すみません、メモ出来てない箇所があって…」
「ならすぐに質問しなさいよ!!」
「す、すすすすみません!」
だ、だって忙しそうにしていたから…。とか言ったら更に怒られそうだ。ガスタの前で下手な言い訳はご法度らしい。こんな感じで私は七転八倒を極めていた。ガスタは魔法陣のエラーを修正すると、ブツブツ呟きながらレードルの元へと戻っていく。
だがしかし、その後も続くエラーや不調…。というか私が下手にいじることで、寧ろ不調が発生している。でもガスタから言われた箇所を変更しなければならないし…。
十分後、また魔法陣が新しいエラーを吐いた。手が止まるのは本日四回目…。私は慌てて自分のメモや参考書に目を通す。いや、それでも原因が特定できそうにない。変数の型も合っているし、編集した変数名も他の変数と異なる名前を使っている。私は恐る恐る後ろのテーブルに視線送った。
ガスタとレードルは未だ作業を続けている。あそこに質問に行きたくねえ…。ちなみにワークツリー全体の風潮として以下のようなものがある。
「もし開発に躓いた時、十五分考えて分からなければ質問するように」
もうそろそろ十五分経つ…。でも質問したらまた怒られるのだろう。私は壁掛け時計からそっと視線を外した。
――もうちょっと考えてみるか。
少し時間をかければ分かるかもしれない。私は自分が編集した箇所を指でなぞった。分からない…全部正しいように見える。
「おいおい、随分焦ってるなあ」
ラムスの奴に後ろから小突かれた。やめろ、心臓に悪いだろ! このチビドラゴンは朝からずっとうるさくて、私の苛立ちはピークに達していた。私は魔法陣と向き合ったまま、このクソドラゴンに噛みつく。
「いい加減にして、朝からケンケンうるさいの!」
「ケンケンうるさくて悪かったな」
――え、今のはラムスの声じゃない…。後ろを見るとガスタが立っていた。(ラムスは私以外の人間には見えない)私は目が点になっていたように思う。私は慌てて言い訳を考える。
「あ、いや、今のは先輩の事じゃなくて…」
「ここには僕と君しかいないわけだが」
「ご、ごごごご誤解です!!」
私が大慌てで弁明すると、ガスタは「やれやれ」とため息を吐いた。本当に誤解は解けているのだろうか。ああ、お腹がキリキリと痛む…。ちなみにクソドラゴン――ラムスは腹を抑えて大笑いしていた。こいつの今日の夕飯は抜きである。そんな私にガスタが淡々と尋ねる。
「それで君、自分の作業は終わったのか?」
私は再び全身から汗が噴き出すのを感じた。
「ス、スミマセン…ツマヅイテマス」
「ならどうして質問しない!!」
私は再び怒られた。エラーを解決できなかったからではない。躓いた事実を隠蔽したからだ。姑先輩のお説教は昼休憩ギリギリまで続いた。やっぱり大事な報連相…。私は報連相の三文字を再度心に強く刻み込むのであった。