023_パイ生地を生成する魔法
ゴーレムの瞳にオレンジ色の光が灯る。ゴーレムによるパイ生地製造が始まった。生地をこねたり、時に冷やしたり…なかなか小器用に作業をこなしていく。同じチビでもラムスとは比べ物にならない程利口な奴だ。
――二十分ほど経った。ゴーレムは生地を四角く整えるとその動きを停止する。どうやら完成のようだ。ガスタはそれを拾い上げると生地を適当な大きさに切り分け、過熱し始めた。パイの切断も加熱も両方魔法だ。しかも魔法陣は使わず、口頭のみで呪文を詠唱した。普段使わないであろう長尺の呪文をサラサラと唱えるガスタ。なるほど、確かに彼は優秀な人材なのだろう。私を含め現代の魔法使いは基本的に魔法陣に頼り切っている。
生地が焼けると匂いが広がってきた。なるほど、生地だけで十分に魅力的な香りだ。アキニレや営業部の先輩たちが群がって来る。今の時刻は十六時、一番お腹が減る時間かもしれない。さあ、魔法製のパイ生地はどれほどのものか…。
――あ、美味しい!
パイの欠片を口に放り込むとサクサク心地の良い音がする。トッピングなしの生地だけでも普通に旨い。私はやや興奮したまま「美味しいですよ、これ!」とガスタに感想を伝えた。彼も無言で頷いている。
これが“魔法による自動化〟の力か。この魔法があれば“お菓子作りの知識がない人〟でも簡単に“プロのパイ生地〟を生成することができる。本当に凄い魔法だ。私は思ったことをそのまま口にした。
「こんな魔法が増えていけば、私達が働く必要はなくなっちゃいますね…」
「いや、これらは比較的新しい技術だ。未発達な部分も多い」とガスタ。
「そうなんですか?」
私の問いかけに対し、彼は魔法による自動化の歴史を説明し始めた。忘れないようにメモしておく。
「そもそも技術の自動化は〝人造ゴーレムの発展〟と深く結びついている。元々ゴーレムはダンジョンに潜み、冒険者の行く手を阻む魔物でしかなかった。それらを解析、研究し人造のゴーレムを作り出したのが約七十年前だ」
「かなり昔ですね…」
「まあな、だが当時は演算の手伝いや、簡単な魔法道具の組み立てくらいしかできなかったそうだ」
「今は違うんですか?」
「ゴーレム自身の機構やセンサーが複雑化し、色々な作業を行うことが可能だ。それに命令を出す魔法自体も進化している。近年では外部からの指示がなくても自己判断で行動を選択するゴーレムすら開発されているらしい」
「ちょっと怖いくらいの発展ですね…」
「そうかもしれないな。それに自動化ゴーレムには勿論デメリットもある」
「デメリットですか?」
私が尋ねるとガスタは人差し指をピンと立てた。ドヤ顔で結構イキイキと解説している。こういうの、好きなのだろうか。
「まず初期コスト、維持コストがかかる。それからトラブルが起きた際に専門知識を持った人間が必要だろう」
「なるほど」
「それだけじゃない、こうした技術の発展は人間から仕事を奪うことと同義だ」
「それは…確かに困りますね」
「まあクリエイターによっては簡単な雑務をゴーレムに任せることもある。より創造的な仕事に集中できるからな」
言っていることは分かる。しかしちゃんと整理し理解するには時間のかかりそうな内容だと思った。きっとこの話題には正解もないのだろう。
「まあ勉強的な話はここまでだ」
ガスタが時計の方を指さした。定時の三十分前である。この先輩は社員の中ではかなり定時退社を守っている方だ。
「明日はレードルがウチの会社に来る。そして細かいパラメータの調整を行うこととなっている」
「調整ですか?」
「より美味しいパイ生地が作れるよう細かい設定に拘りたいそうだ。君と僕はレードルシェフとテストを重ねて、最適な値を見つけ出すんだ。あと君にも顧客の対応をしてもらうからな」
――え、今なんて!?
サラッと怖いことを言われて、私は思わず立ち上がった。右も左も分からないどころか、入社して一か月も経っていないのだ。しかも相手は鬼人。無理である。全力で首を振る私。ところがこの姑先輩は発言を撤回するどころか、私に対して不気味な笑顔を向けてきた。私が初めてみるガスタのスマイル。このスパルタ先輩、本当に嫌……。