212_盗賊の事情
「あら、宝箱を見るのは初めてかしら?」
「はい、こんなに大きいとは…」
「そうね、アタイも初めて宝箱を見た時には心躍ったわ」
そう言うと彼女はあっさりと宝箱を開く。すると中から「カチリ」と小さな音がした。え、何の音…? 直後、箱の内側から何かが飛び出してきたっ。
――うわっ!?!?
魔力も気配も感じられない、完全なる不意打ち。私は驚いて尻餅をついた。アロエスはそれを涼しい顔で回避する。
「これが宝箱…」
宝箱の中には罠付きのモノが存在する。私でも知っているのは「火が出る」とか「矢が飛んでくる」とか…あと珍しいモノだと「魔物が潜んでいる」のもあるそうだ。盗賊の中にはそうした罠の解除に精通した者も存在する。
アロエスは宝箱の蓋裏に付いている罠らしきモノを、慣れた手つきで分解した。なるほど、罠は〝からくり〟だったのか。通りで魔力を感じ取れない訳である。彼女の仕事は丁寧で、分解した罠は組み立て直せばまた使えそうだ。私の中の職人の血が騒ぐ。作業中で悪いが、ちょっとだけ彼女に話しかけてみた。
「さっきの回避すごかったですね。まるでどんな罠が来るか分かっていたみたいでした」
「そりゃ、分かっていたわ。でなければ、あんなに無防備な状態で開けないもの」
――言われてみれば、そうか。
「どうして分かったんですか?」
アロエスは少し考えてから告げた。
「宝箱をよく見るの。箱の素材を見れば強度がわかるし、装飾を見れば作られた場所や年代が分かる。あと鍵穴を覗き込んだ時にバネや金具が見えたから、何か仕込んであると気づくことができる」
「す、凄い…」
「そういう複数の情報と、過去の経験と照らし合わせれば…この宝箱から刃が飛んでくることが推測できるってわけ。まあ今回は解錠前の下準備すら不要な雑魚罠だったけどね」
そう言いながら彼女は分解した部品を自身のポーチに収納していく。ポーチには高度な圧縮魔法が掛けられているらしく、大きな部品がスルスルと吸い込まれていった。
「それ、持って帰るんですか?」
「アタイ、宝箱の罠をコレクションしてるの。中のお宝はミストが回収するし」
そういえば肝心の中身を確認していなかった。宝箱の中には銀色の貨幣のようなものが沢山入っている。素材は分からないが、お金になるのだろう。緑色の宝石も混ざっていた。でもアロエスはそんなものより、罠の方に興味津々な様子。生粋の罠オタクである彼女に少し興味がわいた。
「こういう盗賊の技術ってどこで学ぶんですか?」
「おや、君は盗賊向きだと思っていたけど、早速興味津々ってことかしら?」
「いや、そういうわけじゃ…!」
私の慌てる素振りを見て、アロエスは満足そうに笑う。
「盗賊の技は習うもんじゃない。盗むものよ」
「盗む…?」
「アタイは自分の親父から技術を盗んだ」
「え、私もお婆ちゃんが戦いの先生です」
共通点ってあるだけで少し距離が近づく気がする。たとえ相手が盗賊だとしても…。
「あら、まさかそんなところにも共通点があるなんて」
すると話を聞いていた盗賊男――ミストが彼女の話に補足を行う。
「アロエスの親父様は優秀な盗賊で、特に宝箱の解錠はピカイチだったよ」
「凄い人だったんですね」
彼女の技術を見てもそれは明らかだ。ところがこの話題になってから、アロエス本人の表情が優れない。彼女は静かに、けれどキッパリと告げた。
「親父は確かに凄い奴だったかもしれない。でも敬意を払いたい人間ではなかった」
「え…」
「小さい頃は親父みたいになりたかったわ。彼と宝箱の解錠対決をしたのが本当に懐かしい…アタイの髪、火炎放射の罠で何度か燃えかけたのよ。『職人性と戦闘力を兼ね備えた盗賊こそ、至高のジョブだ』というのが彼の口癖だったわ」
私は黙って相槌を打つ。
「でも十五歳になって、アタイは知ってしまった。彼が盗賊の技術を裏の仕事で使っていたことに…」
「裏の仕事…?」
「アタイらの盗賊はあくまで、冒険者ギルドが定義するジョブの一つ。基本的にはダンジョンで罠の解除や、奇襲攻撃を担当するもので、人を襲って荷物を奪うもんじゃない。だが親父は道を踏み外していたのさ」
アロエスの表情に影が落ちる。




