211_宝箱
――だってこれは……あまりに、あんまりだ。
最早あの男に悪意があったかは関係ない。結果が全てなのだ。私は髪を掻きむしり、洞窟の天井に吠える。それは言葉にならない叫びだった。
一通り叫んだが、怒りが収まりそうにない。私は盗賊団の男性幹部――ミストに愚痴をこぼしていた。彼は一般的な冒険者の男性と比べると、身体の線が細い。そして糸目で温和な顔立ちをしていた。髪色も淡いコーラルレッドで全体的に柔らかな印象である。でもだからといって、普段なら絶対にそんなことしない(相手、盗賊だし)。この時の私はどうかしていた。
「いっつもヘラヘラして、逃げ足だけ超一流なんですよ!」
「そんな男はいけねえなあ。逃げ足が速くて許されるのは…盗賊だけさ」
まさかの盗賊ジョーク。でも彼は実に聞き上手だ。私の話にも丁寧に相槌を打ってくださる。どうして盗賊なんかやっているのだろうか。盗賊界の良心である。
そしてグローフの愚痴を吐く過程で、誤解を解くための説明もした。違法なアイテム〝黒い魔法陣〟を持っているのは私でなく、グローフである。ところが盗賊団リーダーのアロエスは、なかなか納得してくれない。
「うーん、いまいち信用ならないわね。現時点ではリンより依頼主の方が信頼に値するわ」
「そ、そんな…!」
だが懐疑的な彼女と対照的に、ミストは私をフォローしてくれる。
「だがこの子は嘘をついているようには見えない。筋肉の動きを読めるのだから、アロエスも分かるだろ?」
「ええ、確かに一見すると嘘を吐いている顔じゃあない。でもリンは会社員にしておくのが勿体ないくらいの覚悟と度胸を持っている。彼女を気に入っているからこそ、アタイはリンを疑い続けるのよ」
「ええ…」
アロエスは私に笑みを向けるが、そんな信頼いらない…デス。
「まあいいわ、ミストはリンの愚痴でも聞いていてあげな。アタイは道の整備でもしているからさ」
彼女はそう言ってククリ刀を抜く。すると暗がりの中から粗い息遣いがした。そうだ、ここはダンジョンなのだ。私もとっさに警戒態勢となる。
――あれは、オーク…?
前方に四体のオークがたむろしていた。身長は二メートルほどだろうか。ボロボロの布切れをまとい、金属製の剣や斧を装備している。松明に照らされることで、緑色の皮膚が不気味に濁る。何かに腰かけているのが群れのリーダーだろうか。
「…グガッ?」
一体のオークがこちらに気が付き、剣を向けてきた。マズイ、戦闘開始だ。
物語では当て馬になりやすいオーク。しかしコイツらは決して弱い魔物じゃない。奴らは私たちと同じ人型にも関わらず、人より発達した筋力、骨格を持つ。仕事に慣れてきた中堅冒険者が油断して、オークの一撃をもらい…そのまま絶命するケースは少なくない。眼前にはそんな魔物が四体もいる。しかもアロエスは片手の骨が折れているはずだ。ところが――
「フフ、覚えておきなさい? 奇襲は盗賊の十八番なの」
彼女はあっという間に、手前のオークを仕留めた。ククリ刀は刃が大きく湾曲しており上部に重心がある。よって接近した相手に対しても、強力な一撃を放つことができるのだ。だがオークにそれを理解する頭はない。
次にアロエスはコンパクトな動きを維持したまま、後方へ飛びのく。
「グガァ!」
残る三体のオークのうち、一体が怒り狂い、突撃してきた。だが、後退していたはずの盗賊女は、いつの間にか急発進している。そして一騎打ちで二体目のオークも撃破!
――強い!!
アロエスは複数の魔物を一度に相手しない。オークの本能や性格を巧みに利用し攪乱。戦いの中で「小さな奇襲」を繰り返している。彼女は一対一の戦闘を四度行い、最終的に全てのオークを殲滅した。倒れた魔物達が光の粒となって消える。これが盗賊団のリーダー…しかもまだまだ余力がありそうだ。
なおアロエスはオークが消失したことを確認すると、魔物達がたむろしていた箇所を調べだした。何かを小突いているな。先ほどまでオークが腰かけていた岩だ。いや、錆びた色をしているが、岩じゃない。
――それは古びた宝箱だった。
私はダンジョンで宝箱を初めてみた。人生初のダンジョン〝トレント〟は、「隠しエリアの捜索」が目的だったし、次の〝ジャイアント・マーフォク〟は「私達の戦闘力強化」が目的だった。よって私は普通にダンジョン探索をしたことがない。
宝箱は私のバッグよりずっと大きく、金属製の箱だけで百キロ近くありそうだ。この大きな箱に、一体どんなものが入っているんだろう。こんな状況でもちょっとワクワクしていた。そんな私の視線に、アロエスは気が付いたらしい。
「あら、宝箱を見るのは初めてかしら?」
「はい、こんなに大きいとは…」
「そうね、アタイも初めて宝箱を見た時には心躍ったわ」
そう言うと彼女はあっさりと宝箱を開く。すると中から「カチリ」と小さな音がした。え、何の音…? 直後、箱の内側から何かが飛び出してきたっ。




