208_盗賊のアロエス③
ここまで第一ラウンドと全く同じ流れ…というかアロエスからその動きを押し付けられている。ここまでの流れを通して、彼女が残念そうに口を開いた。
「それじゃさっきと変わらないわね」
「う、うるさい、とにかく急所に当てれば勝てるんだ!」
「まあ仕方ないか。じゃあね」
私は焦ったあまり、同じ過ちを繰り返した。やはり会社員に対人の戦闘は無理だ。パニックで正常に会話することもままならない…。
――と、アロエスから私はそう見えているはずだ。
それでいい。出来る限り自分を弱く見せろ。敵の油断を勝機に変えるのだ。
私が石の礫を投げようとした直後、既に彼女は回避を終えていた。次は会心の一撃で私の結界を破壊しようとする。それこそが私の狙いだった。
使い慣れた呪文を詠唱すると、私が握る礫はオレンジ色の輝きを放つ。唯一異なるのは、石の礫から小さな破裂音がした点だ。
「いけ、散弾スロトン!」
【スロトン_投石強化の魔法】
「な…!?」
私の手から発射されたのは石の礫…ではなく十数発の小礫だった。アロエスは咄嗟に身を翻す。しかし複数の石弾は一斉に加速、油断した盗賊を撃ち抜いた。命中したのは利き手と…その肩だ。
――これが私の工夫、散弾スロトン。
ユニの案件で影の魔物――影法獣クロンと戦った後に考えた技である。俊敏な敵に石の礫を当てるのは至難の業。ならば弾の数を増やせばいい。
ちなみに発動はそう難しくない。【投石強化の魔法】は発動時に投げる石を指定する。ここで対象となった石は砕いても効果が途切れることはない。欠片は全て【投石強化の魔法】の影響を受け続けるのだ。この特徴を利用し、強化した石の礫をバラバラに砕いてから投げる。これで十数発の小石を一斉強化できるのだ。コントロールが利かないところが玉に瑕…だけどね。
「うげ、指の骨が折れているわね」
アロエスは平然と自身の利き手を確認する。痛くないのだろうか(私が言えたことではないが)。やはりコイツは人種からして違う。だがククリ刀を封じたアドバンテージは大きいはず。
ところが当の本人に焦る素振りはない。アロエスは自身の武器を左手から右手に持ち替えた。右手も、使えるのか…? ククリ刀を振る動きは、まるで鏡でも見ているかのようだ。
「認めるわ、君は一般企業に勤めるのが勿体ないような宝箱。さあ、次はどうするのかしら。どんな攻撃でも――」
アロエスの言葉を遮り、私は彼女の懐に潜り込んだ。私も相手を認める。この人は普通に戦って勝てる相手ではない。かくなる上は――
「擬似プニぴょこキック!」
正面から、正々堂々の不意打ち。これが今の私のベスト。
――私は推しすら武器にする!
私は全身をバネのようにしならせ、腰を回転させた。振り上げた右脚は敵の首筋を捉える。いける! 攻撃が当たる!! 最後に人を全力で蹴り飛ばしたのはいつだろう。二十代になってからは初めてだと思う。
ゴンッ。
鈍い音が生まれた。地平線が歪み、空と地面が反転する。バランスを崩した私は、仰向けに倒れ込んだ。脳震とう…だ。指先一つ満足に動かすことが出来ない。足音が聞こえる。目を開けると、アロエスが私のことを見下ろしていた。黄昏時で表情こそ読めない。それでも私の背筋は凍りつく。
――何が起きた…?
渾身のキックは空振りに終わったらしい。「当たらない!?」などと違和感に気が付いた時点で既に手遅れ。後頭部をククリ刀の柄で殴られたのだろう。相手は腐ってもプロ…か。
「アタイに正面キックは、無謀だったわね」
彼女は私の隣に腰かけると葉巻を吸い始める。一仕事終えたってか。私は倒れたまま、口だけ動かしてみせた。
「盗賊に…葉巻は似合う」
「…それはどうも」
「でも、葉巻に火を灯す方法なら…職人の方が…いっぱい知ってるけど、ね」
何故こんなことを言ったのだろう。お婆ちゃんのことを思い出したからだろうか。これが悪態なのかも分からないが、私はそのまま意識を手放した。




