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205_盗賊団

「なかなかの隠密スキルだが…茂みに隠れたのは失敗だったな」


 すると暗がりから女の声がする。女性にしては低く、ややハスキーな音。


「フフフ、文字通り〝鳥の目〟ってわけかい。でも俯瞰する力ならアタイら盗賊シーフも負けていないけどねえ?」


 背後から複数の気配を感じ取った。い、いつの間に!? 私たちは四人の敵、盗賊達に囲まれている。

 この距離まで気がつけなかったのは迂闊だった…。私達は背中合わせで、敵の出方を伺う。ブリックは両手にトンファーを装備していた。一方の盗賊女は、いつの間にか民家の屋根に上がっている。軽快かつ柔軟な動き。コイツは只者じゃない。

 彼女は黒革のショートジャケットを羽織り、褐色の肩や腹部は露出している。スリット入りのスカートから伸びる脚はしなやかだが筋肉質。そして全身を暗色で固める一方、エメラルドブルーのロングヘアが闇夜に映えていた。まるで炎みたいだ。


「アハハ、土曜日から四六時中、自警団の誰かがその娘を護衛しているんだもの。君らのボスはなかなか勘のイイ奴みたいねえ?」


「フン、奴の勘が良い訳じゃない。数撃ち当たっただけだ」


 二人の会話を横目に私だけ目を丸くしている。喫茶で会ったのも偶然じゃなかったのか。というか…何故私が狙われているのだ。私は押し寄せる不安を、ギリギリのところで塞き止める。そういった答え合わせは一旦後回し。後方の三人も決して油断できる相手ではない、はず。

 彼らは黒フードを被り、鼻と口は黒いマスクで隠している。そしてフード同様、漆黒のロングジャケット、腰のホルスターには武器が収めてあった。今のところ三人に目立った動きはない。喋っているのは屋根の上の彼女のみだ。


「自警団がしつこいから作戦を変えた。簡単に言えば、アタイの気配のみを断片的に漏らしたの。アタイの存在に気を取られた君達は、他三人の気配に気がつくことが出来なかったってわけ」


「…フン」


「いくら二課の自警団員が強力でも、アタイらは四人。しかも貴方はお姫様を守るハンデ付き。これでも勝てるつもりかしら?」


「ああ、お前ら四人を相手にすること自体はなんら問題ない。むしろ全員ここで逮捕して幕引きにしてやろう」


 盗賊女は余裕の笑みを浮かべる。しかしブリックに動揺は微塵も感じ取れない。そうは言っても、本当に大丈夫なのだろうか。彼が強いことは立ち振る舞いからも分かる。だが少なくとも…目の前の彼女は強い。他の三人も同じレベルなら、かなりマズイ。唾を飲み込む私に対して、ブリックが静かに耳打ちをする。


「リン、あの四人は俺が引きつける。周囲にこれ以上怪しい気配はない。お前の運動能力なら駅前の自警団支部まで逃げられるはずだ」


「ブリックも一度逃げましょう。後ろの三人が未知数です」


「否、灰翼之法度――第三条より敵前逃亡は禁じられている」


「い、今そんなこと言ってる場合ですか!?」


 ――どうする? どう動くのが正解だ!?


 私は急いで周囲を見渡した。リーダーらしき女は見晴らしの良い屋根の上。これは明らかに指揮を取るためだろう。そして後方の二人は武器を構えてジリジリと距離を詰めてくる。武器は一人がダガーナイフ、もう片方は縄…だろうか。そして四人目は暗闇に消えた。とにかく敵の全容が把握できない。私にはそれを推測する経験もない。


「弱った、具体的な数字がなさすぎる」


 仕事でもスケジュールや内容が不明瞭なことはままある。しかしガスタから「決してそのまま仕事を進めるな」と強く念を押されていた。私の脳内では、ガスタが偉そうに両腕を組み、椅子にふんぞり返っている。脳内ガスタはいつもの荒々しい口調で、私に語りかけてきた。


「よく分からんままタスクを進めるな。人は曖昧なタスクに対して、出来る部分から進めたくなるが…それじゃ絶対に間に合わない」


「で、でも…やったことない作業なので」


 私の言い訳に彼はため息をこぼした。


「馬鹿! そういう時こそ先輩に質問しろよ。大まかにタスクを整理し、それが妥当かを確認すればいいだろ」


「な、なるほど…」


「いいか? 曖昧なタスクこそ事前準備をしっかりしろ! 絶対だからな!!」


 ガスタはそう言っていたが、準備が間に合わない場合はどうするのだろうか。もう敵に囲まれちゃってるんですけど…。直後、盗賊の一人が鋭い声を上げた。


「ゆくぞぉおおお!」


 ほら、戦闘が始まった。二人の盗賊がブリックに襲いかかる。まずはダガーナイフの一撃。ブリックはそれをトンファーで受け止めた。しかし彼は敵を深追いすることはなく、弾かれたように後退。直後、もう一人がブリックに襲い掛かる。


「食らえ、自警団!」


 奴の武器は縄じゃない、網である! 集団戦で網はマズイ。あれに捉えられたら、一巻の終わりだ。彼は網使いから距離を取ると、襲い掛かって来たダガーナイフ使いの脇腹にトンファーを叩き込んだ。盗賊はたまらず地面に崩れ落ちる。だが油断は禁物。私は茂みの中に微かな気配を感じ取った。


「ブリック、あそこの茂みです!」


 直後、四人目の盗賊が、ブリック目掛けて吹き矢を飛ばす。限りなく不意打ちに近い一撃、ところが自警団員は冷静そのもの。


「詰めが甘い…ハヤブサを舐めるな」


 金属のぶつかり合う鈍い音。彼は敵の飛び道具すら、トンファーで撃ち落とした。この暗がりで矢を正確に捕捉する能力は、紛れもなく神業だ。

 ブリックなら勝てる。彼は曖昧なタスクを粉砕する、圧倒的な実力が備わっていた。今の私にできることは有識者に任せ、足を引っ張らないようにすること。

 

 ――いや、それがベストだ!!!


 一瞬の隙をつき、私は全力疾走で来た道を戻る。直後、ブリックが「おい、そっちじゃない!」と叫んでいた。


「そっちじゃない?」


 私は間違いなく、駅側に向けて駆けだしている。このまま麓へ降りて、自警団員の駅前支部に駆け込めばいい。時間に猶予はない。余裕のない私は、それ以上異変に気が付くことができなかった。


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