204_祖母の技術
「じゃあリンちゃん、私はまだお仕事があるので失礼します。ブリック先パイ、ちゃんとリンちゃんをお見送りしてくださいよ?」
「分かっている」
お、お見送り…? ブリックはあっさりと承諾したが、私の意思はどこ? え、私、この威圧感のある人と二人で寮に帰るの…? 私が恐る恐る顔を上げる。鳥人の鋭い瞳がこっちを向くので、私は慌てて視線を外した。
「ご、ごちそうさまでした」
お会計を済ませた後、私たちはワークツリー社寮までの道のりを歩く。会話が苦手でオドオドしてる私と、堂々と不愛想を貫くブリック。こんな私達にも実は共通点がある。それは喋らない、ということだ。私の胃腸がキリキリと悲鳴を上げる。魔導書紛失の騒ぎで結構弱っているのだ。私はなんとか場を和ませようと、共通の話題を捻りだした。
「あ、あの、さっきの珈琲、美味しかったですね」
「ああ、そうだな…」
言ってから気がついたが、彼ら鳥人は苦いのがダメだ。余計なことを言ってしまった! あたふたしていたら、次はブリックが口を開く。どうやら私の焦りを察したらしい。
「大丈夫だ、刺激が強く感じるだけで、美味いとは…思っている」
「あ、そうなんですねっ…」
本当かな、渋い顔をしていた気がするけど…。まあ本人がそう言うなら、そうなのだ。胸を撫で下ろしていると、ブリックが話題を変えた。
「そういえば君は随分と魔物との戦闘に長けているそうだな。珍しくあのミラーが褒めていた」
「え、本当ですか!?」
私は単純な女だ。ミラーが私を褒めていた、という事実に口角が吊り上がる。
「純粋な疑問だが、どこで訓練を積んだ? 一般的な学校では、そこまで教えないはずだ」
ブリックの声に一段と熱がこもる。どうやら彼はこの話題に、本当に関心があるらしい。確かに私のスペックはやや異質、トランに来てから改めて気が付かされた。
「祖母が冒険者だったので、彼女から一通りの技術を学びました。『魔物に襲われても身を守れるように』って」
「なるほど、肉親の影響か。確かに君の立ち振る舞いは悪くない。基礎だけで言えば、下手な冒険者より出来上がっている」
「あ、ありがとうございます…!」
まさかこんなに褒められるとは…。私は心の中で歓喜の舞を披露する。だが一方のブリックは顎に手を置き、何かを考え込んでいた。そして次の質問が飛んでくる。その内容は今の私にとって、少し考えさせられるものだった。
「不躾な質問かもしれないが…祖母を継ぎ、冒険者になろうと思ったことはあるかね?」
祖母を継ぐ…か。最近そういう話ばかり聞くな。確かブリックは自警団員OBの技術、志の全てを引き継ごうとしていたはず。例え上司と衝突しても、彼はその信念を貫き通す鳥人だった。
でも〝継ぐ〟という事に関して、モスの考えは少し違っていたな。私は昨日のやり取りを思い出す。弟子――ラコルンはモスのようなデザイナーになりたがっていた。しかしモス自身は弟子が「自分と同じようなデザイナー」になることは望んでいない。むしろ彼女の特性を活かし、かつ時代に合ったデザイナーになることを望んでいた。彼にとって大事なのは「客のため」というデザイナーの核だけなのだ。
――さて、私の場合はどうだろう。
「冒険者という仕事、実は全く考えたことがない訳じゃ…ないです」
一貫して戦いは「好き」じゃない。だが自分の臆病さ、慎重さが冒険者として重宝されることも知っている。特に就活後半では、地元で冒険者になることも薄っすら考えた。「芸術家として食っていけない」と悟ったからな…。それと、本当に冒険者を考えた理由はそこだけじゃない。
――お婆ちゃんが喜ぶかも、と思った。
だから学生の時、一度だけ聞いてみたことがある。確か彼女は実家の裏で、魔物用の罠をメンテナンスしていた。
「ねえお婆ちゃん、私が冒険者になったら嬉しい?」
ところが彼女からの返答は、私の期待と異なるものだった。
「リン、アンタの決断に他人を使うんじゃないよ」
「え、そんなつもりじゃっ…」
「アタシにはアタシの人生がある」
今思えばお婆ちゃんらしい言葉だ。もし冒険者になって、魔物に負ける日が来るとしよう。私はお婆ちゃんを恨んでしまうかもしれない。多分そういうことだ。それに彼女は「私に冒険者になってほしい」と欠片も思っていなかった。これはモスやブリックと会話したことでより確信が持てる。だから私は次のように付け加えた。
「訂正します。お婆ちゃんが戦い方を教えてくれた理由は、『魔物に襲われても身を守れるように』だけじゃありませんでした」
「…ほう?」
「お婆ちゃんは、『私の選択肢が増えるように』戦い方を教えてくれたんだと思います」
だからこそ、私はワークツリーで〝ダンジョンに行く仕事〟を受けることができた。また、仮に私が転職や引っ越しをするとしても、多分どこでも生きていける。そう思えるのは、お婆ちゃんから受け継いだ技術のお陰。何者になるか考えるのは、きっと私の仕事なのだ。
でもここまで主張してから、私は「はっ」と息を呑んだ。これはブリックと正反対の考え方…とも取れる。私は恐る恐る彼の表情を確認すると――
な、なんと、彼の鋭い眉が吊り上がっている! おまけに背後からは殺気のようなものが滲んでみえた!! 私は愕然とする。
――げ、げげ逆鱗に触れたぜ!!!
私は頭が真っ白になり、慌てて言い訳を考える。ところがブリックは私の一歩前に立つと、右手で私のことを制した。彼の焦点は私ではなく、前方の茂みに向いている。ブリックは草木のシルエットに向けて低い声を出した。
「なかなかの隠密スキルだが…茂みに隠れたのは失敗だったな」
すると暗がりから女の声がする。女性にしては低く、ややハスキーな音。
「フフフ、文字通り〝鳥の目〟ってわけかい。でも俯瞰する力ならアタイら盗賊も負けていないけどねえ?」
直後、背後から複数の気配を感じ取った。い、いつの間に!? 私たちは四人の敵、盗賊達に囲まれている。




