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021_鬼人と議事録

 〝アップルジャム〟はトランで流行りのスイーツ店だ。ガラスのショーケースにはチェリーやリンゴなど様々なパイ、ケーキがあった。果物のパイは宝石のように輝いている。ごはん向けのミートパイもあった。基本的にテイクアウト向けだが店内にも四人掛けのテーブルがいくつか設置してあり、私とガスタは端の席に通された。

 私達の前には小柄なスーツ姿の男性が一人。三角形の目が眼鏡のレンズに収まっている。顎も尖っていてどことなく狐っぽい。偏見かもしれないが「お金が好きそうだなあ」とか思った。少なくとも私の古郷にいるタイプではない。


「私、営業のマッシュと申します。もう一人来ますので少々お待ちいただけますでしょうか」


 男は私の方に名刺を差し出してきた。(ガスタとは初対面じゃないようだ)私はしどろもどろで何とか名刺を受け取り、自分の名刺を差し出した。ガスタは「すみません、彼女新人でして…」と私のフォローをしてくれた。マッシュも機嫌を損ねた感じはなく、むしろ笑って許してくれたようだ。この男が笑うたびに細い眼鏡が上下に動く。やっぱり目が狐っぽい。次に厨房の方から誰かが歩いてくる音がした。


「お待たせして申し訳ございません」


 大柄な男が現れた。私が座っていた事もあり自然と男の手に視線が向く。灰色で大きくゴツゴツとした手だ。スーツ姿のマッシュとはずいぶん違うタイプに見える。顔を上げて男の顔を見た時、私は椅子から転げ落ちそうになった。


 ――彼の額には二本のツノが生えていた。


 鬼人――非常に強力な魔物である。灰色の肌をしており、ガーゴファミリーの中堅冒険者――バーナより肩幅がある。白い髪も肌とのコントラストが大きく印象的だった。鬼人の感覚は分からないが年齢は四十代ほどだろうか。全身から汗が噴き出した。


「ハニーポットのシェフパティシエを務めております、レードルと申します」


「ど、どうも…」


 確かに彼は料理人の白いコック服を着ている。ショートヘアの髪型も清潔感を感じるし、首元の赤いリボンもよく似合っていた。

 知性の高い魔物は人と共存する事もある、と学校で習ってはいたが、実物を見るのは初めてだ。私にとって魔物は危険で退治すべきものである。ところがガスタは何も言わないし営業マッシュからの説明もない。都会では特に珍しい事でもないのだろうか。私は緊張で目がシバシバしているというのに…。


 ――この場にいる全員が怖い。


 営業マッシュは胡散臭い感じがするし、ガスタは当たりが強い。そしてもう一人は鬼人である。私の隣でクソドラゴン――ラムスがずっと騒いでいた。


「この鬼人には火球を撃ち込まなくていいのかよ! オレちゃんにしたみたいにさあ!!」


 私はそれをすべて無視した。緊張でお腹がキリキリしているのだ。このクソドラゴンに意識を向ける余裕などない。私はメモ帳とペンをバッグから取り出す。打合せの前、私はガスタから議事録を取るように言われていた。議事録とは打合せの内容や決まり事を記録としてまとめたものだ。


「とにかく〝誰が何を言ったか〟分かるようにまとめて」


 ガスタは簡潔に告げた。これが今日の私のお仕事。いざ尋常にスタートである。私はとにかく打合せの内容をメモ。ガスタやマッシュが喋った事を次々と書き記していった。だがしかし、それがなかなか難しい。全然書くのが追いつかない。


 ――人の会話ってこんなに速いのか!


 聞き逃したらアウトだ。メモを取る方に気を取られたら終わる。私は学生時代からそうだった。ノートを取る事に夢中になり…授業を聞き逃す愚か者が私。業務ではそうなりたくはない。私は全神経を集中して打ち合わせにかじりついた。

 どうやらお客様の店――アップルジャムは今後複数店舗での経営を視野に入れている。その時に店舗によって味のばらつきが出ないよう、調理の一部を魔法で自動化したいのだ。マッシュは自分の眼鏡をクイッと持ち上げる。


「それに魔法で自動化すれば人件費も抑えられますし」


 今回の依頼はその試みの第一弾だ。

 このお店のシェフ――レードルがパイ生地を作る作業をそっくりそのまま魔法で再現してほしいという依頼である。果たして本当にそんな事が可能なのだろうか。少なくともマッシュはこの試みに非常に期待している。会話の節々に熱が入っていた。彼は肘でレードルを突く。


「魔法が導入されれば大幅な時間短縮にも繋がります。労働時間の削減はシェフとしても嬉しい限りでしょう?」


「ははは、本当にありがたいお話ですね…」


 私の中で営業マッシュのお金大好きキャラがドンドン定着していく。彼はとにかく魔法で技術の自動化を進めていきたいようだ。一方の鬼人は少し居心地が悪そうに見えた。会話を進めるのはマッシュとガスタであり、彼はあまり打合せに参加していないようにも見える。このメンバーの中で一番強いのは間違いなく鬼人――レードルだ。今、彼が暴れたら私たちに成すすべはないだろう。そう考えると社会は不思議な場所だなあと改めて思う。

 一時間経ち、やっと打合せが終わった。私の手元には議事録という名のゴミがある。結局十分な情報をメモし切ることは出来なかった。これを今からガスタに見せなければならない。怒られるよな、どうしたものか…。


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