203_黄昏の喫茶店
――私も頑張らなくては!
私はランチュウとスワローに感謝を伝えると、作業を再開した。
その後も七転八倒を繰り返したが、なんとか今日の業務も終了。開発ルームの階段をアセロラと降りる。
「私は明日のパン買ってから帰るけど、リンはどうする?」
「真っすぐ帰ろうかな。【投石強化の魔法】の魔法陣とか、新しく作らなくちゃだし」
そうなのだ。ワークツリーから貰った【火球を放つ魔法】はまた会社でコピーを貰えるが、自前の魔法は新しく作ったり、買う必要がある。流石に業務時間にそれをする訳にもいかず、私は定時後に作業しようと考えていた。
「オッケー、じゃあリンの好きなオレンジピールのチョコ買ってくるよ」
私は「ありがと!」と手を振ると彼女と別れた。このまま寮の部屋で作業をしてもいいが…だれそうな気もする。ベッドが視界に入ったら、そのまま飛び込んで翌朝を迎えることだろう。今日の業務もエラーに振り回されっぱなし…普通に疲れていた。
「たまには喫茶店で、作業してみるか」
駅前にも喫茶店はあるが、まだ入ったことがない。初めて入る店はいちいち緊張するので、いつものハニーポットへと向かう。
「し、失礼しまーす」
喫茶は昼ほど混んでいなかった。この時間に入店するのは初めてだ。マスターの奥さんから「お好きなお席へおかけください」と伺い、隅のテーブル席を確保。バイトの子が水とおしぼりを持ってきてくれたので、私はホットモカジャバを注文した。これは以前から気になっていたメニューだ。ちなみに「モカジャバ」というのは略称で、正式には「モカ・カリエンテ・ジャバネサ」らしい(メニュー表に書いてあった)。必殺技みたいな名前である。
――さて、じゃあ頑張りますか。
私はバッグからペンとメモを引っ張り出した。そして【投石強化の魔法】の魔法陣を作るのに、必要な機能を書き出していく。適度な距離感の店員と、オルゴールのBGM、程よく空いた店内…この喫茶店は集中しやすい要素で満たされていた。
「こちらモカジャバでございます」
「わ、いただきます!」
モカジャバも美味しい。珈琲にスライスしたチョコレートが溶かしてある。ほっとする甘さが特徴的だ。頭を使う時にぴったりの飲み物である。たまには喫茶店で作業するのも悪くないな、そう思った時だ。
カランカランッ。
軽やかなドアベルの音。そして明るく弾けるようなギャルボイスが、オルゴールの響きをかき消した。
「こんにちはー、珈琲二杯くださ~い! あとできればアンパンも!!」
「タ、タランチ…!?」
「あれ、りんちゃん! スゴイ偶然!!」
タランチは一瞬で私との距離を詰めると、隣の席に腰を下ろした。え、ちょっと!? 私がキョドッていると、後ろからブリックも入ってくる。彼は私に一礼すると、向かいの席に座った。四人がけテーブルがあっという間に三人分埋まる。こうなると自習は無理だ。私は諦めてタランチの話を聞くことにした。
「えー、ブリック先パイ、珈琲に砂糖入れすぎじゃないですか?」
「鳥は苦味に敏感なんだ」
鳥人である彼は、次々と角砂糖を珈琲に落とす。確かにかなり甘そう…。それを見てニヤニヤと笑うタランチ。
「うわぁ、甘ったるそう…。ブリック先パイは極端なんですよ」
「勝手に珈琲を注文した奴が言うんじゃない」
ブリックは彼女を睨みつけるが、タランチはそんなことじゃ怯まない。
「極端っていうのは事実じゃないですか。未だに自警団の過去の掟の一つ、『団員は借金するべからず』を守って、家のローンすら組まないのは先パイくらいですし~」
「どんなに古くなろうと、掟は掟だ」
ブリックは自身の生み出した苦味撲滅珈琲をチビチビと飲む。相変わらず勢いのある二人だ。私は漫才みたいなやり取りに、ヘラヘラと相槌を打つことしか出来ない。ところが突然タランチの関心がこちらに向く。
「そういえばリンちゃん、人生初の事情聴取はいかがでしたか!?」
人生初…というか何回も経験したくはない。でもそれをツッコむ度胸はないので、一先ず無難な感想を伝えてみる。
「結構フレンドリーな団員が多くて助かりました。もっとかしこまった感じを想像していたので」
「なるほど。確かに国に仕える軍とかは、もっとお堅い感じでしょうねえ。向こうはエリート、こっちは雑草っていうか。お給料もこっちは雑草レベルですし~」
「タランチ、その辺にしておけ」
ブリックに制されたことで、タランチは頬を膨らませた。彼女は残った珈琲を一気に飲み干すと、軽やか椅子から立ち上がる。
「じゃあリンちゃん、私はまだお仕事があるので失礼します。ブリック先パイ、ちゃんとリンちゃんをお見送りしてくださいよ?」
「分かっている」
お、お見送り…? ブリックはあっさりと承諾したが、私の意思はどこ? え、私、この威圧感のある人と二人で寮に帰るの…? 私が恐る恐る顔を上げる。鳥人の鋭い瞳がこっちを向くので、私は慌てて視線を外した。




