201_一区切り
リンの日記_六月二日(月)
週のスタート、月曜日。私は新しい魔導書を持ってワークツリーに出社した。今まで魔導書にはそれほど興味がなかったが、やはり新品は嬉しい。ちなみにこの魔導書、定価の七割引きで購入することができた。それもこれも全部モスのお陰だ。
ゴブリン共を退治した後、怒りのモスが魔法道具展に特攻。何故なら例の白髭店長は「行商人がゴブリンに襲撃された!」と話す一方で、ホブゴブリンの存在を伏せていたのだ! これは命に関わる問題である!! モスに問い詰められた店長は「自分も知らなかった!」としらを切ったが、最終的に彼の理詰めに降参。結果、私まで大幅に製品値引いてもらったのだ。モスの交渉と剣幕は流石の一言。きっとフリーで生きていくためにはデザイン以外にも様々なスキルが求められるのだろう。こうしたスキルもぜひ自分のものにできたら…と思うよね。
開発ルームで待機しているとアキニレ、ミラーも階段を上がって来た。今日はミラーに始末書の修正版を渡し、アキニレに事の顛末を説明する。今更ではあるが緊張してきた。私は修正した始末書を両手で握りしめ、二人に頭を下げる。
「お、おはようございますっ」
「やあ、おはよう。リン」
ミラーは黙って書類を受け取ると、パラパラとチェックを始めた。一方のアキニレはいつもと同じように相槌を打ちながら、私の話を聞いてくださる。今回の件は教育係のアキニレだって、上から怒られるかもしれないのに…。この人は本当に目が優しい。
「リン、もう何度も叱られていると思うけど、あえて言おう。今回、君に欠けていた点は?」
突然の質問に頭が真っ白になる。しかしアキニレの顔を見ていると、段々と呼吸が落ち着いてくるのを感じた。私は改めて彼の目を見て、一つずつ考えを口にする。
「まずは報連相を怠ったことです。次に外出時、魔導書の存在を随時チェックしなかったこと…です」
「そうだね。二点目はなかなか難しいとは思うけど、常に意識すべき事でもある。そして今後の対策は?」
「問題が起きた際、必ず上司に報告します。そして〝報告すべき問題〟が私の中で曖昧だったので、ミラーに確認してもらいながらリスト化しました。同じものを始末書にも追記しています。あと! 当然、社内規則に反した場合もすぐ報告します!」
「うん…そうだね」
「それと、【紛失防止魔法】を導入します。この魔法をかけた魔導書は術者から二十メートル以上離れると、大きな音が出るらしいので…これで紛失、盗難を対策します。少し先の魔法道具店で売っているそうなので、次の休みに購入しようかと」
「そうか、あまり自腹は切ってほしくないけどね…。でもそれだけ対策をすれば、十分と言えるね?」
そうだよな、まずは自分が自信を持ってうなづけなければ…対策とは言い難い。私は今一度自身の反省内容を振り返った。二度とあんな思いはしたくない。そして私が考えた方法はそれを防ぐだけの力を持っている…はず。いや、持っている!
「はい、大丈夫ですっ」
「ああ、俺もそう思うよ。始末書の内容を確認した上で、俺から上司に提出しておく。ミラーからは何かあるかい?」
「いや、私の指摘した箇所は直せている。十分だ」
「あ、ありがとうございますっ!」
こうして私の始末書作成はひとまず完了した。しかし同じ失敗を繰り返さない、という戦いは、今、始まったばかりだ。社会人として、ここはしっかりしなければ。でも一つの問題に区切りがついた感じは…正直ある。胃腸がジクジク痛む日々とはおさらばだ。
――また今日から通常業務を頑張ろう。
そして昼休み、ガスタが私の席に襲来。うわ、怒られる。私は警戒を強めた。ところが彼は無言で、机の上に何かを置いた。彼の手を離れたモノがジャラジャラと音を立てる。
「これは、金属製のチェーン?」
しかも見るからに安っぽいやつ。私の田舎では、十四歳くらいのマセた不良が、こういうのを腰から下げていた。いや、きっとウチの周りだけじゃない。このセンスは世界共通だろう。
――それを何故、私に渡す?
ガスタの邪悪な顔を見て、自然と私の口角も引きつる。
「ほれ、紛失対策」
「…」
「腰に魔導書をくくりつければ安心だろ?」
「…」
純度百パーセントのイジワル。投げ返してやりたい。だが流石に今の私にそれをする資格は…ない。私はそれを受け取ると、黙ってバッグに突っ込んだ。姑先輩は「なんだ、まだ魔導書のセットアップもしてないのか」と告げると、開発ルームから去って行った。クソ、嫌な奴め。
だがガスタが言った通り、私はまだ魔導書をセットアップしていない。アキニレから「今日と明日を魔導書のセットアップに使ってよい」と御達しが出ていた。私用も兼ねた魔導書をセットアップさせてくれるのはありがたい。私はアセロラと昼休憩を取った後、すぐに作業を開始した。




