199_ホブゴブリン
馬車の周りには四匹のゴブリンがたむろしており、それぞれ武器を持っている。そして馬車の中には一回り大きなゴブリンがいた。そいつは肌の緑だが、他ゴブリンと比べて深い色。そして頭に白ターバンのようなものを巻き、ターバンや首元を紫水晶で彩っていた。それを見たモスがポツリと告げた。
「ゴブリンの上位種――ホブゴブリンだな」
ホブゴブリンはゴブリンの上位種だが、腕っぷしはゴブリンと殆ど変わらない。奴の特徴は発達した頭脳にある。ホブゴブリンがいる群れは連携が強固となり、リザードマンやオークに勝利することもあるとか。確か冒険者ギルドの討伐ランクもDからC+へ上がるはず。今も四体のゴブリンに東西南北を抜かりなく守らせている。行商人救出が目的の人間をカモにするつもりかもしれない。ちょうど今の私達みたいに…。
「思ったより厄介な状況ですね」
「ああ、店主の奴、ホブゴブリンがいるとは言ってなかった」
モスは悪態をつきながら自身の魔導書を取り出した。私はまだ魔導書がないので石の礫を用意する。今の私が戦闘で扱えるのは、【投石強化の魔法】と【球状の結界魔法】
くらいだ。そんな私にモスが作戦を共有する。
「ホブゴブリンは馬車の中にいるから不意打ちが難しい。雑魚ゴブリンを端から不意打ちで仕留めていく。駒がなければ、奴の能力が活きることはない」
私は彼の言葉にうなづくと、別の茂みに隠れ直す。そして石を持った手を大きく振りかぶった。
「スロトン!」
【スロトン_投石強化の魔法】
石は私の手を離れると、みるみる加速。そしてゴブリンの脳天に直撃。二頭身の魔物はボテッと倒れ、気を失った。それを見たホブゴブリンは大声を上げる。
「ギィエアア!」
――き、来た!
二体のゴブリンが私の隠れている茂みに特攻してくる。私はこの光景に見覚えがあった。これはサミダレ討伐会で感じた、マルチタスクの再来である。会社でも複数のタスクを同時に振られることはある。問題はそれに正しい優先順位をつけることだ。だが、それが中々難しい。私は一先ず敵から距離を取った。
例えばアキニレとガスタからそれぞれ頼まれ事をした、としよう。人間心理として優先したいのはアキニレの方。だって彼は親切で人望もあり、「彼の期待に応えたい!」と思わせてくれる。そして相対的に、姑野郎ガスタのタスクを後回しにしたい。だが、ガスタのタスク期限が「残り一日」だったらどうだろう。その場合、アキニレよりガスタを優先する必要がある…。
――これが優先順位を付ける、ということだ。
今の例は単純だが、現実はもっと複雑怪奇。社会人になってこういう場面には何度も遭遇した。今もそれと同じである! 私は改めて、視界を広く確保した。二体のゴブリンが私目掛けて特攻を仕掛けてくる。どうやら残った三体目はホブゴブリンの護衛らしい。奴らは冷静だ。私はゴブリンから距離を置きながら、モスに目配せをした。私とモスは互いに魔法を発動。モスの手元で青い魔法陣が輝きを放つ。
「スロトン!」
「キャンデル・ショット!」
【キャンデル・ショット_飴弾の魔法】
モスの魔法陣から水球のようなモノが生成された。オレンジと白のマーブル模様で、大きさはスイカに近い。その物体は真っ直ぐに飛び、ゴブリンを吹き飛ばした。抜群のコントロールだ! 私達の攻撃は二体のゴブリンを同時に仕留める。残るはホブゴブリンも含めて二体。ところがホブゴブリンの奴、ジャケットの内側からボーガンを取り出した。
「気を付けろ! 危険な武器だ」
モスのセリフはもっともだ。しかもスマートに矢をセットする動き、やはり他のゴブリンとは異なる。私は投石をキャンセル、すぐに結界を張った。直後、ボーガンの矢が結界に突き刺さる。クソ、互いに飛び道具だと戦いにくい…。しかし二発目の矢が放たれる前に、モスが飛び出した!
「も、モス…!?」
「問題ない、キャンデル・ウィップ」
【キャンデル・ウィップ_飴鞭の魔法】
ホブゴブリンが矢を放つ。しかし彼の作り出した鞭は、ボーガンの矢を絡め取った。飴のようにしなやかで、粘性のある武器。そして彼は身をひるがえすと、勢いよく鞭の先端をホブゴブリンへと叩き込む。
「鞭よ、硬化せよ…キャンデル・ウィップ・ハードゥン…!」
彼の言葉に合わせて、鞭の一部は岩のように硬化。遠心力で加速した鞭はホブゴブリンを吹き飛ばした。鈍く重い音によって、こちらにも鞭の硬度が伝わってくる。
「飴の魔法シリーズ。状況に応じて攻撃の硬度や温度、粘度、色などを調整できる代物だ」
飴の魔法なんて、始めて見た。発動後にパラメータをいじれる戦闘魔法はそう多くない。相手に応じて戦い方を変える戦法は、デザイナーの彼らしいと思う。
そしてホブゴブリンと一味は散り散りになって逃亡。一先ず危機は去った。私達は積荷の無事を確認する。馬車の中には魔導書の他に、大量の果物樽があった。いくつかのリンゴがかじられている。ゴブリン共に狙われたのはこちらだろう。
そして少し離れた茂みから、うずくまった行商人も見つかった。彼は繰り返し私達に頭を下げる。そういうのはあまり得意じゃないので、話を逸らすことにした。
「でも車輪、壊れちゃいましたね」
「命が助かったんだ、十分さ!」
行商人は笑顔で告げると、大きくうなづいて見せる。無駄に明るいな。だが私達は行商人の心配をしてる訳じゃない。
――お前が白髭店主に話をつけてくれないと、私達の製品が値引きされないのだ!
だが、困ったことに馬車はすぐ直せそうにない。明日は会社だから、私は今日中に魔導書が必要。私達が積み荷を見守っている間に、店に行ってもらうか…? あれこれ考えていたら、モスが思い出したように口を開いた。
「馬車の修理なら手先の器用な奴を知っている。アイツを呼んでみよう」




