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198_値引き交渉

「大丈夫です! 自分で決めますから!!」


 私は慌てて一冊の魔導書を手に取った。ところが問題はそれだけじゃない。実はこの魔導書、少しだけ予算オーバーなのだ。

 魔導書のスペックと物理的なサイズを両立させるのが難しい。どうしても予算をオーバーしてしまう。弱ったな。一人暮らしとはいえ、できる限り出費は抑えたい。うちには大食いチビドラゴンもいることだし…。ちなみにラムスの奴は魔法の杖に興味津々だ。なんで男子って長い棒切れが好きなのだろう。いや、そもそも〝世界樹の枝〟とやらに性別があるのかは知らんが…。

 そんな事より金である。予算的にはカツカツだが、モスの選んでくださった魔導書を買いたい。よって私は覚悟を決めた。


 ――これは、値切るしか…ない!


 私は魔導書を手に取り、恐る恐る店員のところへと持っていく。店の奥に白髭白髪のお爺さんがいた。毛量の多い眉、割と厳格な印象である。恐らくこの店の店主だろう。彼の隣にはもう一人、若い店員がいた。彼は「ハアハア」と息切れを起こしており、店主と何かを話し込んでいる。

 今、話しかけるのはマズイかな…。一度撤退しようかと思ったが、店主がこちらに気が付いた。そして落ち着いた口調で話しかけてくる。


「いかがなさいましたかな?」


「あ、いや、この魔導書を買いたくて…!」


「それは誠にありがとうございます」


 彼が私の手から魔導書を回収しようとするので、慌ててその手を引っ込めた。


「あ、でも違くて! その、少しだけ予算オーバーなのですが…」


 私の意図を理解した店主、その眉間に薄っすらシワが寄る。


「申し訳ございません。こちらの魔導書は他店と比較しても特別安価に提供させていただいております。これ以上の値下げは難しい、とだけお伝え致します。」


 言葉使いこそ丁寧だが、断固として値引かない覚悟を感じる。む、無理だ、私のハートはガラス製。これ以上の作戦続行は不可能である。


「そ、そうですよね…」


 諦めて撤退しようとした時、髭男がポツリと声を出した。


「ちなみにお客様、魔物との戦闘経験はございますか?」


「…はい?」


「実は今、ウチの製品を運ぶ行商人が、ゴブリン共に襲われているそうなのです。冒険者ギルドに依頼すると、どうしても時間がかかってしまう…。もし魔物を退けてくださるなら、魔導書はしっかりお値引きさせていただきますよ」


「…や、やります!」


 私は即答した。強面オジの説得より、魔物退治の方が百倍いい。すると背後からモスが魔法の杖を持って現れた。値札を見るになかなか高価な品だ。


「私も魔物退治に協力しよう。その代わりこの製品を三割引きにしてほしい」


「さ、三割引きでございます…か」


「なに、冒険者に討伐依頼を出すよりずっと安く済むはずだ。貴方の抱きかかえるニーズは〝時間〟より〝そっち〟だと思うが」


「わ、分かりました! 三割引きで構いません!!」


 交渉成立である。モスは店主からサインを受け取ると、片方のメモを私に預けた。な、なるほど…簡易ではあるが契約書だ。私は口約束で済まそうとしていたし、具体的な割引き価格も決めてなかった。魔物との戦闘では「相手と目を合わせない」や「有利な土俵に持ち込ませない」といった様々なルールが存在する。きっと人間との交渉も同じことなのだ。

 私たちは改めて魔物の情報を受け取り、店を後にした。店主の話では、行商人を襲ったゴブリンは五体。それくらいの退治は難しくないはず。

 日曜の大通りは人が多い。私たちは人の波をかき分けながら、目的地を目指した。魔導書の値引きは非常に重要である。だが行商人の安全も同じくらい大切だ。人の居住エリアを過ぎると、森へ向かう途中に壊れた馬車が見えた。


「あ、馬がいます!」


 馬は繋がれたままだが、片方の車輪が割れている。行商人の姿はない。どこかへ逃げたのかもしれないな。私達は離れたところから馬車を観察した。

 馬車の周りには四匹のゴブリンがたむろしており、それぞれ武器を持っている。そして馬車の中には一回り大きなゴブリンがいた。そいつは肌の緑だが、他ゴブリンと比べて深い色。そして頭に白ターバンのようなものを巻き、ターバンや首元を紫水晶で彩っていた。それを見たモスがポツリと告げた。


「ゴブリンの上位種――ボブゴブリンだな」



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