196_クッキー
そして二時間後、無事に事情聴取は終了した。
受付近くの休憩所でミラーとソルは話し込んでいる。彼女はワークツリー所属だが、昔は自警団に身を置いていた。後で聞いた話だが、二人は元同期らしい。積もる話もあるのだろう。それと例のセキュア・ゴーレム――スマイリーを点検していたようだ。あれ、ソルの食べているクッキーに見覚えが――
「リン、そろそろ帰るぞ」
私とミラーは揃って自警団本部を後にした。ソルとスマイリーは全力で手を振ってくれたので、私も小さく返す。外は既に夕焼け色に染まっていた。
「リン、事情聴取は問題なかったか?」
「あ、はい、大丈夫でした」
「タランチの奴は騒がしかっただろう。入団して半年は猫を被っていたが、今では小さなご意見番だ」
ミラーの表情はどこか愉し気だ。男性陣の苦労を期待しているのかもしれない。この人、結構サジェストなのだ。私はミラーがガスタやアキニレを苛めている時の光景を思い出した。特にガスタの失恋を煽る彼女は愉快そうである。
「あと、ブリックが大変そうでした」
「そうだろうな。まあアイツはアイツで頭が堅い。自警団はトランの中でも歴史ある組織と言えるだろう。あの男は自警団が発足した時の夢や志を、丸ごと引き継ぐつもりなんだ」
「す、凄いスケールですね…」
私の言葉にミラーはニヤリと笑みを浮かべた。
「昔はヤンチャだった癖に生意気なもんだ。それこそ今のソルに近かった」
「え、あんなに饒舌だったんですか?」
「いや、口数より価値観だな。ソルは歴史より仲間を重んじる課長だ。アイツは自分の夢を隣の仲間たちに広げるだけの器がある」
――夢を広げる…か。
なるほど、だから縦のブリック、横のソルと呼ばれていたのか。私は改めて納得した。だが正直、私の中でソルは「お喋り」のイメージしかない。あのノンストップトークはスワロー以上。彼みたいになりたい…訳ではないが「初対面の人間と抵抗なく喋る力」は実に羨ましい。
「彼のトーク力は見習わなければ…と思いました。私は談笑が得意じゃないので…」
「私も得意ではないな」
――え、そうか?
完全に予想外の言葉、だって彼女はいつも堂々としている。私はびっくりしてミラーの顔を見返した。黄昏時で分かりにくいが、彼女は口元に笑みを浮かべている。
「ああ、私は堅物だからな。冗談のつもりでも、相手に冗談と伝わらないことがある。それに目的のない談笑もニガテだ。つい正論パンチを放ってしまい、嫌な顔をされる」
「あ、ああ…」
確かに彼女の冗談が「分かりにくい…」と思ったことはあった。
――そっか、ミラーでもそういうことを考えるんだな。
私も面白い冗談が言えるタイプじゃない。つい先日、アセロラと化粧品店に行った時も、私はヘラヘラ相槌を打つのがやっとだった。しかも彼女らの話をノートにメモしようとしたら、「真面目~」って笑われたし…。この話をミラーにすると、彼女は目を細くしてうなづいてくれる。女性みたいに笑う彼女を初めて見た(女性だが)。こんなに沢山話したのも初めてだ。
――あ、そういえば…。
私は自警団でミラーとソルが食べていたクッキーを思い出した。あれは昨日、落ち込んだ私の机に置いてあったのと同じもの。ミラーが置いてくれたんだな…。
「あ、あの、クッキー…美味しかったです」
「…そうか」
ミラーはそう告げると歩くペースを速めた。当初は不安しかなかった事情聴取だが、彼女の新たな一面を知ることができた。当初、ミラーは「とにかく強くて冷たい人」って印象だったけど、その内側では色々なことを考えている。一枚のクッキーは、口下手な彼女からのエールだったように思う。こうやって少しずつ相手のことを知っていきたい。
ちなみに明日も外出だ。盗難にあった(可能性の高い)魔導書を新調しなければならない。




