017_新入社員の休日
リンの日記_四月五日(土)
翌朝、私は自分の部屋で目を覚ました。
あのとんでもない神父服――プラナリと遭遇した後の記憶がない。というか私はあの星空が広がる空間で倒れたのだろう。誰が私を社寮まで運んでくれたのだろうか。周囲を見渡した。昨日までと何ら変わりない部屋だ。私は大きく伸びをした。身体にも異常はなさそうに見える。
私は自室から出て、一階の共同キッチンに降りた。時計の針は十一時を指しており私にしては遅い起床だ。色々あったし無理もない。いちおう社会人になってから初めての休日である。
「お腹空いた…まだパン残ってたかな?」
無いなら買いに行かないと…。
キッチンの棚をゴソゴソやっていたら、後ろから階段を降りる音がした。
「リン! 具合は大丈夫?」
サテンパジャマのアセロラだ。
はい、可愛い。
「うん、大丈夫。アセロラが寮まで運んでくれたの?」
「私とアキニレで運んだよ。帰り道で突然倒れたんでしょ!? 『目が覚めたら病院に行くように』ってアキニレも言ってたよ!」
帰り道に突然…という事は私が倒れた後、元のダンジョンに戻ったのか。そこをアキニレ達に発見された訳だ。
病院かあ……。
正直、病院は好きじゃない。待合室で長時間待たされるし、待っても結局は大したことない場合が殆どだし…。あと病院まで行くのも面倒くさいし、知らない先生と話すのもだるくて疲れる。それに今日、私にはもっと大事なミッションが控えていた。
「病院はまた今度にしようかなあ…」
「ええ!? それは良くないよ!」
思ったより強く否定された。アセロラ、いい娘…。
「ま、まあ…そうなんだけど」
「大事な用事でもあるの?」
彼女の圧にやや気おされる。そりゃあ病院に行くのは大切な事である。プラナリの事もあるし、身体に異常がない事を確認しなければならない。しかし今日の私にはそれと同じくらい譲れない事があるのだ…。
「ふ、服が…」
「え、服?」
「服がダサすぎるから、新調したい…」
アセロラがジト目で「は?」って顔をした。
あ、明らかに引かれた…
違う……
違うんだアセロラ…!!
私にだって訳がある…もう耐えられないのだ。いざ、都会に来て分かった。私の服のモッサリ感は相当なものだった。都会の人間は皆スタイリッシュなのだ。アセロラなんか休日でも可愛いパジャマ姿だし。
私の服は違う。肩部にデカいフリルがついていたり、胸にハートマークの刺繍が入っていたりと〝お子様感〟と〝お姫様感〟が強い。何故そんな事になったのか…
はっきりと明記しておくが、決して私のセンスがダサい訳ではない。私自身あまりファッションに興味がなかったし、田舎にはお洒落なアパレルは存在しない。しかも近所のおばちゃん達が昔の古着を次々とくれるのだ。おばちゃん達のご好意を無下にする私ではない。つまりそういう事なのだ。これは断じて言い訳ではない。
私の服は二十年前の田舎ファッションだった。先週トランに着いて自分のダサさはすぐに気が付いた。
「私のこれは社会人が着る服じゃないっ!!」
「そ、そうかな。一周回ってイカすのもあるよ」
そう言ってアセロラは私の服を広げてみせた。彼女程の手練れなら、この服をカッコよく着こなすことも可能かもしれない。ただ私はそうではない。〝一周回ってイカす〟という時点でアウトなのだ。〝最初からイカす〟服が欲しいのだ。
「今日は安静にした方がいいと思う…」とアセロラ。
「分かった、病院には行く! 服屋に行くのはその後にしますっ」
鬼気迫る私の主張…アセロラは両手で降参のポーズを取った。
「しょうがないなあ…じゃあ私もついていくよ」
「ええ…いいの!?」
「うん、元々リンと洋服買いに行きたいとは思ってたから」
――女神である。
そういう訳で私の手持ち服の中で彼女が気に入ったものは全部あげる事にした。(勿論その程度の事で今日の恩が返せない事は重々承知である)そしてタンスの空いたスペースを埋める為、私とアセロラはショッピングに出かける事となった。




