146_アセロラと両親
十三時過ぎ、私はランチをご馳走になっていた。通された部屋は「小食堂」というらしいが、全く「小」ではない。だがこの部屋とは別に「大食堂」もあるそうだ。なんてお屋敷なのだ。私はちらりとアセロラへと視線を送った。
彼女は黙々と小牛の煮込みを食している。いつもよりややローテンションだ。実家にいるからだろうか。そして私達の向かいには、アセロラの御両親がランチをとっている。二人とも実に若々しい。本当にウチの親と同世代なのだろうか。でも彼女の両親なら解釈一致な気もする。ちなみに小食堂に入る前、アセロラはご両親の仕事について説明してくれた。
彼女の両親はベンチャー企業の社長らしい。十年前に魔法の特許を取得し、一代でここまで成り上がったそうだ。夢のある話である。「貴族、貴族!」と騒ぐ私に対して、アセロラは「貴族じゃないし、本物のお金持ちには敵わない」と謙遜していた。いやいや、十分すぎる金持ちだ。
私はアセロラのご両親を盗み見た。社長だってさ。そう言われると威厳があるように見えてくる。ただでさえ人見知りなのに、二倍緊張してきた。私はライ麦のパンをチビチビ食べる。食べ物がなくなると、やることがなくなるもんな。ここで手持ち無沙汰になるのは怖いし、是非とも避けたい。勿論ヤギバターもちょこちょこ使う。
しかし私の気まずさなんて、吹っ飛ばすくらいアセロラの御両親は明るかった。アセロラ父が私に太陽のような笑顔を向ける。
「君がリン君だね! 前帰って来た時も、アセロラは君の話ばかりだったよ!!」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、リン君は超強いってね! なんでも花粉怪鳥ヘルフィーブを倒して、サミダレ討伐会で無数の魔物を撃破。ダンジョンでも強力なジャイアント・マーフォクを一掃したそうじゃないかっ!!」
――おい、話が滅茶苦茶に盛られているぞ。
やったのはアセロラだろうか、それともアセロラ父か。アセロラ父とは少し話しただけだが、どちらの可能性もありそうだ。また、それはそれとして、「アセロラが私の話ばかりしている」という情報は初耳だった。満更でもないので、アセロラの方を見る。しかし彼女は黙々とライ麦のパンにかじりついていた。
「もっと筋肉モリモリかと思っていたよ!」とアセロラ父。
「本当ね! 華奢でお人形さんみたい!!」
アセロラ母が私の顔を覗き込んできた。きっとお互いテーブルに座っていなければ、身体中を撫でまわされている。とにかく距離の詰め方が早かった。でも嫌味な感じはしないし、むしろとっても褒め上手。やっぱりアセロラの両親なんだなあ。
それに「ペコペコ」とうなづくだけで場が成立するのだ。口下手な私としては、とても助かっていた。だがしかし、ここでアセロラ母はアセロラへと話題を切り替えた。
「でもアセロラはリンちゃんみたいに強くないでしょう? 魔物に襲われたら危険だし、やっぱりここから通った方がいいと思うの」
アセロラはやはりパンをかじる手を止めない。しかし彼女の横顔は実に苦々しいものであった。「うわあ、面倒なのが始まった」と彼女の顔面に書かれている。アセロラはテーブルを見つめたままで反論を試みた。
「いいの、私は自律するために寮に入ったんだから」
「でもどうせ料理も掃除もやっていないんでしょう?」
アセロラ母は間髪入れずに返答した。
――図星である。
アセロラが料理をしているところは殆ど見たことがない(可愛いデザインの調理器具は揃えているが)。そして部屋の掃除も後回しにしがちだ(カーテンや絨毯のデザインは可愛いが)。そんな訳で彼女の主張は、華麗に切り落とされた。流石はアセロラの母、口喧嘩が強い。アセロラもやや言葉に詰まっていた。こんなにしどろもどろな彼女を見るのは初めてだ。
「ママ、それは…」
アセロラが辛うじて反論しようとした、その時――
ボンッ!!!
庭の方で何かが弾ける音がした。そこまで大きくはなかったが、なんの音だろうか。私達が硬直していると、小食堂に執事っぽい人が入って来た(執事がいるなんて凄い!)。そして報告を受けたアセロラ父は眉間にシワを寄せる。
「また妖精デッコの仕業か」
「はい、今度は菜園が狙われ、野菜が盗まれました」
妖精とは、大部分が魔力で構築された魔物である。そして〝デッコ〟は低級妖精の一種だ。こいつらは基本どこにでも現れ、魔力の循環に一役買っている。だから悪い魔物と言い切る事はできない。だが良い魔物でもない。数が集まると小さなイタズラや、盗みを行うため注意が必要なのだ。自宅がデッコの溜まり場となってしまった場合、定期的に妖精どもを追い払う必要がある。どうやらアセロラ宅はデッコに懐かれてしまったらしい。
「これまで都度冒険者ギルドに依頼を出してきたが、どうも後手後手になってしまうな。いっそのことフリーの冒険者と専属契約を結ぶべきか…」
アセロラ父は苦々しい顔で席をはずそうとした。ところがそれを制したのは他でもないアセロラだった。彼女は鞄から自身の魔導書を取り出すと、両親に向けて突き出してみせる。
「パパ、その魔物は私がなんとかする!」