144_アイドルの原点txt
「やっぱりユニは凄い…本当に尊敬します」
「ウフフ、当然なのです!」
ユニはここにきて、突然アイドルモードの口調を解禁した(今日はずっと男性モードの喋り方だったから)。アイドルのユニはいつも自信満々で、唯我独尊。そんなところにもカリスマを感じていた。でも男性モードでそれをやられると、ちょっと違うな。
――なんというか、ほんのり鬱陶しい…かも。
そう思った自分を必死に押し殺した。さあ、話の続きを聞こうじゃないか!
しかし男性モードのユニは、次に顔をしかめてみせた。彼は化粧をしなくとも、綺麗な顔たちをしている。そんな眉間にキュッとシワが寄った。
「だが芸能界は厳しい世界だ。しくじれば多くの損害が出るし、沢山の期待を裏切ることになる。重圧を背負った私はいつしか『ライブを成功させなければ』という使命感に取り憑かれるようになった」
「使命感…」
私の相槌にユニは頷いてみせる。
「使命感は便利な感情だよ。どんな状況でも相応のパフォーマンスを発揮することができる。だからこの感情を否定するわけじゃない」
そう言ってユニは両腕を組んだ。その眼差しには微かな懺悔が含まれているような気がした。しかし彼女は落ち着いた口調で会話を続ける。
「でも使命感には限界があってね。何故ならこの感情は『常に失敗しないよう』に振る舞うからだ。死神と戦う時も私は「皆を守らなきゃ」と考えていたよ。でも魔物を倒すためには、もっと思い切る必要があった」
「思い切る必要…ですか?」
「ああ、そしてそのチャンスをくれたのは君だった」
――わ、私…? 全く心当たりがない。
「私が魔物からトドメを刺されそうになった時、リンちゃんが叫んでくれただろう?」
確かに叫んだ。「ユニ、頑張れー!!」とか非常に陳腐なセリフを送った覚えがある。そう思うとなんだかむず痒くなってきたな。
「あはは、あの時はもう夢中で…」
「精神も五感も損なわれつつある状況で、あの言葉は強く響いたよ。初めてライブした時のことを思い出した。あの時のコール&レスポンス…どうして忘れていたんだろうね」
「ユニ…」
「そして『皆を守らなくては』という使命感を『皆の期待に応えたい!』という感情が上回った。あの〝青兎融合〟が放てたのは、きっと君らのお陰なんだ」
「そ、そう言ってもらえるなら、よかったです」
まさかユニがそんな風に考えていたとは。照れ臭いとか、そういう次元の感情ではない。しかもこれで終わりではなかった。なんとユニは右手を差し出してきたのだ。
――こ、これは握手!?
こんなに嬉しい言葉をもらったのに、更にいいのだろうか。しかも今日の私はお金払っていない。アイドルの握手には大きな価値があるというのに。そんな私の気持ちを察したのか、彼は再度手のひらを私へと向ける。
「ほら、今君の前に居るのはアイドルのユニじゃない」
そ、そういうことなら…握ってもいいのかな。私は恐る恐る相手の手を取った。それは実に力強い握手。以前の握手会ではユニはアイドルで、私はファンだった。あの時の握手はもっと丁寧で繊細だったはず。しかし今のこれは明確な熱を帯びている。
――ユニは本気で私を仲間だと思ってくれていた。
ユニの右手から流れる熱はしっかりと私の胸に響く。改めて今回の案件に携われてよかった、そう実感した。
午前十一時、ユニとマネージャーは寮を後にする。ユニは「まだまだタスクが山積みなんだ!」と嘆いていた。怪我でダンスレッスンこそできないが、それでもアイドルの仕事に終わりはない。事務所にはサインを書くべき色紙が大きな山となっているそうだ。だが弱音を吐きながらも、ユニとマネージャーは楽しそうだ。凄いなあ、本当にエネルギッシュな二人組である。
今回の案件でユニからストイックさを学んだつもりだった。しかしまだまだ本家本元には遠く及ばない。これからもユニは私の人生の師。彼女を推していければと思う。
そして二人を見送った後、不意にアセロラが尋ねてきた。
「そういえばリン、ユニからサイン貰わなくてよかったの?」
――え……?
――あ!
「ああああああ!?!?」
私は大声を上げながらその場にうずくまる。完全に忘れていた。だって男モードだったんだもん! それに話題が想像以上にシリアスな内容だったから、私は他の要件に気が回らなかった。ああ、私の馬鹿! シングルタスク人間!!
「てか、なんで言ってくれなかったの!?」
私はアセロラに食って掛かった(完全な八つ当たり)。しかし彼女はあっさりと答える。
「いや、リンなりにユニのプライベートに配慮してるのかなぁ、と思って…」
「そ、それは……」
――うむ、そうだな。そういうことにしておこう。