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尾十坂高校異世界送迎係

作者: 藤谷とう





「この命、惜しくなどない!」


 黒板を突き破る勢いで、その男は突然現れた。

 教卓にバンッと勇ましく立って、やたら赤いマントが羽ばたく。右手には剣を持っているいわゆる騎士のような出で立ちだが、見事な金髪は残念なことに汗で湿っていた。

 顔も泥だらけだ。


 富山幸緒(とみやまゆきお)は、堂々と立つイケメン騎士を見上げる。彼はまだ教室のしんと静まり返った状況に気づいていないらしい。


 黒板に向き直っていた髪の寂しい教師の佐藤は、男の乗った教卓の上にあった教科書を無表情で取った。そのまま視線を向けられて、幸緒は教卓に未だ立っている男に「あのう」と声をかける。


「……」

「もしもーし」

「!」


 幸緒に気づいた男は、ハッとして周りを見渡した。

 狭い教室にぎっしり並んだ机に、無関心な生徒、そして幸緒を見て叫ぶ。


「なんだこれは! お前は誰だ!」

「あー、はい。みんなそう言うんです、気にしないで下さい。そういうのいいので、私についてきてもらえますか? まずそこから降りましょう。危ないですし」

「気安く触るな無礼者!」

「すみません、いいから降りて下さい。みんなの授業の邪魔なので」

「離せ!」


 男はキリッとした顔で幸緒を凄む。

 次の瞬間、幸緒は教卓に手のひらを勢いよく振り下ろした。派手な音が教室に響き、じっとりと男を鋭く睨み返す。


「……降りてこいって言ってんのよ」

「な」

「降りろ。今、すぐ」


 床を指さして「早く」と言いながらついでに教卓を軽く蹴ると、びくんと身体が反応した男は「ふん」と仕方なさそうに飛び降りた。またマントが大きく揺れたので、幸緒はマントを掴んで素早くぐるりと結ぶ。歩くたびにふわっふわされてはかなわない。騎士の背中に、丸い団子がぶらんとできあがった。


「よし。じゃ、ついてきて下さいね」


 幸緒がにこっと笑うと、気味の悪いものを見るようにイケメン騎士が身を引いた。幸緒が剣をちらっと見ればすぐに美しい所作で仕舞われる。

 

「ごめん、なっちゃんあとでノート見せて」

「はいよ」


 幸緒の友達が手を挙げる。

 そうして、何事もなかったようにあっさりと授業は再開され、幸緒は騎士を連れて出た。



 

 尾十坂(おとさか)高校には、異世界人がやってくる。

 正確に言えば「迷子」として突然校内に現れるのだ。

 本人たちには全く予期せぬことらしく、しばらくぼうっとしたあと、慌てふためくか、威張り散らすか、号泣する。それをどうにか校長室に引っ張っていくのが幸緒が所属する「異世界送迎係」の仕事だった。


「こっちもねー、大変なんですよ。授業中に突然来るでしょ? ほら、もうみんなあんな風に慣れちゃってるし、そのしらーっとした雰囲気の中説得するのって、肩身が狭いって言うか……できることなら休み時間にお願いしたいんですよね」


 幸緒は語りながら廊下を歩く。

 授業中の廊下を、マントを結ばれたイケメン騎士と歩いていても、誰にも何にも言われない。生徒たちは気づけばちらっとこっちを見るが、「あー」という顔ですぐに授業に戻る。ここで踊っても誰も気にしないのではないかとさえ思えた。ふと思いつく。やってみようかな。うん、おもしろいかも。


「やるな」


 ぴしっとした声で後ろから止められる。幸緒の頭の中にはすでにぼろぼろの騎士と手を組んで美しくダンスをしている絵が浮かんでいたが、それが綺麗に消えた。


「先生」


 追いついてきたのは、幸緒の顧問の立場である宝生(ほうじょう)だった。

 可も不可もないふつうの顔立ち二十八歳、メガネは伊達。なぜなら人と目を合わせすのが不得意だからだ。


「お前は本当にろくなこと考えないな」

「それほどでも」

「褒めてないが」

「知ってます」

「またマントを結んで……」

「だって邪魔じゃないですか」

「可哀想だろ。見ろ、土気色の顔してる。こいつ死ぬぞ?」


 宝生が言うように、げっそりした男が軽くうなだれていた。

 なんでかは知らないが、騎士たちというのはマントを縛られるといつも戦闘力がぐっと減る。あれをバッサバッサとするのがステータスなのか、それとも単純に元気の源になるのか知らないが、子猫の首を掴むのと一緒で、こうすれば運びやすい。

 つまり、悪意はないのです。


「いや、悪意しかないだろ」

「はいはい」


 じゃあ行きますよ、と幸緒は宝生と男を連れて歩く。しかし、階段を下りる前にもう一組と出くわした。


「あっ。ユキちゃんのところも?」


 ふわふわの髪に、人懐っこい顔。その辺の女子よりも可愛い顔立ちなのに渋い名前を親から与えられた古町栄治(こまちえいじ)は、隣に初老の男性を連れている。身なりの綺麗な紳士という出で立ちで、杖を持っていた。


「古町くんもですか?」

「そうそう。気づいたら後ろで授業参観してた。あはは」


 宝生が眉間にしわを寄せて睨むと、叱られそうな気配を察知した古町はひらひらと手を振った。


「おーちゃん、僕はね、ちゃんと授業を受けてるだけなんです」


 古町は昔から宝生を「おーちゃん」と呼ぶ。

 宝生央慈(おうじ)、彼は名前で呼ばれることを大人げないほど嫌うが、どれだけ嫌な顔をされても決して呼び方を変えなかった古町が今のところ勝利を収めている。

 

「お前……絶対困ってる周りを無視して楽しんでただけだろ」

「ひどいな、幼なじみを信じてくれないなんて」

「幼なじみになった覚えはない」


 そんな馬鹿な。

 先に歩き出した宝生の後ろを雛のようにぞろぞろとついて歩きながら心の中で反論する。

 小さな団地のお隣同士で、幸緒の兄と、古町の兄と、もう一人、深川紫乃(ふかがわしの)の兄と一緒に育った幼なじみだ。

 よくみんなで一緒に遊んでいたじゃないですか。


「ああ、お前たちの兄三人が勝手にぱーっと遊びに行くから俺が子守を押しつけられてな」

「うーん、懐かしいよね」

「今も変わりませんけどね」

「何を言うの。ユキちゃんとっても綺麗になったよ」

「可愛いがいいです」

「とーっても可愛くなったよ」

「どこがだ」


 宝生があっさりと切り捨てる。

 古町はにこにこと笑って「おーちゃんも可愛いよ」なんてことを言う。

 幸緒は知っている。

 古町は人類皆「可愛い」のだ。この男から誰かを否定する言葉を聞いたことがない。だからこんなに天使のような顔をしているのだろう、と幸緒は本気で思っている。



 無言の異世界人を二人連れ、ようやく校長室へとたどり着く。

 校長室と書かれた威厳あるプレートの下に、張り紙で「送迎係使用中」のガムテープで張られているそこは、初めて異世界から迷子がやってきた時から、異世界人に乗っ取られている。仕方がない。そういうこともある。


 宝生は、ドアに手をかけようとしてピタリと止まった。

 と、先に内側からドアが開く。


「……うわ、びっくりした!」


 出てきたのは幼なじみのもう一人、紫乃だった。

 彼女が先にいると言うことは、と部屋をのぞくと、ひらひらのドレスをまとった明らかなプリンセスがさめざめと目元を濡らして応接ソファに座っていた。涙を押さえるハンカチさえも美しい。


 紫乃がため息をつく。こっちはこっちで美しい。黒髪や、透き通った白い肌。人形のような美しさに、幸緒は小さな頃からファンを公言している。幸緒としては、やはり幼馴染みの紫乃を推したい。


「なんだ、宝生か、驚かせないでよね」

「……先生、をつけろ」

「幼なじみでしょ。気にしないの。あら、幸緒ちゃんとエージのとこにも来たの?」

「来ました」

「うん、来たー。紫乃、見て見て。ユキちゃんまた結んでる」

「本当だわ。相変わらず綺麗に結ぶわねえ」

「へへ。こう、反応される前にですね、一気に腕を使って素早く結ぶのがコツで」

「……お前たち、とにかく入れ」

 

 萎れた騎士を三人で囲んでくるんと結ばれた団子マントを見て褒めあっていると、宝生が同情の表情で校長室に全員を押し込んだ。

 幸緒は見た。騎士が宝生にこくっと頷いて感謝を伝えるところを。




 校長室の応接ソファに、それぞれが連れてきた異世界人と共に座ると、座る場所のない宝生は机に寄りかかった。ほとんど腰掛けている。


「で、紫乃はなんでそれを置いてここを出ようとしたんだ」

「泣いて話にならないから、女たらしの出番かと思ってエージを呼びに行こうとしたのよ。ほら」

「……うう、うううう。どうしてこんな珍妙な夢を見ているのかしら……うっ」

「この調子で」


 話を全く聞く気がない彼女は、ふいに顔を上げ、幸緒が連れてきた騎士を見て固まった。


「あ……あなたは!!」


 立ち上がった彼女を見て今度は騎士が驚愕の表情を浮かべ、小町が連れてきた初老の男性は「まさか……」と意味深に呟く。

 三人が見つめ合い、ビリッとした緊迫感が走った。



「えー。なになに、何か始まる感じ?」

「エージ、やめなさいよ」

「だって面白いんだもん。ね、ユキちゃん」

「古町くんは天使ですけど、だから純粋にゲスい時がありますよね」

「ひどいね?」

「お前ら黙っとけ」


 宝生から窘められてとりあえず三人とも口を結ぶ。


「……あなた、北の国の騎士ですわね?!」

「わあ、何事もなかったように始めたよ」

「栄治」


 宝生から呼ばれ、古町はムッとした表情で不機嫌そうに黙った。

 古町は平気で宝生の嫌がる名前を呼ぶくせに、自分は「古くさいから」という理由で名前を呼ばれることを嫌がる。わがままだ。しかしそんなところもまた魅力なのだろう。幸緒は彼のわがままが許されなかったところを一度も見たことがない。母親さえも魅了して来たことは幼なじみとして常々尊敬している。

 

「……あなた、北の騎士ですわね?!」


 また言ったよ、と言う顔をした古町に、また言ったわね、と言う顔をした紫乃が答え、本当ですね、と幸緒も顔で頷く。

 三人が宝生を見れば、顔には「いいから黙っとけ」と書いてあった。おとなしく従う。


 老紳士が二人の間の緊張感を解そうと、穏やかに声をかけた。


「シャーロット王女、どうか落ち着いて下さい」

「何故私の名前を?!」

「ですから落ち着いて……」

「あなたどこの国の者ですの?!」

「私は東の国の」

「東の国ですって?! 他国に全く門を開かない強情な、東の国?!」

「ええ」

「まあ、どうしてそんな国の民が私を知っているの?! まさか私の国にスパイでも」

「チッ!」


 紳士が舌打ちをかました。

 あまりにも人の話を聞かない王女に、紳士が顔を激しく歪ませたのだ。


「おーちゃん、これ黙ってていいの? 話進まないよ?」

「……黙っとけ」


 言い淀んだが、しかし立ち入ることの方が面倒くさいのか「放っておけ」を貫く。


 マントを背中で丸められるせいか、はたまた騎士は格好を崩さないのか、ソファに背をつけないぴしりとした姿勢だった騎士はようやく口を開く。


「……確かに俺は、北の国の騎士だ。そして、あなた方を知っている」


 そうなの?

 三人が顔を見合わせていても、異世界の彼らは高校生の反応を全く気にしない。思わず、え、ここ、尾十坂高校の校長室ですよね、と幸緒が宝生を見れば、頷かれたのでほっとする。

 騎士は神妙な顔を作って異世界劇場を続けた。


「そちらは最大まで甘やかして育てられた、性格は悪くはないが難点だらけの、婿候補すら見つからない西の国のシャーロット王女」


 こいつえげつない紹介するな、と三人で頷き合う。


「そしてそちらは……東の国の王、ジェイド陛下でいらっしゃいますね」


 おお、と三人は感動する。

 尾十坂高校異世界係が発足して初めての大物だ。今までの先輩たちが残してきたノートには「妖精と話せる森のきこり」や「王子に溺愛されそうな花屋の娘」や「どうしようもない末っ子王子」など、少しインパクトに欠ける異世界人しか来ていないと記されている。王は初来日だ。

 ノートに残さなければ、と途端に三人はそわそわし始める。



「え、東の国の、陛下でいらっしゃいますの?」

「そうです。ですからあなたのことを知っているだけで、スパイなど」

「というか西の王女、あなたの悪評は俺の国から東まで満遍なく届いているだけなんだよ」

「まあ! 私になんて口を利くのかしら?!」


 彼女が憤慨すると、騎士は「あのなあ!」と今までの姿勢を崩してソファにふんぞり返って足を組んだ。ついでに湿った髪をかきあげる。


「お前のせいなんだからな?!」


 古町がちらりと自分を見たので、幸緒はこくんと頷いた。

 タイプです、という合図に、やめよきなよ、と古町が微笑む。


「なにが私のせいだと仰いますの?!」

「お前がうちの国の王子と婚約したいと我が儘を言い出したせいでしかないだろう!」


 騎士曰く。

 西の国の王女シャーロットは唯一の王女で、王だけではなく、母や兄や、側近たちにまで溺愛されて育ったそうで、あまりにも自分主体で人の話を聞かないと近隣国にまでもその悪名は轟いているらしい。当然どこからも求婚されない彼女が、とうとう自分から選んでしまったのが、北の国の美しいと知られる、あろう事か王太子をだったそうだ。それから二年、西の国の王は、婚約を拒否する北の国にあらゆるプレッシャーをかけ続け、もう我慢の限界になった北の国の王は「ほな、もう知らんわ!」とぶち切れて剣をとった。

 騎士は殴り込みに行く最中に、弾みで尾十坂高校に飛ばされたのだ。


「ん? じゃあ、東の国の王さまはどうして来たんですかね?」


 ふと気になった幸緒が口にすると、何故か今まで無関心だった異世界人が三人とも幸緒を見た。どの目もまん丸で輝いている。綺麗な目をしているなあ、と思いながら、さらに聞いた。


「だって、この騎士さんが王女さまを恨んでたから一緒にここに飛ばされてきたのはわかりますけど、聞いていた限り東の王さまは関係なくないですか?」


 幸緒の問いに一番気まずそうにしたのは東の王だった。

 思い当たる節があるらしく、それを見た騎士が横柄な格好のまま「なんだよ」と言い放つ。


「私の孫娘が……その騎士の元に嫁ぎたいと。何かで見たらしい。見目麗しく誠実で情に厚く、何より人から慕われる素敵な騎士であると、私に頼みに来たのだ」


 騎士がさっと姿勢を戻し、何事もなかったように「そうですか……」などと言っているのを、三人でしらっと見つめる。


「私は孫娘には弱くてね。できることならあなたと会わせてやりたいと思っていたところなのだよ。君、婚約者は」

「おりません」


 即答した。


「ルビー王女のことは存じ上げております。清廉で博識、思いやりの溢れるお方で、人にも動物にも花々にまでお優しく、皆に慕われていると。そんな方に、一介の騎士である自分を知っていただけるなど、光栄なことです」


 孫をべた褒めされた王は、顔をとろんと柔らかくして「そうか、そうか」と頷く。

 どう見ても縁談がまとまりそうな気配だ。騎士もまんざらではないどころか、明らかに乗り気だった。孫娘は美人と見た。幸緒は一人頷く。


「じゃあ、あれですね、殴り込みは止めないと。だって、勇ましく西の国に突撃して、何かあって死んだら意味ないじゃないですか。結婚できませんよ?」

「……しかし、王にこの身を捧げてでもあの親バカの首を切り落とすと約束を」

「王女さまが婚約を諦めればいいのでは?」

「えっ?!」


 王女がびっくりしたようにハンカチを顔の前できゅっと握った。


「そんなに嫌われてるなら無理ですよ」

「ち、違うわ!」

「いや、嫌われてますよ。みんな知ってるんですよ、あなたが相当やっかいだって。同じ状況のこっちの二人はうまく縁談がまとまったじゃないですか? あなたのが二年も実らないのは、嫌われてるからですよ。好かれてないのに無理矢理ものにしたって、近くで恨まれ続けるだけです。そんなに好きなら脳内恋人にでもして頭の中でいつまでも幸せに暮らせばいいじゃないですか。その方がみんな平和で幸せになれますって」

「……うわー、ユキちゃんきっつい」

「この子昔からこうだものね」


 古町と紫乃がひそひそと言い合う。

 幸緒が「でも本当のことですよ」と言っていると、王女は再び立ち上がった。


「違うって言っているじゃありませんか!!」


 おお、どうした、とみんなが見上げると、彼女の顔は真っ赤だった。

 目がうるうるしていて、なるほど近くにいればこの可愛らしさで何でも許してしまうかもしれない、とつい納得してしまう。


「違うんです! 私が一目惚れしたのはそうじゃなくて!」


 北の国の王太子とやらではない、と赤面する彼女が「彼の側近の」と言った瞬間、騎士が身を引いた。


「あ、あなたじゃありません!!!」

「……はあ」

「ああ、よかったな」

「ええ、本当に」


 騎士と王がお互いにいたわり合う中で、王女は何故かびしっと古町を指さした。

 

「この方のように、て、天使の顔をした可愛らしい方です!」

「え? 僕? 天使だってさ。ユキちゃんどう思う?」

「見た目も中身も天使ですよ」

「幸緒ちゃんそろそろ目を覚ましなさい」


 騎士は古町をじろじろ見ると、ふと思い浮かんだようだ。思案する顔で腕を組んだ。なぜか東の王も古町を見て頷きながら「孫娘のイケメン騎士図鑑に載っていたね」などと呟く。案外、シリアスぶってる異世界の人間も俗っぽいのかもしれない。


「私、もう一度あの方にお会いしたくて……王太子様ともう一度会う機会があったら会えると思って、王太子様とまたお会いしたい、とお父様に言ったら、それを誤解してこんなことに。私の立場で騎士に一目惚れをしたなど恥ずかしくて言い出せないではないですか。でも、あの方に会えばお父様もわかっていただけるはずだと思って」

「はあああ?!」

「……迷惑なことこの上ない」


 訥々と話す王女に、騎士が盛大に「こいつ何言ってんだ」と顔をゆがめるし、王は眉間を揉んでいる。争いの始まりが「勘違いですけど恥ずかしいので黙ってます。だって会いたいんだもん」ではどうしようもない。異世界人が喧嘩を始めそうだったところを、ようやく宝生が止めに入った。


「そろそろお帰りいただけますか」


 今話を切り上げるように一気にまくし立てる。


「父親にさっさと誤解を解いて、そっちは進軍を止めて、あなたは孫娘に見合いが決まったと報告して下さい。はい、帰って。一番うるさいあんたから。栄治」


 呼ばれた古町が手を挙げて立ち上がる。

 そうして王女に手を差し伸べて微笑んだ。


「王女様、ここは夢です。あなたの想い人が争いで死ぬ前に早く目覚めましょう。彼を救えるのはあなただけですよ」

「まあ!」


 目をキラッキラさせて、古町の手に自分の手を重ねる。

 校長室の中をひらひらのドレスでエスコートされながら、彼女は校長だけが座れるものだったはずの少しだけいい椅子に座った。

 古町は仰々しく膝を突いて彼女を見上げる。


「それから王女様」

「何かしら?」

「あなたはもう少し小さな声の方がよろしいかと」

「……は、はあ」

「人の話を遮ったり、決めつけて話したり、学のない話し方をするのは、あなたの美しさをかすませてしまします。小さな声で、はい、といいえ、だけを仰った方が、意中の彼もあなたを守りたくなるでしょうし」


 ぶっと吹き出した幸緒たちに気づかず、王女はやけに素直に「……はい……」とか細く答えた。

 古町が自分の顔を生かした眩しい笑みでラストスパートをかける。


「勇気を持って正すのです。あなたの行動で、誰一人悲しい思いをせずにすみます。みんなを救って下さい。さあ、これを」


 古町がさっと銀色のベルを持って見せる。

 レジ前にある、あの「チーン」と鳴らすベルだ。


「ここ、押してくれますか?」

「……はい……」


 そっと細い白魚のような手がぽんと乗せられて甲高い音が響いた瞬間、彼女は綺麗さっぱり消えた。

 古町が立ち上がる。


「ふー、彼女相当チョロいね!」


 と、爽やかにやりきった表情で汗を拭く素振りをする。


「さすがだな」

「おーちゃん、褒めてくれてありがとう」

「褒めてない。じゃあ、次。どっちが先に帰る?」


 宝生が騎士と王を見比べれば、唖然とした表情の二人は「今、何が……」と言って状況を把握しようとしていたが、紫乃がにっこりと王に笑いかければ、ごねることもなく立ち上がった。

 幸緒はそれを横目で見て、王さまって以外とふつうなんだな、と思う。

 男は若くて綺麗な相手にはどうしようもないのだ。


「一括りにするな」

「じゃあ先生は違うんですか?」

「ノーコメント」


 しっしと手で払われて、むすっとしながらも口を閉ざす。

 紫乃はあっさりと椅子に座らせることに成功したようだ。


「ここは夢です。早くお孫さんにいい話を持って帰って上げて下さい」


 すっと銀のベルを紫乃が差し出せば、うむ、王はあっさりと帰って行った。


 小町が感心する。 


「あっさりだねー」

「きっと孫娘に早く伝えて喜ばせたいんでしょうよ」

「じゃ、そっちも帰ってくれるか」


 宝生が言えば、騎士は立ち上がった。なぜかちらりと見られたので、幸緒は「じゃ、私がお見送りしますね」と意気揚々と立つ。


「……ここはなんなんだ」

「え? 今更気にします?」

「あ、ああ」

「気にしても仕方ないですよ。帰るんですから」

「夢じゃないのか? 夢だったら帰るなど言わないだろう」

「うーん、仕方ないですね。教えて上げましょう。ここは神々の宿る部屋なんですよ。人生の迷子が答えを求めてやってくるんです」

「……では、あの小さな場所にたくさんいた同じ服を着た者たちは」

「あー、見習いなんです。勉強中で」

「そうだったのか……」

「お悩み解決しました?」


 適当にこの場所に意味を持たせた幸緒を、今度は尊敬するように見て、騎士は所定の位置に座った。


「勘違いだったのは腹立たしい」

「まあそうですね。王女さまに生け贄は渡せそうなんですか?」

「ああ、あれは見た目に反して征服欲の塊のような癖の強い男だから、喜んで受け入れるだろう」

「完全に相性良さそう」


 幸緒が言えば、騎士はふっと笑った。


「あの王女もあの調子なら誤解だったことを愚かな父親に伝えるだろう。争いを起こさずにすんだな」

「平和が一番ですよ」

「勇んで出立したんだがな」

「あんなくだらない我が儘が原因の争いに出るなんて、勇気しかないです。次は、振り上げた拳をおさめる勇気ですね。そっちのほうが大変そうですけど」

「……みんなの志気を高めたのは俺だからな」


 幸緒はベルを差し出しす。


「じゃ、頑張って下さい」

「ああ」

「お見合いがご褒美に待ってますよ」


 チーーン、とベルが鳴り響く。

 消える直前の騎士は、何とも言えない顔で笑っていて、見も知らぬ彼らの世界はどうにか平和になるんではないかと思えた。マントは結んだままだったが。


「一件落着ですね」

「だね」

「エージ、さぼろうとはさないの。ほら行くわよ。じゃあお先。ノートに記帳しておいてね」

 

 ちょっと休憩、と言おうとした古町をつれて、紫乃たちは出て行った。

 さすが優秀組は真面目だ。


「お前も真面目に教室に帰れ」

「いやです」

「幸緒」


 ばっと顔を上げると、しまったという顔をした宝生と目が合う。

 このふつうの顔でも、幸緒にとっては最高にハンサムだ。


「ハンサムって……お前古いな」

「うふふ。心の中では私の名前を呼んでくれてたんですね?」

「違う」

「大好きです、央慈くん」

「……好かれてないのに無理矢理ものにしたって、近くで恨まれ続けるだけなんじゃないのか」

「それはそれ、これはこれです。ほら、勇気を持って、私を愛してくれていいんですよ」

「犯罪だわ」

「大人になるまで手を出しませんから」

「……はあ」


 脱力して無言になった宝生の腕に巻き付けば、すぐさま頭を叩かれた。

 と言っても、愛情しか感じない。


 異世界の人は、なんというか生命の濃度がかなり濃いめで、逆境を鮭の川登りのごとく跳ね上がっていくが、自分はこれくらいでいい、と幸緒は常々思う。


 勇気なんて、愛の告白の時だけでいいのだ。



「先生」

「言うな」

「まだ言ってませんよ」

「だから言うな」

「じゃあこっちで言います」

「心なんて読めません」

「へー」


 大好きです。結婚してください!


「しない」

「ほらぁ!!」







読んでいただき、ありがとうございます。

少しは明るく書けていればいいのですが、明るくポップなギャグって難しいですね……

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんて迷惑な設定!と思いきや、しっかりとオチで回収。さらに、どこか奇妙に噛み合う会話も伏線だったとは…!! 異世界人のやり取りはもちろんですが、マントを結ぶ設定がおかしくて笑えました! …
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