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脳筋騎士と宰相補佐官

作者: もよん

 2人の出会いは、ランドリック・ハンダーソンに脅迫状が届き、遂には帰り道で、襲われかけたことがきっかけだ。

 

 高等学院という、1握りの人間しか入ることを許されない、最高教育機関で学問を修めたランドリックは、城で仕え始めてからも優秀だった。

 

 長年勤めた文官達を追い抜くほど。

 やっかみは日常的にあったが、命の危機を感じだしたのは、将来の宰相を約束されたも当然の宰相補佐官を、僅か25歳という若さで、任命されてからだ。


 ランドリックは、伯爵家の出である。嫡子ではなかった為、子爵を分け与えられ、現在当主となっている。しかし、ランドリックの母親が侯爵家の出であること。また本人の活躍ぶりから、新たに侯爵の位も承るのではないかと、噂されている。



❖❖❖❖❖


「今日から警護につかせていただく、第3騎士団です」


 ランドリックのもとに、3人の騎士が派遣されてきた。挨拶を順々に交わし、最後がフレイアだった。


「フレイア・ミルドレッドです! 敵が来たら倒すので、任せて下さい!!」


 ランドリックは、自身のメガネがずり落ちそうになった。


「なっ!? お、女っ!!?」

 

 茶と金の中間色のような、イエローベージュの短髪。ランドリックより5センチは高いであろう背。輝くヘーゼルの瞳。フレイアの見た目は、若さあふれる青年のようであった。


「さっすが、宰相補佐官殿! 久しぶりに、初対面で気づかれました」

 

 喋っても気づかれないことも多くてと、フレイアは付け加えると、溌剌とした笑い声を漏らした。


「だ、大丈夫なのか? こないだ襲ってきた相手は、体格の良い荒くれ者ぽかったぞ」


 ランドリックが不信感をにじませ、フレイアと一緒に護衛に付くことになった、第3騎士団の副隊長の男に尋ねた。


「あぁ。なら、フレイアは特に適任です。少しばかり、話し方などはなってないかも知れませんが、彼女の隣なら安全です」

 

 きっぱりとそう言い切られてしまい、ランドリックは口を閉じた。フレイアはまだ20歳らしい。若々しさゆえなのか、生気が溢れんばかりのフレイアと自身では、真逆のように感じ、相容れないのではないかと思った。


❖❖❖❖❖


 ランドリックが仕事中は交代で。帰りの馬車では、3人とも警護に付いた。2人は馬に乗り、外から馬車を守り、フレイアは馬車の中でランドリックを守っていた。


 一週間ほどすれば、距離が近いのか、人懐っこい性格なのか、フレイアはランドリックに砕けた喋り方をしていた。


「うーん、難しいなぁー。とりあえずそいつを、1発殴ったらどうだ?」


 ランドリックがつい、仕事で行き詰まった事を話せばこんな感じだ。


「それで解決できるわけ無いでしょ」


「そっか! やっぱり、補佐官殿は賢いな〜」


「あっ、当たり前です! そうでなければ、この仕事は務まりません!」


「ハハハッ! その通りだな」


 ストレートな性格ゆえなのか、フレイアの褒め言葉は直球だ。フレイアは素直で、お世辞はつかない。そのことが分かっているから、ランドリックはむず痒さを感じていた。


❖❖❖❖❖


 日に日に、ランドリックは底抜けに明るいフレイアと対峙するたび、答えが分からないモヤモヤした気持ちを抱えることになる。

 そして、ある日それをフレイアに悟られ、尋ねられてしまった。


「補佐官殿、何か思い悩んだりしてないか?」


「あっ、あなたには分かりません!」


「うーん、そうだなぁー。私は考えるのが、得意ではないからなぁ………。なんてったって、脳筋だからな!」


 胸を張り、親指をビシッと自身に向けるフレイア。ランドリックはそれを見て、力が抜けた。


「なんで、そんな溌剌と胸を張って答えるんです。脳筋は褒め言葉じゃありませんから、お辞めになったほうが良いですよ」


「脳みそまで筋肉で出来ていることを、脳筋というのをこないだ教えてもらったんだ。私の脳なら確かに、脳みそも筋肉であって、可笑しくないと思ってな」


「脳筋って、考え足らずと言われてるようなものですよ?」


「私にピッタリの言葉だ!」


 やれやれと、ランドリックは思ったが、フレイアの元気は衰えない。


「合っていれば良い訳ではありません。喜ばないで下さい」


「テストで答えがあっていれば、大喜びしていた時の名残だな」


 フレイアが過去のこと思い出したのか、うんうんとと頷く。


「あぁ、それより補佐官殿だな。うーん。何か悩んでいることは、何となく私にも分かるぞ。そうだ、とりあえずハグするか?」


「なっ!?」


「気の利いた言葉は、分からないし、補佐官殿の悩みにアドバイスなんて、大層なもの出来ないしな。仲間が落ち込んで、話したくなさそうな時は、肩叩いたり、背中叩いたり、ハグするんだ。補佐官殿は軽くでも叩いたら、怪我をさせてしまうかもしれないから、ここはハグでどうだろう?」


 良いことを思いついたと言わんばかりのフレイアに、ランドリックはたじろいだ。


「なっ!!! なんてことを笑顔で言うんですかっ!! いいですか? 貴女は女性! 私は男性なんですよ!? 異性に対して、ハグなんてそんな軽々しくするものではありません! してはいけません!」


「あ………、そうか。そうだよな。確かに。仲間や友達だと、距離を縮め過ぎちゃうんだよな。すまない、迂闊だった」

 

 フレイアは反省した。しかし、フレイアの発した言葉に、ランドリックがはピタッと動きを止めた。


「………あなたにとって、私は仲間や友人なのですか?」


「ん? えっ? 私はそう思ってるが。話していて楽しいし、城で一緒に働いて、国を守っている仲間だし。それに、宰相補佐官は私に色々教えてくれる。親しい友人の1人だと思っている」


「わ、私のことを………」


 ランドリックはこの時、感動と喜びを感じていた。


 ランドリックは、友人ができにくいタイプだった。取っ付きづらい空気感があり、自分に厳しく、他人にも厳しく聞こえる物言いをしてしまう。


 更に、眼鏡をかけ、瞳はグレー。白銀のハーフアップの長髪。一文字口。綺麗だが、冷たそうに見える容姿も、ランドリックが人を遠ざける要因となっていた。


「私が勝手にそう思ってるだけだから、気にしないでくれ。あっ、でも、迷惑なら、ちゃんと言葉と態度で示してくれ。じゃないと、補佐官殿は、言葉と態度が噛み合ってないことがあるから」


「ど、どういうことですか!!」


「言葉は怒ってるのに、照れてたり。好きじゃないと言いつつ、気になると、顔に書いてたりするからなぁー」


「あっ………あなたねぇ………」


(脳筋どころか、人の挙動に機敏すぎるっ!! 本能なのか!? 動物なのか!?)


 恐らくそうであろう事実を、言い当てられて、ランドリックは恥ずかしさで震えた。

 ランドリックは昔から賢かった。故に、年相応の素直な態度をとる機会があまりなかった。そして、素直でない性格が出来上がっていた。


「まっ、そんな感じがしたんだ。悪い、私の言うことだから、聞き流してくれ」 


 ニカッとフレイアが笑った瞬間、馬車が揺れた。


「なっ………!!」


 ランドリックは慌てた。警護されて1ヶ月近く経とうとして、初めてのことだったからだ。


「補佐官殿! 姿勢をかがめて、物につかまってくれ」

 

 考える間もなく、ランドリックの体はフレイアの指示通り動いた。馬車が止まり、窓ガラスが割られた。

ランドリックは咄嗟に頭を庇った。


 その間にガチャリと音がし、馬車の戸が開かれた瞬間、フレイアが剣を持ち、飛び出した。


 相手に飛びかかったと言ったほうが、良いかもしれない。


 キンっと、剣が交わった音がしたと思った瞬間には、フレイアの体重をかけた剣によって、犯人の体がグラついた。


 そして、フレイアの強烈なキックが犯人の腹部へ。流れるような動きで、犯人の顔面に拳が落とされた。地面に叩きつけるように。ハンマーで石畳を砕いたような音がした。


 もう完全に動いていない犯人の首元に、フレイアが剣を突きつけている。


 あまりの速さと、圧倒的な力のフレイアを見て、ランドリックは唖然とした。


 馬車の後方から、馬の足音が聞こえ、2人の護衛騎士と合流できた。


「すみません。人数が多くて、食い止められませんでした。こっちは全員生け捕りできました。フレイア、殺してないですか?」


 フレイアの上司である、第3騎士団の副隊長の男が確認した。


「多分まだ大丈夫だと。話を聞き出すなら、治療は急いだ方が、良いかもしれません………」


 フレイアが自信なさげに答えた。


「あー、これは。生きてますが、顔が変形しすぎて、喋れるかは怪しいですね」


 もう1人の騎士の男が、犯人の状態を確認した。

 まだ、唖然としているランドリックに、副隊長の男が言った。


「フレイアは適任だったでしょう? 剣も強いですが、拳は一級。肉弾戦の近距離の戦いになれば、相手は生死を彷徨います。こんな風に」

 

 フレイアは力加減が苦手だからなと、3人が笑う中、ランドリックも腰が抜けたまま、カラ笑いをした。


 その後、それなりに時間はかかったが、ランドリックを殺そうとゴロツキを送り込んだ犯人は、無事捕まった。


❖❖❖❖❖


 護衛も必要なくなったので、ランドリックとフレイアは一緒に過ごすことはなくなった。


 しかし、城の中で良く出会うようになった。


 フレイアは必ず、ランドリックに会うと、声をかけた。

 訓練場で剣の稽古をしていると、高い部屋の窓付近に、ランドリックがいたこともあった。遠くても、フレイアはランドリックの姿が見えると、大きな声で、手を振った。


 ランドリックのもやもやした気持ちは、フレイアに友達と言われ、一瞬は浄化されたはずだった。


 けれど、フレイアに会わない日々が続くと、また、もやもやし、落ち着かなくなってきた。


 そして、無意識にフレイアに会いに行くようになっていた。


「やぁ! 補佐官殿! なんだか最近、バッタリ会うことが多くて嬉しいな!」


「えっ………、えぇ、偶然ですね」


 フレイアに指摘され、そこで初めて、ランドリックはフレイアを、城内で探していることに気づいた。


❖❖❖❖❖


「えっ!? ご飯!? いいな! 一緒に行こう! 誘ってくれて、ありがとう。補佐官殿」


「人をもてなすための店を、下見したかっただけですから」


 ランドリックがは、フレイアを誘って、食事に行くようになっていた。

 そして、それはあっという間に、当たり前になった。


「お肉が美味しお店!? 行く! あっ、他の奴らも誘」


「いえ、人気店で、予約が2席しか取れないんです」


 フレイアは何回か他の人物を誘おうとしたが、一瞬にして、色んな角度から、ランドリックはそれを断った。終いにはフレイアに

 

「今回も私だけでいいのか? 私は気にしないから、補佐官殿の友人も誘」


「結構です」


 と、言われる始末だった。

 ランドリックは、フレイアと2人が良かったのだ。


 それにフレイアは気づいていない。

 ということは、自分と同じ気持ちではない………。


 ランドリックは、また勝手にもやもやして、不機嫌になった。


❖❖❖❖❖


 その日、入ったお店で、2人は初めて飲むお酒を頼んだ。

 このお酒が、ランドリックと相性がとても悪かったようで、酔いが回ってしまった。


「補佐官殿、肩を貸す。馬車まで歩けそうか?」


「………はぃ………」


 ランドリックは覚束ない足取りだが、立つことは出来、フレイアの肩を借りた。

 常であれば、ランドリックの馬車で、先にフレイアを寮に送る。だが今日は、フレイアが御者に頼み、先にランドリックを自宅に送り、後でフレイアを送ってもらうことになった。


 馬車の中の椅子に座っても、ランドリックはフラフラし、危なかったので、フレイアが隣に座り、ランドリックが落ちないよう、肩を貸していた。

 

「なんだか………、いつもしっかりした補佐官殿しか知らないから、これは………新鮮だな」


 フレイアは自身の肩で目を閉じ、意識が朦朧としている、ランドリックを見た。しかし、すぐにサッとそらした。

 顔が思ったより、近かったせいかもしれない。

 もしくは、ランドリックの顔が綺麗で、刺激が強すぎたせいかも知れない。


「フレ………イ………ア」


「あっ、あぁ、なんだ? 酔いが覚めてきたか?」


「フレイア………」


「ん?」


 フレイアがランドリックの方を向くと、ランドリックも体を起こし、フレイアの顔をジッと見た。


「かわいい………」


「ぅえぇっ!?」


 フレイアの喉から、ひっくり返ったような声が出た。


「フレイアの光るへーゼルの瞳………かわいい。知ってます? あなた、睫毛がすごく長いんです。だから、目を伏せる時も、開く時も可愛くて、見逃したくなくなるんですよ………」


 フレイアは、恥ずかしくて、体が動かなくなっていた。


「フレイア………、明るくて、強くて、脳筋で………。私にも気さくに接してくれて、ありがとうございます。でも、そのせいですから………ね。あなたのその性格のせいで………」


 ランドリックの手が、フレイアの頬に添えられた。

 フレイアは混乱して、息がとまり、両手を握りしめ、瞳をきつく閉じていた。


 暫くして、ランドリックから寝息が聞こえ始めた。そろ〜と、目を開け、ランドリックが寝ていることを確かめると、フレイアは一気に脱力し、息を吐いた。


❖❖❖❖❖


「………あっ?」


 ランドリックは重たい頭を抱え、体を起こすと、自分の部屋のベッドにいた。


 その後、執事に聞いた話によると、ランドリックはフレイアにより掛かるようにして、馬車で帰宅したらしい。


 執事と侍従達で、ランドリックを部屋に運び、フレイアは御者が送り届けてくれたそうだ。


 ランドリックは二日酔いで重たい頭が、更に重くなった気がして、頭を抱えた。


 確かに、昨日は酔っていたし、自分の言動をコントロール出来なかった。しかし、きちんと記憶は残っていたのだ。


 フレイアは、自分のことをどう思ったのか。

 ランドリックは、それが酷く気がかりで、不安だった。


 しかし、こうなったのであれば、もう後には引けない。ランドリックはいつものように、偶然を装い、フレイアとすれ違った。


 正確には、すれ違おうとした。


 フレイアが、ランドリックが正面から歩いてくるのを見とめた瞬間、来た道へと猛スピードで引き返したのだ。


 明らかにランドリックは、フレイアに避けられていることが分かった。


 それでも諦めきれず、何回か再度挑戦したが、結果は同じだった。


❖❖❖❖❖


「はぁー、結局ここまで、走って逃げてきてしまった」


「やっぱり、私から逃げてたんですね」


「ぅえぇ゛っ!?」


 背後からの声に、フレイアは飛び上がった。


「カエルが潰れたような悲鳴ですね」


「どどどどどどどっ! どうっしっ」


 驚きすぎて、言葉が出ないフレイアの肩を、ポンッとランドリックが叩く。


「落ち着きなさい。どうしてここにって? あなたと話をするために、先回りしたんですよ。あなたの行動を予測するなんて簡単です」


 ランドリックは、フレイアに今日も逃げられた後、最短ルートで、城の裏手に急いだ。


 城の裏は、昼過ぎになると、夕方までは人目があまりない。


「えっ!? 補佐官殿、流石だな! 私ここに来るの分かってたのか!! 行動も読めるなんて、補佐官殿はきっと、騎士になっても優しゅ」


 このままフレイアが喋り続ければ、今の状況を彼女が忘れてしまいそうな気がしたランドリック。


 ランドリックはフレイアの肩に置いた手はそのままに、ずいっと一歩フレイアに近づいた。


 そうすると、サッとフレイアは一歩後ずさった。フレイアの背中に、城の壁が当たった。


 フレイアは、自分の状況を思い出した。

 身動きが取れず、ランドリックから逃げられない状況を。


「こないだは、介抱してくださり、ありがとうございました」


「あっ………、あぁ! あの日のことか! 気にしないでくれ。私は補佐官殿を送っただけだから」


「えぇ、そうですか。では、あの日から私を避けてるのは何故ですか?」


「あっ、いやっ! そのっ、避けてるつもりはなかったんだ! ただ、あの、少し………」


「私の誤解と言うことですか? あなたに、避けられてるのだと思って、私、落ち込んでいたんですよ?」


 ランドリックがそう言うと、フレイアは一気に心配した表情に変わった。


「補佐官殿がかっ!? それは、申し訳なかった!」

 

 ランドリックはフレイアの表情を確認すると、心の中でほくそ笑んだ。


「まだ、少し傷ついてます。だから、ハグ………してくれますか?」


「あっ、いや、それは………」


「以前、あなたが私に提案したんですよ?」


「そっ、それはそうなんだが。今は………」


「今は?」


「し、心境の変化があって………」


 言葉を濁すフレイアを、ランドリックが更に追い詰める。


「ほぉー。どのような?」


「今は………、その………。補佐官殿とハグすると思うと………心臓に良くないと言うか、落ち着かなくなると言うか………」


 その答えを聞いて、ランドリックは少し口角を上げた。


「そうですか。ではきっと、いま私は、あなたの仲間でも、友人でもない域にいるのですね。あなたにとって私は、あなたの心を乱すくらい、意識してもらえる存在らしい」


「ハハハッ………、やっぱり宰相補佐官殿は賢いな。私のことなんて、お見通しだ」


 フレイアが引きつった顔で笑った。


「まぁ、大概と言ったところですかね。あなたの強さや、あなたとの今の関係までもは、見通せませんでしたし」


 そこで、言葉を区切って、ランドリックは改めて、

フレイアを見た。


「あの日の記憶………、残ってるって言ったら、あなたどうします?」


「えっ!? それは………」


「困ってしまいますか? あんな醜態晒す予定ではなかったんですが、仕方ありません。あれが、私の本音です」


「ほん………ね………」


「勿論私は、これから更に、あなたとの関係を進めるつもりでいます。これからあなたとどうなりたいかも、もう決めてあります。この考えは絶対に変わりません。私は策を考え、進めるのが得意なので、楽しみにしてくださいね」


「そっ、そんなっ!! 待って欲しい! 私は今まで、剣と武術ばかりの、繊細さのかけらもない、無骨な人間で! この手の話に免疫がなくて!」


 ランドリックの気持ちと、意図が分かったのか、フレイアは顔を赤くし、無理だと言わんばかりに首を振った。


「最高です。私も色恋に疎いですが、あなたもそうであって嬉しい」


 ランドリックの心の声が漏れるようなセリフは、通常時より少し低く、吐息を含んでいた。


「ひぇっ………! や、やめてくれ! 補佐官殿の綺麗な顔と、良い声で、そんな風に言わないでくれ」


「綺麗だと、良い声だと思ってくれてるんですか? なら、私は幸運だ。好きな女性に、好感を持たれる容姿を手にしてるのだから。有効的に使わなくてはね。ほら、もっと私を良く見て、堪能してくださればいいのに」


「かっ、勘弁してくれーーー!!」


 キスを意識してしまうほどの顔の近さに、フレイアは耐えきれなかった。少し屈み、ランドリックの脇を通り抜けて、走り去ったしまった。


「ちょっ………、ほんと、足が早いですね。でもまぁ、意識はしているようですし。今日は許してあげますかね」


❖❖❖❖❖


 ランドリックは容赦なく、フレイアに気持ちを伝え続けた。

 人目があろうとも、フレイアに対し、賛辞の言葉をかけようとするランドリックに、それは止めてくれと、フレイアは頼んだ。


 ランドリックはそれを了承した。代わりに、恥ずかしいという理由で、逃げ回らないこと。恥ずかしいという理由で、誘いを断らないことを条件に出した。


 だから、フレイアは今もランドリックと食事に行くし、ランドリックの自宅に招かれることもある。


「可愛い。本当に可愛すぎますね、あなた」


「ひぃーーー!! 違う! 可愛くなどない! 辞めてくれ! 可愛いなんて言わないでくれ! 恥ずかしくて、恥ずかしくて、困る!」


 だからと言って、フレイアは全く慣れていなかった。今日はランドリックの自宅に招かれ、隣国で人気の焼き菓子を食べていた。


 フレイアは気にしないように努めたが、ランドリックはフレイアと同じソファーに、横並びで座り、フレイアが気づいたときにはじっ、とこちらを見ていた。


 ただ、クッキーを食べていただけなのに、見つめられて、可愛いと言われまくる羞恥に、フレイアは今日も耐えられなかった。


「私は間違いなく、あなたを可愛いと思っています。違いません。私の感性が違うなんて、誰にも言われたくありません。あなたでも」


 ランドリックの気に触ってしまったと、フレイア焦った。


「すまない! 可愛いと言われたこと………本当になかったんだ。身長高くていいなとか、力が強いなとか。幼い頃から、それが褒め言葉で。だから、可愛いと言われて、どんな顔をしたら、どんな反応をすればいいか、分からない」


 萎れた表情になったフレイアに、ランドリックは仕方ないと、ため息を1つ吐いた。


「別に答えなんてありませんから、分からないままでいいじゃないですか。強いて言うなら、恥ずかしくて、困惑している。あなたに関して言えば、その反応が答えですよ」


 ぽかんとした顔から、フレイアがハッとした表情に早変わりした。 


「そ、そうか。この反応がすでに、答え………。えっ! やっぱり、補佐官殿、賢すぎではっ!?」


「当たり前です! と、いつかあなたも、そう思ってくれたら嬉しいです。私があなたを可愛いく、愛しく思うのは当たり前で。私のこの気持ちをただ、そうかと。受け止めてくれたら。私はそうなって欲しいと思っています」


 ランドリックがそう言いながら、フレイアの髪に触れた。

 この言葉を聞いたあとから、フレイアの恥ずかしいという気持ちは少しずつ、治まっていった。


❖❖❖❖❖


「好きです、愛してます。可愛いフレイア」


 ランドリックはストレートに、フレイアに愛を告げるようになっていた。

 フレイアは以前のように否定も、逃げもしなかった。

 ただ、固まったり、「あぁ」と、短く返事をするようなっていた。


 ランドリックがそろそろ次のアクションを、起こそうかと、考え始め出した時だ。


 その日は、ランドリックの自宅のディナーに、フレイアを招き、庭を散歩していた。


 もうすぐ別れの時間だと、ランドリックが、別れを惜しむように、フレイアに愛してると伝えていた。ここ最近の、いつも通りだった。


 しかし、フレイアはその日、短い返事ではなかった。


「良い奴だと言われたことがあっても、頼りになると言われたことがあっても………。愛していると、恋をして、好きだと言われるのは初めてだから、ずっと戸惑っていた。初めてだから、こんなに意識してしまうのか。心臓がバクバクしてしまうのか、ずっと分からなかった」


 緊張からなのか、震える声を出すフレイア。


「自分が愛される対象として見られたのは、初めてで。初めて恋心を向けられて。私には無縁のものだったはずなのに………。私はその相手に恋心を教えられて、恋を知った」


 フレイアがスッと、片膝を立て、ランドリックに跪く。


「前に補佐官殿は、私とのこれからの間柄を、決めていると言っていたな。私の勘違いでなければ、私も補佐官殿とそうなりたい。補佐官殿………私とどうか」


 いつの間にか、取られていた手をほどき、ランドリックは、懸命に待ったをかけた。

 

 きっと互いが望む結果は同じだったが、この日をずっと待ち望み、言葉も考えていたランドリック。


 この役割を、渡すわけにはいかなかった。


❖❖❖❖❖

「えっ? 本当にうちの娘ですか? 自分で産んでおいてあれですが、娘かどうか怪しい、この子であってますか? たしかに私の大切な子ですが………」


「ごりら………、いえ、こう短絡的………いや。昔から素直な性格で、男らし………。うーん、女性らしさの欠片もなく、まずは拳でどうにかしようとする、この子で間違いないですか? たしかに私の大切な子ですが………」


 フレイアとランドリックは、フレイアの両親のもとへ、結婚の報告に来ていた。


 フレイアの実家、ミルドレッド男爵家は東の端にある。代々、東の辺境伯に仕えている。


 フレイアに父と母、弟を紹介されたランドリックは驚いた。

 全員とても大きいのだ。フレイアの騎士向きの体格は、生まれながらのものだと、ランドリックは確信した。

 

「間違いありません。お2人の、大切で可愛いご令嬢に求婚しています」


「もしかすると、ランドリック殿に、握手やハグなどで、お怪我を負わせる可能性もありますが………」


 フレイアの父にそう言われ、ランドリックはフレイアが暴漢を倒したことを思い出した。

 ランドリックの脳裏に、様々な場合の怪我をする可能性が浮かぶ。


 その不安も承知の上だと、難しく、険しい顔をしながらランドリックは答えた。

 

「だ、大丈夫です。なんなら、少し経験済………。いえ。いま力加減は、練習中なので、改善していくと思います。なのでご心配なく」


 ランドリックの隣りにいた、フレイアの顔がぱぁっと、明るくなった。


「どうしましょう。結婚できると思ってなかったから、ひどく動揺してるわ」


「私もだ。だが、喜んでいい………はずだよな? 本来は」


「ええ、娘を持つ両親なら。いえ、子の親なら。子が新しく家族を持とうとしてるのだから、祝福よね! 良いわ! 難しいこととか考えるのはやめましょう! ありえないと思っていたけど、あり得たのだから! 喜んでしまえばいいわ! フレイア、嬉しそうな顔してるもの」


「あぁ、おかしな話だが、やっといま、娘の父親の自覚が生まれた気がする」


 フレイアの両親が喜ぶ姿を見て、ランドリックは確かに2人はフレイアがの両親であると、確信した。


 安堵した顔になったランドリックの腕に、フレイアが自身の腕を絡ませる。


「なっ? 何も心配いらなかっただろ? うちの家族はみんな脳筋で、考えるの苦手なんだ」


 にかっと笑うフレイアに、ランドリックも表情を和らげた。


「明るくって、溌剌としてて、素敵ですね。フレイアはご両親、どちらとも似ている」


 フレイアの両親は結婚式についてどうするかで、話が盛り上がっている。

 ランドリックはこっそりと、フレイアのおでこにキスを落とした。


 しかし、あの恥ずかしがっていたフレイアはいない。そこにいたのは、満足そうな顔で、ランドリックのキスを受け止めていた、フレイアだった。


❖❖❖❖❖

 

その後の2人の結婚生活はというと


「ランドリックー! 愛してる! また、夕方迎えに行くなー」


 少し遠く離れたフレイアが、ランドリックに手を振り、大きな声で話しかけた。

 ランドリックの周りには、同僚たちがいた。


「きょ、今日もランドリック補佐官殿は、奥様に愛されてますね」


「いえ、えっと………まぁ………」


 結婚してから、ランドリックの職場ではランドリックへの見方が変わりつつあった。


 騎士の奥さんに熱烈に愛され、押され気味。

 仕事は厳しいが、人間性は、冷たい訳ではなさそう。


 もし、そうであれば、フレイアを軽くあしらっているだろう。


 しかし、その兆候はなく、ランドリックはフレイアの真っ直ぐで分かりやすい愛を、困惑しつつ、享受しているように、傍からは見えた。


 ランドリックは顔が良い。頭も良い。将来性もある。

 しかし、フレイアと結婚したことで、押しが強い女性に弱いという噂が流れた。 


 結婚してから、ランドリックに色目を使う女性たちが増えた。だが、フレイアが気づく前に、ランドリックがすべて処理していた。


 女性たちの親族は

「優しくて、押しに弱いだけの男が、あの若さで補佐官になれるわけないだろっ!」

 と、不始末の後処理に追われながら、叱責した。


❖❖❖❖❖


「ランドリック!」


 フレイアがランドリックの腕に抱きつく。何回かランドリックの腕を折りかけ、練習し、ようやく、3回に1回の確率で成功するようになった。


 そしてそのまま、フレイアはランドリックを見つめた。その顔には『大好き』と、言わずもがな書かれてるも当然だった。


 結婚してからというもの、ランドリックは、素直なフレイアに、情緒が振り回されっぱなしだ。


 恋心を受け止め、理解した、素直なフレイアは無敵状態に近い。


 しかし、ランドリックはそれが嬉しい反面、少し面白くない。自分ばかり、ドキドキさせられているからだ。


 ランドリックは、この国屈指と言われる頭脳を持って、脳筋の奥様に対抗しうる、策を練っていることは、本人以外知らない。



 策略家と脳筋。


真逆に位置するような2人だが、互いに無い魅力を認め、惹かれ合った。

 そして、力と頭脳をあわせ持った2人は、おしどり夫婦と呼ばれるようになっていく。


 

-完-


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