5.お面とお仕置き
路地に入り、エミリオから開放された私は隠れながら大通りを監視した。
高貴なお子様二人は魔力量も多らしく気配を探りやすいのだが、何故かこちらに向かってきているようだ。
鉢合わせはしないと思うが、このままお子様達が突き進んだ先には治安があまり宜しくない地域がある。
二人の護衛は一体何をしているのやら。
『チッ』と舌打ちをするとエミリオが私の肩に形の良い顎を乗せてきた。重みを殆ど感じないから触れていると言ったほうが正しいかも。
「おいおい、誰かとかくれんぼか?アリスもまだまだ子供だな」
「7歳なんだから子供に決まってるじゃないですか。寧ろエミリオさんだって子供枠ですよ、まだ16歳なんだから」
「7歳児に子供扱いされる俺って…」
「しっ!静かに」
ルドルフとシャロンの気配が近い。
3、、2、、1、、
ダダダダっと、シャロンがルドルフの手を引いて目の前を駆け抜けていった。それを追う大人二人。
どうやら護衛というわけでもなさそうで、本格的に不味くなってきた気がする。
あの二人、結構な手練れだ。お子様二人の護衛が機能してないとなると多分仲間がいるのだろう。
ゲームのこのエピソードの悪役は、只の街の破落戸だったはずなのにどういうこと!?
もしかしてゲームの強制力とかなの??
とにかく助けなければ!!
「エミリオさん、私、火急の用事を思い出しました。後は一人で帰れますからここでお別れしましょう。今日はありがとうございました」
エミリオに向かってぺこりと頭を下げ、大通りへ一歩踏み出したが、二歩目はエミリオに腕を掴まれ阻止された。もー!こっちは急いでるのにぃ!!!
「ははは、いつもながらアリスは面白いことを言うね。こんな所にアリスを一人置いてけるわけないだろう?」
「ちょ!ホント急いでるから放して!!」
「俺も行くよ、さっき走って行った子供二人を追うんだろ?なんか人相悪い奴らに追われてたな。それじゃあ急ごうか」
ほんと、エミリオのこういう勘のいいところがイヤだ。そして好ましいところでもある。
エミリオはここに来た時と同様に私を抱き上げ、子供達と不審者が走っていった方向へ駆け出す。
私はルドルフ殿下たちの居場所を探った。
複雑に入り組んだ貧民街に逃げ込んだようだが、私達からはそう離れておらず、エミリオのこの移動速度なら追い付くのも時間の問題だ。
エミリオの華麗なる疾走で私達も貧民街に足を踏み入れた。「隠れても無駄だ!出てこい!」と何処からともなく男の怒号が聞こえる。
よかった、二人は男たちに捕まってはいないようだ。
私はエミリオに「その先を右!」「この路地を左!」と指示を出す。
正直何か言われるかと思っていたが、エミリオは当たり前のように私の指示に従ってくれた。
「エミリオさん、ここで止まって」
救出対象がいる目と鼻の先まで来た。
すぐに彼らを安心させたいのは山々だが、接触する前に私にはしなければいけないことがあった。
私は徐に懐に手を突っ込み、狐のお面を出した。
縁日などで売られている天狐の面を模して自作したもので、何かあった時に顔を隠す手段としてインベントリに入れておいたものだ。
懐とインベントリの合わせ技で不自然な出し方ではなかったはず…と、思いたい。
「アリス、それはなんだ?」
「気にしないでください、正義の味方はミステリアスであることが私のポリシーなので」
「またよくわからんことを…。それにしてもえらく変わったデザインだな、仮面舞踏会でもそんなのはみたことがない」
「へ~、エミリオさん、仮面舞踏会に行ったことあるんだ」
「いや、まあその、護衛だ、護衛。お偉いさんのな。その時に見た」
「フーン、まあ別にどうでもいいけど。さ、エミリオさん、この建物の中に子供たちがいるので迎えに行ってあげてください。私はここに隠れて待っています」
「え、じゃあその仮面必要ないのでは?」
「ささ、早く行ってあげてください。きっと心細くて泣いてますよ。私よりも貴方が行った方が彼らも安心するってもんです」
「…わかった。ここから動くなよ」
エミリオを送り出した私は徐に背伸びをした。ずっと抱かれていて緊張していた筋肉(?)を解し、体に魔力を巡らせた。準備はOK。
「さ~て、悪い大人にお仕置きしますかね」
ここに悪い大人よりも悪い顔をしている私がいた。
◆
私がお仕置きを完了してすぐに、建物からエミリオとルドルフ殿下、シャロンが出てきた。
なんとエミリオはいつの間にか顔の下半分を隠した姿になっていた。いや君隠す必要なくない?
「この度は、助けてくれて感謝する。えっと…」
「いえ、感謝ならこの子に。お二人の異変に気付いたのはこの子ですから」
エミリオが私の両肩に手を乗せて、二人の前にズズズィっと押し出そうとしてきた。やめい!!!
「そうなのですね、この度はお助けいただきありがとうございました。わたくし、カリバ公爵家嫡女、シャロン・カリバと申します。こちらは我が国の第二王子、ルドルフ・ラシヴィア殿下であらせられます」
自己紹介の後、シャロンがルドルフ殿下をかばう様な感じで私の前に立ちはだかった。
どうやら私を殿下の視界に入れたくないらしい。
まあお面を被っているとはいえピンクブロンドの髪だから警戒して当然といえば当然か。
「高貴な御方々にお会いできて誠に光栄でございます。大変恐れ入りますが、私の顔には醜い痣がありこのように不躾に仮面を被った姿であることをお許しくださいませ」
私はなるべく『アリス』のイメージとはかけ離れたオドオドした態度で言い訳をした。とにかく二人共無事だったのだから此処から一刻も早くおさらばしたい。
「御二人とも本当に無事で何よりでございます。それでは私は先を急ぎますので御前失礼したします」
ちょっと自分で何を言ってるのか分からなくなってきたがまあいいか。
私は別れの挨拶をしてその場を脱兎の如く逃げ出した。
背中に痛いくらいのエミリオの視線を感じたが、今は我が身が大事だ。
ルドルフ殿下とシャロンのことはエミリオが良きに計らってくれるはず。今度おかずをサービスするから許してとココロの中で詫びておいた。
翌日、エミリオがイケメンにはあるまじきお顔をして食事処に来たのは言うまでもない。