4.買い物
収穫祭で賑わう王都のメイン通りから外れた路地で、私は不可視化の魔法を解いた。
探知系のスキルで周囲を確認済みなので、誰かに見られる心配はない。
前世でファンタジー作品を読んだり観たりプレイしていたので『こんなのできるかな?』と思った魔法やスキルは、大体再現できた。
勿論、無詠唱なので厨二病的な事とは無縁だ。
流石にゲーム内でみた、バカでかい召喚獣を召喚する気にはならないが、この世界に【無い】ものは再現できないので、どちらにしろ無理だろう。
さて、ここからは私も収穫祭を楽しもうと思う。
お小遣いを入れた母お手製の巾着袋をインベントリから取り出した。革製のしっかりした作りだが、口を閉める紐は私の髪に合わせてピンクだ。
中から何枚か硬貨を取り出してポケットに入れ、露天が並ぶメイン通りに向かうと、お肉の焼けるいい匂いがする。
うちは食堂をやっているし、お肉を焼いていることも日常茶飯事なのだが、家と屋台とは別だ。
匂いを辿ると、串刺しにされたお肉が肉汁を垂らしながら美味しそうに焼かれていた。
「すみません、1本ください」
「おや、可愛いお嬢さんだね、熱いから気をつけなよ、はいどうぞ!」
背伸びをして屋台のおばさんに代金を払い、串を受け取る。
前世でいう牛串焼きっぽいが、牛は高価なので牛肉でないことは確かだ。多分なにかの獣か魔獣の肉だろう。
塩の味のシンプルな味付けだが、お祭りでの買い食いは、いつの時代でもどこの世界でも美味しさは別格だ。
(ふ〜、美味しかった。さてと…お父さんとお母さんのお土産は何がいいかな)
メイン通りに近付いて行くほど、人通りも増えてくる。
120と数センチの私の目線では人の上半身しか見えず、なかなか思うように屋台やお店を見ることが出来ない。こんな事なら上空にいる時に目星を付けておけばよかった。
人と人の隙間からなんとか見ようと頑張っていると、突然後ろから両脇を捕まれ、ひょいと抱き上げられた。
「うおっ!」
「なんて声だしてんだよ…、俺だよ、アリス」
犯罪者や変態の類だったら、空間を遮断した上で密かに電撃を食らわすところだった。
ため息を吐きながら振り向けば、赤ん坊の時から顔見知りで、ゲーム内のキャラとしては見たことがなかったエミリオがいた。
完全モブなのに私が認めた綺麗系イケメン。
冒険者のくせに、シミ1つ無い透き通るような白い肌とサラツヤなプラチナブロンドは女性の敵だわ。
いや、違うか。
御年16(らしい)、少年でも青年でもない、なんともいえない色香があるお年頃な彼は、この界隈では身分問わず女性の人気者だ。
昔は「僕」と言ってたのに、いつの間にか「俺」に変わっていて成長を感じたものだ。
気分はすっかり親戚のおばちゃんである。
「ビックリしたじゃないですか!エミリオさんのいけず!」
「まぁ、脅かすつもりだったしな。そしてまたわからない言葉を使っているし…」
「恥ずかしいので早く私を降ろしてください…」
「ダ〜〜メ。ほら俺が抱いてたほうが店が見やすいだろ?」
そう言いながら私を前腕に座らせるようにして抱き直し、ニコニコしながら歩き出した。
確かに屋台やお店はよく見えるけど、7歳にもなって抱っこされるのは遠慮したい。
何度も降ろせと言ったのだが、聞こえないふりをするエミリオにイラッとし、反撃とばかりに『あっちへ行って』『次はこっち』『やっぱり戻って』と扱き使ってやった。
かなりの距離を移動したはずなのに、息1つ乱していなくてなんか悔しい。
まぁ、父と母へのお土産は無事に買えたから良しとするか。
「ありがとうエミ、、え?」
いまだにエミリオの腕に抱かれたままで視線が高い為か、本来なら見えないものまで見えてしまう。
遠目でもわかる金髪縦ロール。
そしてその少し前を走る金髪の子供。
キンキラキッズ二人がこっちに向かってきているのだ。
これは非常に不味い…。
「エミリオさん、私、あっちへ行きたい。出来れば可及的速やかに」
「了解。なんかよくわからないが急いでるのはわかった」
エミリオは深くは聞かずに私の要望通りに移動してくれて、キッズ達から無事に身を隠すことが出来た。