第7話 襲撃
「敵襲、敵襲!! 魔族軍、こ……この数は……」
―――深夜、劈く警報音が村中に広がる。
警備隊である俺達は刀を腰に外へと真っ先に出た。
勝意、萌萌、俺とで辺りを見渡す時、空を閉じ込める膜が張られていた。
今思えば、俺達は警戒していただけでそれ以上何もしていなかった。
いつか、いつか……魔族が攻めてくるなんて分かっていただろうに……。
周囲一帯から声が上がる。
「「「「「結界魔術《民は死なない》!!!!」」」」」
漆黒色に紫、対照的に輝く黄金の三種の結界が多重展開される。
夜だというのに不気味な輝きが辺りを照らしていた。
その不気味な光に、村の皆は待避し始め同僚の警備隊が次々と出動してゆく。
「魔術……? 知らない概念だ。他の結界も三枚展開してやがる」
勝意が隣でそう呟く。
敵襲だと言うのに冷静な奴……そういえば、俺が森にいた時にも魔族軍が攻めて来た事はあったんだっけか。
何にしても、師匠がいればまだ安心だ。
警備隊である俺達は堂々と村にやってくる魔族に目をやる。
鎧人間だ、前に俺の森を焼き払った奴と同装備。
萌萌は数少ない武士、村長の元へと走りに行った。
「いつもと違う……」
心羅は状況把握をする。
まず、数は多いが魔族軍は村の警備隊で五分五分。
全滅は避けたいが、多くの死人も出ると予想される。
許容できないレベルだがまだいい……。
問題は魔族軍の中で一人ヤバい奴がいる事だ。
今目の前にヤバい魔族が整然と佇んでいる。
初めてだ、今まで村に来たのは列を成した魔族軍のみで、あんな強そうな統率者は見た事がない……。
「三闘鬼人が一人、俺の名はラハード・ファトゥルフ。鬼神の眠りし世界、天下無双七英神将を奪取しにきた。お前だな……? 晁秀心羅」
一本の角が生えている……種族はオーガか。
他の奴らより明らか強そうだ、しかしなんだ……?
あの巨大な魔剣……。
「初対面のはずなんだが。村にちょっかい掛けるなら殺す、謝るのなら今の内だ」
「ちょっかい……? そうか、分かりやすく言ってやろう。俺達は、この村を滅ぼしに来た」
―――銀閃が走る。
姿、気配を透明化させた心羅は様子を伺っているラハードの死角へと肉薄、剣術を繰り出した。
首を狙った神速は後ろに控えている魔族軍を置いてゆく―――、しかし
「中々やるな。中々、そのレベルだ」
心羅の攻撃は、直撃すれど無傷でいた。
―――刹那、手掌へ魔法陣が描かれ顔を掴もうとすればラハードの肩に血飛沫が起こる。
不可視、動揺。
既に放った妖気を纏わせた斬撃を透明化させ、奇襲を測ったのだ。
それが本命、威力は軽いが速度はぴかいち。
速度に相手の意識さえ持っていけば、不意打ち程度は誰でも食らうだろう。
そのまま一歩引き直ぐに不可視な抜刀を繰り出すも、ラハードの魔剣が振り下ろされた。
警戒していて食らったのだ、気に障る人間にラハードは溜息する。
怠い、怠ぃ、と―――。
「ふと、ドアノブに触れて静電気が走るような……、虫歯が嫌だから歯を磨いても、それが三日で終わってしまう様な……いや、これは違うか」
空気が震撼し、心羅が上空へと弾かれ自由落下した。
大人一人軽く宙へ弾く威力、それも魔剣を軽く振っただけで……。
「風呂を焚いていたんだ。後で溢れていることに気づく感覚……あぁ、いいね、小賢しい人間。ラウラがいたら、何点ぐらいくれるんだ?」
相手は肩を筋肉で止血し、治癒が始まる。
そのまま、見下す様に俺や勝意、後ろにいる多くの警備隊を視野に入れた。
「待て」
魔族軍に村の警備隊、今まさに戦争が起ころうとする狭間。
ラハードの前へと勝意は一つ言葉を投げかける。
その言葉には憎悪が宿っていた。
「ジン・グリオノヴァールという人物を知っているか? お前と同じオーガだ」
「ん? あーここらで言えば、お前……ワシュタルデ村の人間か? あいつは俺の同僚だ。敵討ちか? 俺で我慢してくれ。結果は変わらん」
「そぅか―――」
突如、俺の横へといた勝意は煙の様に消えた―――、
「来るなら、速く来い」
目を向ければ、ラハードの真上に勝意と心羅が迫り二人で妖気を纏わせ強襲する。
ラハードが大剣を振るえば、またしてもその二人は消えた。
勝意が唱え、ラハードの胸へ急接近し刃を通す。
風を射貫く光速とは違い、空気に溶け込んだ様な異質な速度、そして勝意が術により二人へと分身した。
「獅子十刀術ッ!!」
無数の分身が起こりラハードに命中するが、致命傷とはいかない。
あの一撃で殺すつもりだった抜刀術、しかし硬い、肌が硬すぎるのだ。
魔力展開から身体能力の精度、質を向上させている。
万画一臣が、薙刀へと変換され伸びた刃身に勝意は妖気展開する。
「―――『絶景』〝亘従刻双〟……!!」
接近で振り下ろす白刃へ勝意の術である分身が付与される。
幾重にも刃が増幅する〝亘従刻双〟。
心羅へも一撃を入れた妖術だ。
受け止めるにも次々と斬撃が増幅し始め撃墜させる。
その攻撃をラハードは剣身へ防ぎきる。
「まぁまぁだ」
魔剣を振るえば轟轟と暴発が起こり、勝意は跳ねのけられる。
心羅の攻撃をいなしつつ武術も交え、迎撃。
空を見上げれば勝意が妖刀へ術を描き切る。
幾重にも分身し重ねられた斬撃衝撃波、それを魔剣で受け止めカウンターを繰り出す。
「師匠!!」
「ああ、コイツはやばいっ……!!」
「―――ッ」
速すぎて茫然としていた俺は、ふと我に返り状況把握を始める。
そう、村が攻められているのだ。
「姿勢はいいが、この禁忌な魔術結界。誰一人助けれず死ぬぞ?」
ラハードの言う魔術、これは魔族の中では常識。
権能、そこから派生された事象『魔法』に位階序列が第一から第七まで存在する『魔術』という概念がある。
魔術における位階序列は数の大きさに比例し扱える魔族も極端に減る。
魔術属性はそれぞれ『結界』『強化』『治癒』『魔眼』のみ。
人によって扱える属性も違っている。
種族を除き、才能で決まるのは何位階まで扱えるか。
死ぬ一歩手前まで一般人が努力して第二位階。
普通はそれ以下、もしくは使えない者もざらにいる。
アプルの村へ描かれた結界は全部で三種。
どれも発動に時間がかかるため、月を跨ぎ慎重に術を描き現在に至る。
第五位階魔術《封陣五芒星反領域》。
結界内にいる者を物理的に一定範囲内外へ出れぬ様閉じ込める結界魔術。
解除方法はランダムに創造された不可視な五つの結界柱を壊す、または発動者の討伐のみ。
同時に展開された第七位階魔術《亡者国墓》。
一人では発動不可能と言われる国家軍用結界魔術の一種。
結界内で設定し殺した『敵』のみを蘇らせ、腐死化させる。
国によっては四大禁忌の一つとされる魔術である。
しかし、ラハード達が展開した結界は位階も高く術が複雑すぎて不安定である為、欠陥品だ。
《民は死なない》。
王を誰かに定める事で結界内の皆を回復させる。
これもかなり高度な大規模結界魔術であり、月を跨ぎ時間を掛け発動させた不安定な結界魔術。
この結界内の場合、ラハードを王と定め結界を築いた。
つまりは、ラハードが討伐されれば結界が崩れる。
『結界』と『治癒』の複属性が絡んでくる魔術で完全発動にかなり日を費やしてしまった。
即死だと回復できず、回復できる総量は王であるラハードの魔力量に比例する。
そしてラハードは第二位階魔術まで完全ではないが会得している。
強化魔術《帝王の一撃》、一撃だけ火力を倍にする魔術。
この魔術を使うと小一時間、強化魔術全般は使用不可。
唱えられた魔術にラハードの魔剣が淡く輝きだした。
勝意や心羅、他の者も来ると身構えるが、それは無意味に変わってしまう。
「魔装魔法〝大波神海殲地〟」
魔剣、その剣身が水刃に変貌しただ一刀した。
その一振り、その一つの動作で後ろの景色が灰へと変わったのだ。
刹那、一瞬、爆音が轟けば村の一部がひっくり返り人は即死した。
死んだ……。
それは人間だけではない、俺の家族まで……目の前で。
死んだ者は首が無いと言うのに、腕が欠損し動ける状態じゃないというのに、痛そうに、苦しそうにズルズルと剥がれた肉と共に歩き出している。
四肢が無い者も、胴体のみで動こうと地を引きずりコチラに迫って来る。
周囲を怯えに見渡せば、死んだ者が呻き声を上げながら爪や牙で俺達へとゆったり歩いている。
「なんだ、妖魔も飼っているのかここは。全軍、この二匹は俺が殺す、お前達は村全土を根絶やしにしていけ。結界魔術で死ぬことは無いだろ、即死だけ気を使え」
先導するラハードに魔族らは村へと一気に迫り人を、俺の家族を殺そうと進軍する。
相対するのは村アプルの俺を含めた警備隊達だ。
「おいマヌケ! 魔術だ、もう死んでいる。死んだ奴らが俺達を標的に動いてやがるッ……!! お前は萌萌の所へ行け。心配だ、そっちにも魔族軍がいる。ここだと、お前は足手まといだ。それと! お前は絶対に死ぬな……!!」
勝意は俺の頭を雑に撫で指示をする。不覚にも従った。
恐らく、本当に足手まといになるんだと思う。
でも、……顔は覚えた。
ラハード・ファトゥルフ、俺の家族を殺した奴だ……!!
次々と死体が動き出し、それを術で凍結させる。
斬ったとしても、動こうと体を引きちぎってでも迫って来る。
死体なのか、意識があるのか。
惨い。殺しても、安らかに死なせてやれないのか……。
俺がこの死体を殺せば、俺は人殺しになってしまうのか……?
「ごめんッ……!!」
爪を立てる人間を、首を斬り落とし、心臓を突き樹木を壁に凍結させる。
皆、一人一人覚えている。
この人も、あの人も、妖である俺の家族も。
一度死んでいるからか、妖気は感じれない。
というより、存在しない。
歯で噛んだり、爪で引っ掛けたりと身体のみで攻撃をしてくる。
動きも鈍い。
何人かの魔族は瀕死にさせれたが、それでも数が多すぎる。
結界魔術のせいか、敵の傷が癒え始めている。
だが、魔力まで癒えていない……。
凍結・結晶化させ、敵の動きを封じ勝意の指示を第一優先にする。
萌萌の居場所だ。
けど、ここは―――まずここはどこなんだ?
村全体が灰色で見えずらい、場所も分からず火があらぶっている。
分かるのは人の泣き声、家族の泣き声、動く死体が放つ呻き声。
まずは、萌萌と合流し村から皆を引き離す。
それから警備隊や武士、師匠とであの鬼を倒す!!
「凍てつけ―――ッ」
右腕を地につけ、術を描けば周囲一帯に薔薇が開花したかの如く、氷の斬撃が生まれる。
数が多く致命傷にもなっていない。
あの鎧のせいだろう、凍結も動く死体と違って永続とはいかないな。
こいつら……。
わざわざ村の人を探し、心臓を串刺しにして遊んでいる。
気持ち悪い……。
現実じゃないみたいだ、心臓の音がうるさい!!
恐怖か緊張か、分からない感情が混沌としている。
泣いている暇なんて無いのに。
「―――アぁ、ッ」
突如、死角から魔矢が俺の心臓を射貫いた―――、それは適格に俺の核を見極め射貫いたのだ。
「―――ぁッ」
こいつら……。
俺の家族を殺しやがった……。
なんで俺は、殺す事に意味を探しているんだ。
殺すことが怖い、そう、怖いんだ。
致命傷、出血死になる臓器損傷を凍結させギリギリで凌ぐ。
声にもならず、全身の細胞が阿鼻叫喚としていた。
今まで味わったことのない、これは―――これが死の味。
魔矢が背中、腹、、肩、脚、腕へと射貫かれる。
「……ァっ」
臓器の損傷は術で誤魔化している。
出血がエグい。
「くぅ……」
俺のせいだ、家族を、俺を育ててくれた家族を、俺が、俺のせいで…………殺してしまった。
間違っていたのか。
魔族と言えど、家族だって、あいつらにも母親や父親、兄弟だって、大切な人が、好きな人がいるかもしれない……。
やっぱり、俺は……殺せないよ、師匠……!!
『立派過ぎる道徳は身を亡ぼす』
……そんな師の言葉が、不思議と脳裏を過った。
§ §
勝意は分身で心羅と共にラハードを相手にする。
ラハードの有する権能『掌落王国』は妖気や魔力といった力の根源が衰退した敵に対し、五本指で触れ偶人とさせる。その汎用性を生かし、
「傀儡魔法―――〝掌魔糸遊操〟」
あたり一帯は灰。
警備隊の持っていた武装、主に刀や薙刀を直接触れずとも無数に操作し勝意や心羅を強襲する。
「出雲捌身流―――肆段、〝月詠楽華〟!!」
心羅が虚空を射貫けば華が開花したかの如く、周囲全土に斬撃の衝撃波が生まれる。
それを術で不可視化、さらに勝意の術で分身化させ無数の攻撃量でラハードへ反撃をする、だが当のラハードからすれば問題ない。
大剣型を模した魔剣ダグラス、妖刀などの呪装具とは対比的に魔剣や魔槍といった魔装具には祝福が備わっている。妖刀でいう呪だ。
有する祝福『慨世の鼓動』は水を司る。
その魔剣ダグラスの一閃は万物両断とたらしめる。
開花する斬撃から分身、見える知覚や死角、圧倒的攻撃量も心羅という人間にさえ気を付けていれば問題はない。
魔装術式と権能を組み合わせた多重魔法陣が完成し、魔剣の剣身へと描かれる。
「―――〝掌域海殺〟」
勝意、心羅二人の攻撃を無効化するどころか勝意の首元へカウンターをしている始末。
サラサラとした鮮やかな血が口から流れ落ちる。
「いい血だ人間」
問題は心羅と呼ばれる人間。
所持している妖刀だが、魔王様の探している妖刀と同じシリーズだ。
鬼神の眠った妖刀シリーズ、天下無双。
あの人間の持っている妖刀には、阿修羅が眠っていると傀儡化した人間から聞いた。
ここに来て妙だ……。
阿修羅と言えば破壊を浮かべるが、今の所それを通した術をこの人間は使っていない。
使える場面もあり、使えば救える場面もあった、わざわざ作りもした。
もしや―――、
「人間、その妖刀に主と認められていないなぁ? 共鳴せずに無理矢理妖刀を握っているに過ぎない、それはお前にとってはただの刀だ。不適合、お前は選ばれなかった―――」
「うるせえ鬼だな。共鳴? あぁ俺にとってはただの刀だ、だがこの妖刀を俺に託してくれた者の為に、俺はこれからも背負ってゆく……!! 俺が阿修羅を超え、頂点に至る……!!」
「し、しょー……げホッ、ぐぅッ……」
勝意は意識が朦朧とする。
血がおかしい……血の量がおかしい、何かされている。
出血が収まらず、川水の様に池を目指してかどんどんと流血してゆくのだ。
抑えても抑えても、穴から血が溢れ出る。
勝意に関してラハードは興味を無くし、五分もすれば死に至る。
心羅、この男少しだけだが、強い。
自身の術と妖気だけで、三闘鬼人の俺とやりあっている。
―――ふふっ。しかし、面白い言葉を吐露する。
「頂点? 大きな言葉だが、意味を理解しているか人間? 俺に躓いている時点で、論外だ道化」
空へと海が広がり、雨が降り始める。
「〝掌域海殺〟」
雨と同化した魔剣ダグラスに、心羅は妖刀を交える。
刃を振り下ろし、刀身の斬撃を透明化させラハードに強襲するも受け止められる。
鍔で水刃と化した剣身を防御し、ひるがえしては脚技でラハードの顎を蹴とばし距離を取るに成功した。
油断大敵ではない、晁秀心羅は小さな攻撃をちくちく与えてくる。
蚊に刺された事に後で気づく様な、帰宅した後に靴下のくっつき虫に気付く様な、いや、朝起きて脂っこいステーキを食べ、昼頃に襲い掛かる胃もたれに苛まれるかの様な……いや、これは違う例えなのか?
ラウラがいないから、例えの妥当が行方不明だ。
ただこの人間に湧く感情は、ウザい。
「お前、やるな。そこそこに」
ラハードは憂鬱に、見下し嘲笑った。