第5話 戦う意味
勝意と萌萌、流石武士と呼ばれる事はある。
一回だけ、妖術も剣術も何でもありなガチ試合をしたが足元にも及ばなかった。
勝意は剣術による間合いなど関係ない太刀筋から潰され、萌萌に関しては耐久戦に持ち込まれ負けた。
骨折を直してもらったが、萌萌は自身や他人に速攻作用のある超回復や一時的な身体強化を付与できる。
回復に関しては、損傷部分や消費した体力、妖気などだ。
流石に複雑な脳や臓器、脊髄などは難しいらしい。
そこまで出来るのは、回復ではなく蘇生の域ってのもあるだろう。
術ってのは進化するらしいし、村でも少し期待されている。
ある程度成長したなと実感したが、流石に勝意相手には壁が大きすぎる。
「お前達、特に坊主だ。剣術の調子はどうだ?」
夕食時、酒を片手に師が話す。
「順調!!」
「それは良かった。話は変わるが、お前達。この村は魔族に攻められている、狙いは妖刀だ」
「丁度、勝意達から今日聞いたな」
「他にも二日連続で魔族が確認された。特に攻撃をする素振りはなかったらしいが、警戒するに越したことはない」
魔族が村の周囲に……。
「坊主。ここで、はっきりしておきたい。お前はまだ魔族を殺すのに躊躇っているのか?」
あぁ……俺が前に話した奴か。
あの時、師からは倒さず殺せと言われた記憶がある。
けど、そこは多分どこまで行っても俺の価値観が、何か大切なものを落とすかもしれないと、否定している。
恐怖している、―――とも言う。
「殺す必要までは……別に、無いと思って……い、る」
俺は静かにそう呟いた―――。
「勝意と萌萌はどうだ?」
「俺は無条件で殺す」
「私もなんだかんだ殺すかなー。生かして向こうに情報行くとかやだし」
二人の言葉に、師は納得し再度コチラに目を向ける。
「坊主、お前はなぜ殺さない? 殺せない?」
…………っ。
俺は誰かを殺せない。コイツらの感覚が真面じゃないだけだ。
「甘ぇ。いつか足元救われるぞマヌケ。お前、巨乳の女魔族に裸で見逃してください、なんでもしますから、なんて囁かれれば見逃すだろ」
え? 今、なんでもするって言った……?
「べべ、べ、別に殺しはしねえけど」
「いや、あんた動揺しすぎでしょ。そんなに巨乳好きなわけー?」
若干引いた表情で萌萌は俺をまじまじと見てくる。
「いや萌萌、そこじゃない。それに、お前はまだ若いし悩む時間ではないだろ」
「うううぅ……」
師のフォローがかえって萌萌へと刺さり、茫然とする。
「とにかく坊主、自分を殺そうとする敵に気絶で済ますのか? また襲ってくる可能性だってある。これはお前の妖魔にも言える事だ」
「……俺は殺しを……。……怖いんだ、殺す事で俺は自分を冷静に保てているのか。今の俺のこの感覚、温度を覚えておきたい」
「しち面倒くせぇ……なら今は倒すでいい。俺がとどめを刺してやる」
呆れながら、勝意がそう言う。
……殺す、という覚悟は俺にはまだ到底ほど遠い感情なんだろう。
下向きに考える中、空気が一変する。
「もう一つ、お前達に話がある」
「んー、なになにー?」
いつの間にやら、余所へ行っていた妖猫に魚を上げていた萌萌は俺達の場へ足を運ぶ。横にいる勝意も沈黙ながら耳を傾けた。
「村の幹部会議の事だ。ここ最近、また魔族が確認されたと報告がある」
「ん? それさっき聞いたよ……? ついに呆けが来たか……!!」
萌萌は小悪魔っぽく笑みするも、心羅は真剣に淡々と話し続ける。
「どうにも、最近よく確認されるのだ、それも坊主がこの村に来てからな……」
そう言い、特に攻める訳もなく整然と俺の目を見た。
なにか知らないか? そう訴え掛ける空気、勝意や萌萌も一緒になって俺の表情を伺っている。恐らく、俺に言わないだけで、心のどこかでは二人もそう思っていたのかもしれない。
「人間でいう術、魔族には権能があると話したな。その権能で人間に化け、村を探りに来た、……とかな。もしくは、無意識にでも操られている」
……。
「他にも、坊主の家族に裏切者が―――」
「それはねぇーよ」
一閃し答えたのは勝意だった。
表情は精悍さを宿しており、萌萌は俺の肩へと手を置く。
憤りを治めろ、そう目で訴えかけて来た。
軽く深呼吸し、言葉を吐く。
「……俺だけなら、いいっ……。信じてもらえないのは残念だけど、村からしてみればその気持ちも分かる。けどッ……だけど!! だけどなッ……!! 俺の家族を疑うな、俺の家族は誰一人として裏切らない、誰もかれも妖だからといって邪悪って訳じゃないッ……!!」
悪い奴だって、人を殺すような残酷無慈悲の妖だっている。
けど、それは人間も同じだろ……。
人間だって差別をするってのは知っている、でも優しい奴だっている。
師や勝意、萌萌や村長、俺を歓迎してくれたこの村の人達皆がそうだ!!
妖だからって……気持ちは分かる。
俺も食われそうな時があった、けど助けてくれたのも同じ妖だ。
本来は誰も悪じゃない、誰も……。
「知っているか坊主。優秀な人間でも、信頼があり頭も要領も良く、器量深く、神につくられた神童とでも、環境一つで人格は豹変する。信頼のある奴は信頼を武器に嘘をつき、人すらも殺す。覚えておけ坊主、人間は環境一つで何者にでもなれる、変化する存在だ。でもそれらは永遠じゃなくてな。変化し、失敗し、学習し、また変化を繰り返し、最終的に辿り着くのは利己主義者だ。人間ってのは、そんな生物だ。自己中にならねば、人は人ではいられない」
……。
そんな事、考えたこともねぇし知らねーよ……。
「それに、お前は家族全てを把握しているのか。習性は? 習慣は? 特性は? 特徴は? 趣味は? 性格は? 種族は? その歴史は? 名は? 術は? 全てその個体を把握し、判断し裏切らないと本当に言えるのか?」
あぁ……まるで、泥をべっとり上からかけられたみたいだ。
―――空気が重い、
―――心が重い、
心臓を撫でられている不気味さに息も飲み込みずらい。
なんだよ……俺を守ってくれたのに俺を疑うの?
なんで、急にそんな酷いこと言うんだよ……。
家族がいずらくなる……俺は良いから、家族にそんな事は、もう言うなよ。
…………俺は……どうすれば……、どうなるべき、どうすべきなんだ。
「……はぁ。とまぁ、この辺でいいだろ。坊主、そう憤るな」
溜息をつき、師は俺の肩へそっと触れる。
「俺が全責任を取った」
は? 責任……?
「お前は裏切者じゃない、多少浮世離れした程度だろう。妖でも俺が判断を下したのだから、万が一にでも坊主が裏切者だったら俺も一緒に死んでやる。少し空気が重すぎたな、安心しろ俺は坊主の、お前達の味方だ」
「うぅうぅ……。なんで、急に落として良い事言うんだよ……」
泣いた。
師は俺を村に迎え入れてくれるにも、妖を特別毛嫌いせず受け入れてくれた。
村の戦力とでも考えてたんだろうけど、だとしても、受け入れてくれた事実には今でも感謝している。
「……この変で良いだろ、じぃじ」
じぃじ、そう呼ばれた一人の老人が俺の後ろから―――スッと姿を現した。
長い髭をリボンに結んだ物凄い印象的な男だ、俺でも覚えている。
この村の長、名は―――翔永。
腰を低くコチラの状況へ姿勢を向ける。
「そうじゃな。お主がどうしても気がかりでなぁぁ、だから仕方なく試して見たのじゃ。お主を傷付けたのは事実、心羅にも辛い思いをさせた、お主達に謝罪する」
そう言い、長は深く頭を下げた。
「お主は紛れもなく、この村の民じゃ。お主の家族も含めて」
「まぁ俺達からすれば、偶然にもコイツが来てから魔族側も変に動き出した感あったし。疑われても不思議じゃないだろうな」
横で勝意がそう呟く。
「俺の家族にこのことは?」
「無論、伝えておらぬ。幹部会議でも、これを知っている者は部署の代表だけじゃ。明日にでも集合をかけ、会議するつもりじゃ。本当にすまなかった」
そう言い、俺を軽く抱きしめ深く謝罪をした。
「う、うん。……師匠が責任とるって言ってくれて、俺は嬉しかった」
「そりゃまぁ、俺が連れて来たからな」
「うわー師匠が弟子泣かしたよ、やったよこの人、勝意慰めてやんなぁー」
萌萌は勝意につんつんとちょっかい掛けるがそっぽを向く。そのまま勝意の耳元で周りには聞こえぬよう、「―――弟なんでしょ?」と呟く。
「うるせぇ。そういうのは女の仕事だろ。それに、男は泣かねえ。泣いても黙って下向くんだよ。コイツみたいに、鼻水たらして大泣きなんてだらしねぇだろマヌケ。あれだ、男が廃るっつうもんだろ」
「そ、そこまで泣いてねぇよ。やめろッ!」
小さな笑いから、空気が温まる。
不思議と、冷たかった心にまで太陽が現れ出した感覚がした……。
再度、長が俺を抱きしめる。
正直、少し匂う……なんか、ゴメン。
後、髭がくすぐったい。
「本当にすまない」
ただ、もう一言謝罪する長に俺は答える。
「俺は家族を、民を守るために戦います」