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阿修羅天世(改稿中)  作者: 鈴政千離
第三章 幽霊列車編
43/44

第43話 幸せになった気がした

 ―――束の間。


 ゲーテを買い取り、二年が経つ。

 常識はある程度あったので自国、他国、世界など一般教養は終わらせた。

 高価なだけあって、学はかなりある。そもそも自頭が非常に良い。


 嫉妬までする。

 本当に逸材だ。


「水神流―――」

 

 ゲーテは木刀を振り、剣客な武士に向かってゆく。


 『第四課所属』ハルバラード宮廷魔導師、爵位も授かり四課の統括を担う剣客。

 漆黒な髪に髭ずら、体格が大きく筋骨隆々、特に胸や肩、腕は一般より一回りも大きい。人魔族であり、口元からは黒紋が伸びていた。


 ゾアリシャル・ルベリエ=コンスタン、水神流と呼ばれる剣術を編み出した多くのハルバラード剣術家達の大先生にも当たる。三大剣術と出雲や獅子、灼は多くの世界で共通している。


 差別化のため、剣術化は自らの術を編み出す者も少なくはない。基礎の三大剣術を拡張し枝分かれした物、応用した物、完全なる自己流と様々だ。


 レアンドとは古くからの友であり、安値でゾアリシャルはゲーテへ剣術を鍛えこんでいた。その光景をワインを片手にレアンドは眺めている。


 貴族としての礼儀、作法、勉学、そして騎爵へとすべく剣術や魔法を教育させる。魔術は使える者とそうでない者、より正確には才能のある者とそうでない者に明確に先天的に分けられている。これらは、宮廷に努めるなどしない限り人生においてあまり関与してこない。


 宮廷はこの国がまだ君主制であった頃の歴史の果て。

 現代では天宮八階が王と定義されている。

 

 宮廷は五つあり、一つは改良する事で国会とし、残りの四つを巨大な研究棟としている。今ある文明進化の要の一つと言ってもいい。


 宮廷魔法師、もしくは魔術の才能のある者のみがその四つの内のどれか一つの研究棟へと配属される。

 魔法や魔術など、国家直属の凄腕研究者であり賢人けんじんとも呼ばれている。宮廷魔法師である間は爵位は騎爵と同等の価値である智爵が与えられる。

 もう一つ、宮廷魔導師では国を代表する練達者。戦闘面に秀でており、護衛然りハルバラードでは秩序部隊最高機関。中でも上位陣には賢爵が与えられ、政権に参加は認められないが伯爵程の高位の貴族と定義される。


 ゾアリシャルがその例だ。


 反撥はできるだろうが、もし政権に深く干渉可能であれば、ゲーテをその道に進ませるビジョンを見ていただろう。 

 剣術など身体的な脆さはあるが、それとは真逆に魔術の才能が高い。

 これは、この国でゲーテが一番な可能性すらある。将来的にだが。であれば、賢爵もと考えるが、身体の脆さがあれでは到底不可能。


 やはり予定通り、騎爵からになる。智爵と同等ではあるが、そちはその爵位を得るまでに時間がかかる。


 更に二年が経過する。

 レアンドは奴隷をストレス発散目的に殴り、餓死寸前にまで追い込んでいた。


「くそ!!!!」


 少女を殴り、鬱憤を晴らす。

 金底が等々見えた。やはりゲーテが高すぎた。だが、期待以上、そこはいい。

 

 殺人、横領、色々手を付けすぎてつけが回ってきたのだろう。

 栄爵から九爵へ没落した時から、周りが更に奈落へ落とそうと邪魔をする。

 面倒だ……、都合のいい奴らめ。


「な、なぐらない……で」


 何度も何度もレアンドは殴り続ける。

 このまま殺してしまおうと思うほど。


「私が働きます。お金を稼ぎます、だからなぐらないでぇ……!!」


「黙ってろ!! 売れる訳ねえだろ、貴様のような不良品」


 また殴り飛ばし、閉じ込めた。


 レアンドは飽きていた。

 奴隷が恐怖に反射を覚え、音がしただけでも形相がレアンドには愉快に映る。

 でも、飽きた。

 ただのストレス解消にしかなっていない。

 

 今日は妻との大事な話がある。

 憂鬱だ。


「何を言っている、家は象徴だ!!」


「あなたこそ!! ゲーテの事を思っているのですか?」


「思っているからこそだ!!」

 

 ベルール家の一室にて怒号が反響する。


 ゲーテを買い取った事で金銭に底が見え話し合った結果、家を売ると妻が言い始めた。


 だが、それでは本当にただの貧乏人も良いところだ。

 家紋、紋章がなくなれば、ベルール家を象徴する物は何もなくなってしまう。

 唯一の貴族としての象徴、レアンドは不動と譲らなかった。

 その誇りだけは、絶対に。


 友もそうだ、身分が没落した途端に攻撃性を示すようになった。

 家族の妻でさえ、私に攻撃するのか。


「家など売ってしまいなさい!! ゲーテが、あの子がいてくれればそれでいいじゃありませんか!! 私が欲しい子は貴族じゃありません、自由に笑っているあの子だけです……!!!!」


 レアンドの目的は、ゲーテを騎爵へ、そして主人のレアンドが九爵である事から天宮八階に組みする事はたやすい。そこから実績を積む必要がある。この国を転変とする必要がある。


 高値で買い取った奴隷だ。

 他とは一線を越え頭も要領も、何かに向上心を持てる才能がある。


 貴族が欲しい訳ではない、エリカの言葉はレアンドの思想に強く反発していた。思想の否定だ。


「もう、分かった……もういい」


 何かを捨てたような、及び腰な溜息を吐露する。


「なにも分かっていません!! 家を売る気などないのでしたら、私はゲーテを連れて家を出ます」


 エリカの声がレアンドにとどいていたか、分からない。彼の中では、既に失望していた。これでは、妻はただの障害物でしかないじゃないか……。

 

「いくらで買ったと思っている……」


 静かな声がエリカへささる。


「え……」


「いくらで買ったと思っている!! 俺はあいつを貴族にしなければならない!!!! この国はもっと進化すべきなのだ!!」


「何を言って……あなた……っ」


 どこか、エリカの中でレアンドは別人にまで見えた。


 喧嘩は何度かある。夫婦以前に、友人でも関わり合いのある者同士では少なからず衝突する物があるだろう。だが、少し違う。悍ましい……怖い。


「あなたは……どこか、おかしい」 


 自然と出た軽蔑の言葉に、レアンドは瞋恚に燃える。


「何がおかしい!! 言ってみろ!! おかしいのは、お前達、そしてこの国だろ。これだけの文明力でありながら、なぜ上を目指さない。なぜ、奪わない!? 恵まれた国土、海洋国、戦争でもすれば得られる資源がどれだけあるのか!!!! なぜもっと変わろうとしない!! 未来、この国は世界を支配できる程の力があるというのに!!!! この国は転変すべきだ……!!!!」


「だれも争いたくありません……!!」


「お前はもういい。出てくのも勝手だ!! だが、ゲーテは置いていけ、それは俺の物だ!!」


「嫌です!! 絶対に渡しません!!」


 無意識にエリカを殴ってしまおうと、いつもの感覚で顔へ拳を向ける。


 その間へとゲーテが割込み、レアンドに殴り飛ばされた。体格も膂力も何もかも生物的に劣っているゲーテは直ぐに蹴飛ばされ、殺意を向けられる。


 エリカが信じられないといった形相で、涙を流しゲーテへ駆け寄った。

 直ぐにゲーテを抱きしめる。


「やめてよ……喧嘩は」


 ゲーテの小さな言葉、レアンドは耳をかさず闊歩する。


「お前は黙っていろ」


 レアンドが殴ろうとすれば、ゲーテの張った結界魔術と衝突する。

 殴りかかったレアンドの拳は物理結界により血が流れた。

 

 久々の痛みだ。


「貴様……ッ」


 奴隷の分際で、誰が拾ったか。

 ゴミ野郎。










 ―――めんどくさい。

 一旦全部、ここで殺してリセットしようか。


 殺してしまおうか。


「ゲーテに手を出さないで!!」


 家来や他貴族の騎爵がなにやら騒ぎがあると一室へ集まり出す。


 ばつが悪いと、般若を堪えレアンドは冷静に頭を回す。


 貴族である以上、他貴族の騎爵や家来の物が見習いであらゆる貴族の場を回り見聞を広める。妙な場はなるべく見せたくはない。


「すまない、大丈夫だ。ただの家庭問題だ。少しかっとなりすぎた、許してくれエリカ、ゲーテ」


 騎爵へとそう伝え、皆を解散させる。



 父レアンドが変わった堺はここから、ゲーテはそう感じる。

 家を売る、売らないといった話は自然としなくなった。

 ゲーテは父に従うしかなく、やれと言われた事を淡々と飲み込んでいく。


 次第にゲーテはレアンドと距離をとるようになる。

 奴隷だったあの頃に比べ、今は幸福といえるだろう。

 恩は忘れていない……父とし尊敬もしている。


 何かを与えてもらうばかりな無償の愛。

 ただ、父のレアンドという一人をゲーテは嫌っていた。


「ゾアリシャル先生、おれ父上の事が少し苦手です」


 昼食を終え先生と剣術の授業へと励む陽炎のなか、ゲーテは言葉を投げかけた。


 構えを崩されゲーテは地へと叩きつけられる。

 そのまま晴天を眺め、その隣へと先生は腰かけた。


「その歳か」


 ぽつり、先生の吐いた言葉にゲーテは疑問を浮かべる。


「それはゲーテよ……反抗期という物だ。成長過程で誰でも通る。俺のガキんちょもいずれ通るんだろうなぁ……」


「先生子供いたんですか」


「まぁな」


「先生。お、おれ、父上が嫌いです……!!」


「おいおい、大義名分をその様に使うでない。レアンドは広い心の持ち主だ、いずれ分かる。休憩は終わりだ、続きをする。構えをとれ」

 

 その日も、淡々と一日を終える。

 母であるエリカは謝罪したレアンドを許し、再び家族として一緒に食事をする。


 他愛無い会話、世間の会話、ゲーテの学んだ魔術や剣術について、趣味について、母であるエリカが最近初めた裁縫の話。ゲーテの誕生日では、巨大なケーキやいつも以上に豪華な食事が用意される。


 使いの者からは数々のプレゼント、特に何十冊ものシリーズ化された魔術本が渡された。


「んー似合うかしら♪」


 貰った魔術本を早速見ていれば、ゲーテの頭へとちょこん、とエリカが帽子を乗せる。とんがり帽子は今の歳のゲーテには少し大きすぎた。


「だ、大丈夫!! 大人になれば、ぴったりだから……!!」


 帽子はゲーテの目を覆う程に大きい。

 慌ただしいエリカだが、貰ったプレゼントにゲーテは目を輝かす。


「ふふっ、私がつくったのよ」


 手作り感満載のとんがり帽子。

 ゲーテが気に入ったのを見てはエリカも落ち着く。

 レアンドもよくこんな帽子を作ったなと、感心していた。

 とんがり帽子の大きな牡丹の目はズレており、ニッコリした笑顔を縫ったつもりが悪魔の様に牙を見せ邪笑している。

 

「エリカ、すごいな……」


「頑張ったんだから。サイズは、しょ、しょ、将来……大きくなった様に……ってね?」


 緊急に誤魔化す中、ゲーテは魔術を唱える。


「《同一パルパラ》」


 帽子がゲーテのサイズへと合わさり、縮んでゆく。

 やがてぴったりとゲーテに入った。


「まぁ……!!」


「おお」


 二人の驚きにゲーテは首を傾げる。


「本に書いてあった」


「すごいわ、天才だわ。私に似たのねー」


「いいや、私だ」


「いいえ。私だもの」


 二人が争う中、ゲーテは今日一日を感じる。


 急に人生が一転した。

 誕生日、という概念もそうだが誰かにプレゼントを貰ったのも初めてだ。

 帽子もお気に入り。 


 この思い出は、一生忘れない物になるだろう。


 ゲーテは母へと思いっきり抱きつき、満面に笑った。


    §    § 


「はじめまして、ノノ・リンテーダと申します」


 屋敷の広間にて父であるベルール家当主レアンド、その息子ゲーテに対面し一人の少女に、その両親らしき者がいる。

 少女は『栄爵』ノノ・リンテーダと自己紹介を済ませ互いに挨拶を交わした。

 白髪に碧眼な容姿、片目は長い前髪で隠れている。

 特に種族特徴もないなら大方人魔族だろう。


 聞くところによると、許嫁という物らしい。


 これは父上の考えだ。

 奴隷時代から拾ってもらった身、俺が何か恩を返す必要もある。

 それにかわいい子だ。

 向こうが無理矢理にでもなければ結婚という形になるだろう。


 俺を政権に参加させ、ベルール家の貴族にする……が父のしたい事だろう。

 九爵から脱出したさそうだもんな。

 と言う事は、魔導師を目指すべきなのか……? でも、したい事は研究職だし、父はそれについて否定も肯定もせず分かった、理解した、と話にピリオドをつけてくる。

 

 父のよくやる癖だ。

 多分、母さんも気づいている。


「もう少し背筋、私と軸をあわせて」


「え、あ、はい……」


 ノノとゲーテは会場でのダンス練習をしていた。

 交際という形で皆には伝わっているらしい。


 そこでダンスパーティーなる物が開かれる。

 他の貴族もくるので、無知な部分は見せれまい。

 母さんも見に来る訳だし。


 互いに目を合わせ、少しずつリズムを合わせてゆく。

 何てことは無い、普段から舞踊もしているし作法は分かっている。


 親同士が決した許嫁。

 先に言えば、俺はノノに一目ぼれしていた。

 これは俺が異性との接触において極端に少なかったからかもしれない。


 向こうはどう思ってるのだろうか。

 親が決めた事に従順してるのか? 気になる……。

 俺の事はどう思ってるんだろう……。

 ずっと目が合っている、かわいいな。


 気が強そうなのも、なんかいい……。


「なに?」


「なにもない」


 舞踊とはいえ、じっと見つめすぎるのも良くないな。



 ある日、


 ゲーテ、ノノは剣術をいつも通りに教わる。

 最近になって殆どの授業をノノと一緒にする事になっている。

 部屋は別々だが、ノノの家族とも一緒に住んでいる状態だ。


 剣術、水神流。


 ゾアリシャル先生へと二人が肉薄し木刀を一閃、足の動きに意識し、意識しすぎず相手の行動を先読みする。かなり形となっていた。

 

 剣術について技力はノノの方が高い。

 そこらの女の子より強いだろう。

 努力家な子なんだろうな……俺にはできない事だ。 


 ノノ、ゲーテの二人は噴水場にて休憩をとる。


「なんでいつも片目隠してるんだ? 目悪くなるぞ」


 普段からずっと隠してる。

 たまに眼帯とかしてるし、怪我でもしてるのだろうか。


「え。こ、これは……」


 芯のあるノノの表情が少し強張る。


「見てやるよ。怪我なら多分、治せるし」

 

 母さんの病気を治療する為に、色々魔術を開発している。

 魔術に関しては治癒属性なら少しばかり自信がある。


「え、いや」


「別に驚かないよ。ほら、いいから」


 そのまま髪を上げれば、ゲーテは瞠目する。

 魔眼だ。


 魔術の四属性でもあるが、それではない天然の生まれ持ったタレント、魔眼。

 絢爛なオレンジ色をしている。


 そう言えば……歴史本で記載されてた記憶がある。

 過去に魔眼族と呼ばれる種族がいた。

 魔族の中でもかなり希少種族であったが、魔術の研究材料や奴隷制度で滅びた。


 魔眼族の遺伝子は現代にも薄いが報告されている。

 一〇〇万人に一人、生まれ持った魔眼。


「綺麗……これを隠してたのか」


「こ、これはいっちゃダメで」


「そうなのか? 分かった」


 まぁ実験とかで抉られるとかやだもんな。

 俺が向こうの立場でもそう言う。


「他に知ってる奴はいるのか?」


「両親ぐらい……」


 なるほど。

 親の視点で見ても、子が魔眼持ちなら世間からは隠すか。


 俺は零位階の魔術を描き、ノノの魔眼へと唱えた。

 手持ちの小さな鏡を渡せば、それを詰める様に見る。


 魔眼の色が消えていた。

 魔眼の能力が失った訳ではなく、ただ色を右眼と同色にしただけ。


「すごい……」


「俺がつくった魔術だ。陣を覚えたら誰でも使えるぞ」


 これでわざわざ隠さなくとも、バレることは無い。


 元々生まれつき色盲だったので、それを直す過程で偶然生まれた魔術。

 まさか、誰かの役に立てるとは。


「ありがとう……!!」


 よほど悩んでいたのか、素直に喜び抱きしめられる。


 ノノは見た限りだと、第一位階ならギリ使えるっぽい。

 まぁ第零位階は誰でも使える番外魔術だし、複雑でもなけりゃ魔力消費が大きい訳でもない。


 慣れれば無意識に日常を送れるだろう。

 そうだ、魔術は人を救える。母さんの病だって治せるはずだ。


 現代、魔術を軍用技術とする国が多い。

 単純な戦闘でもそうだ。

 魔術は誰かを救うと同時、誰かを傷つける二律背反な概念。

 賢者はなぜ魔術を作ったのだろうか。



 ―――夕食。


 リンテーダ家より雇われた専属料理人のカイン・ギヴァルズ先生。

 先生よりゲーテ、ノノの二人は料理スキルを教わっていた。

 これも授業だ。

 知識はあるが、技量は皆無。


「貴族たるもの、料理を極めるべし……!!」


 二つのフライパンをクロスに腕を組み、先生は叫んだ。


「でも俺らって、料理作るより出される側だし。授業って言われても……そうだ魔術で料理が誰でも―――」


 ガンっと、頭に強い衝撃を覚える。

 馬鹿者!! とフライパンでゲーテは殴られた。

 隣でそれを見たノノは、反論する気だった自信満々な口をそっと閉じた。


「では、まず玉ねぎを切ってもらう。杖を使うな、腕を使え!!」


 と、まな板に一つの玉ねぎが置かれる。

 何てことはない、手に収まる程の一般的な玉ねぎ。

 ゲーテとノノは横並びに、中央にはカインが仁王立ちしていた。


「あの、なんで杖はダメなんですか?」


 率直にゲーテは呟く。


 ハルバラードの技術に魔術がプログラミングされた杖がある。

 それを使えば、魔術を知らぬ子でも魔力さえあれば術陣が起動する便利な道具。


 実際に家庭で使われているのは知っている。


「馬鹿者!!!!」


 大声で怒鳴り、耳元がキンとなる。


「馬鹿ねゲーテ。料理は思いが大事なの。母様が言ってた、愛情を込めて料理をつくってるって!!」


 熟慮するまでもなく、当然とばかりにノノは言い切った。

 くそ、こんな事なら俺も母さんに訊いておけば……!!


「じゃあ、ノノはこれから遠出する時、箒使わず徒歩でいけよ」


「それとこれは別。どうですか先生、愛情ですよね」


「ちゃうわい……!!」


 ……違うのか。


 包丁とか鍋とか調理器具は使う訳だし、広目で見れば杖も器具だと思う。

 先生は露骨な溜息を吐く。

 こやつらは何も分かっちょらん、と。


「己の腕で料理を語れ。杖など出来る事は限られとる」


 二人は頷き、最初にノノはゲーテの様子を伺う。

 ゲーテが包丁を握り下ろそうとした時、


「馬鹿者!!!!」


 怒号が響いた。

 今度は何だよ、ゲーテは先生を見る。


「え。あ、魔力展開ですか?」


 頭へと拳骨が下りた。

 流石に分かってきたが、この先生は暴力気質だ。

 まだゾアリシャル先生や舞踊担当のエミリー先生の方が優しい……。


「料理は戦いではない、作品だ!! まずその玉ねぎを洗うのだ!!」


「洗ってなかったんですか」


「当然だ」


 いや、洗えよ。

 本当に玉ねぎを用意しただけかよ。

 皮はむいてあるのに。


 洗った所で包丁を下ろす。

 猫の手、それを意識し真ん中にストンと落とした。


 次に一定間隔で均等に下ろしてゆく。


「よし、いいだろう!!」


 ノノも綺麗に両断し、鍋へと入れた。

 玉ねぎでやられたのだろう。泣いてる……可愛かった。


 当然、俺は番外魔術における魔力の薄い保護膜で刺激を防いでいる。


 次に先生から出されたのはじゃがいも。

 後ろの素材を見れば那須やオクラ、ブロッコリーなどがある。


 カレーだ。

 絶対そうだ!! ルーも置いてある。

 食べた事は……昔、もういないけど父さんと作った。


 あの時の具材はいも、蛇、蜥蜴、鳥、何かの卵、あく抜き雑草。

 見た目はえぐかったけど、美味かった。


 ベルール家に拾われてからは、食事は魚か肉、それに美味しいソースが添えてある。

 他にはスープ、米も美味しいけどカレーは無かったな。

 懐かしい記憶が浮かんでくる。


 分かってはいたけど、蛇とか雑草とか入れないもんな普通。

 あの時は金がなくて、仕方なかったけど。


 二時間程だろう。

 夕食に家族皆を呼び、ゲーテとノノが二人で作ったカレーを披露した。

 先生には料理には名前を付ける義務があると言われ、何と成しに考える。


 考えた結果『二人の愛情カレー』となった。

 

 ノノは凛と特に何も突っ込まれなかったが、案外気に入ってるのか……気になる。

 基本、自分の事喋ったりしないしな。

 名前はどうでもいいと思ってるのかもしれない。

 

 やはり、親同士とはいえ許嫁は嫌なのだろう……。

 俺であっても、仮に好きではない者との結婚なら嫌だ。

 

「美味しいわ……」


 ノノの母、ディアナは二人を褒める。

 父であるマデリフ、そしてエリカやレアンド皆から美味しいと評価が貰えた。


 今回の授業では簡単な切り方だったが、次から難易度も上がっていくだろう。

 カレーは初心者に優しい料理だと思う。


 食事を終え、広いベランダにてゲーテは空を眺めていた。

 このまま目を閉じれば寝てしまいそうだ。


 涼しい風、月、星、季節特有の虫音や自然の匂い。

 ここは母さんが教えてくれた場所だ。

 屋敷を購入する際に、星の見える場所が欲しいとねちっこく注文したらしい。

 なので、母さんの部屋は常に星が見える。 

 今でもたまに見に行くしな。


「美味しかったね。二人の愛情カレー」


「え、あーうん」


 黄昏ていれば、後ろからノノの声が聞こえ咄嗟に頷く。

 魔眼は魔術で隠しており、既に彼女の中では日常になっている。

 飲み込みの速い子だ。


「なに、あの名前」


「別に変な意味はない」


 ネグリジェに着替えたノノは水を片手に夜景を見に来た。

 ゲーテは少しづつ隣へと近寄る。

 視界に入らないかギリギリを狙い、ゆっくり、ゆっくりとノノへと寄る。


「横に来たいなら、そういいなさいよ」


 隣でゲーテも水を貰い、一口に飲む。


「俺達、結婚するんだよな」


「将来ね」


「そうか……」


 一様、許嫁という事は覚えていらしい。

 と言うか、許嫁という理由からノノとは出会った。


 そろそろ、知りたいと思っている。

 俺の事をどう思っているのか。

 最初なんて気になり過ぎて、夜も眠れなかった。

 一目惚れ、これも伝えていない。


 どうしよ、《千里眼クレアボヤンス》で見るにノノの父上が俺達の様子を見ている。

 ノノは気づいてるんだろうか……。

 いや、逆に父上に言われてここに来たのでは……だとしたら、ちょっと悲しい。


「あ、あのさ。月綺麗だよな」


 沈黙から一言、ゲーテは呟いた。

 きょとん、とノノは頬杖に空を見る。


「……そうかな」


「綺麗じゃないか?」


 少しの間から、


「……そうなんだろうね」


 寂しそうにも、つまらなそうにも見える表情にゲーテは戸惑う。

 どこか、遠いものを見ている様であった。


「私はゲーテの事を好きになるよう努力してる」


 急にそんな事を言い出した。

 好きになる努力……少し意味が分からない。


「い、今はまだってことだよな」


「嫌な所が見えないから、ゲーテが怖い」


「……ええ」


 ノノは魔眼を輝かせ、ゲーテと目を合わせる。


「私の魔眼は過去を覗くの。記憶の魔眼、昔はそれが制御できなくて、結構クズな人が多いんだなって。だから使いたくないし、怖い」


「そうか……」


 ノノの人生を辿ってきたわけではないので、分からない箇所は多い。

 過去を覗く、それが何処までなのか制限的なのがあるのか色々分からない。


 極端かもしれないが、その辺に歩いてる人を興味本位に覗けば人殺しであったり、スパイであったりすれば怖いだろう。うん、怖いっていうか知らなくていいものはあるしな。

 でも知れる手段があるのなら、そこに好奇心は確かにある。


「ゲーテは覗かれてもいい? 嫌でしょ? 私は人の嫌な部分を考えてしまうの。だから、恋人以前に友人でも親でも好意を持てない。みーんな自分勝手のゴミばかり」


 本音、か。

 初めて感情的な顔を見た気がする。


 笑う時やボケれば突っ込んでくれたりするが、そういうのとは違った感じだ。


「み、見ていいぞ……それで、怖くなくなるのか?」


 ノノの事は好きだ。

 少しでも好意を持たれるのなら、どうてことない。

 過去を覗く……過去になにかした事はないな。


 そもそも毎日食べるのに必死だったし。

 動物を父と一緒に狩猟したぐらいか。でも、仕方ないし……。

 よし、大丈夫。


 ゲーテの意外な言葉に、ノノは目を開く。

 怖くなくなるのか、否か。


「分からない。でも、ゲーテはきっといい人なんだろうって思う。魔術への探求心は少し気持ち悪いけど」


 気持ち悪いって言われた。


 え……。

 俺、今好きな人から気持ち悪いって言われた……。


「いいぜ。でも、誰にも話さないでくれ」


 流石に奴隷どうこうの話は、父が許さないと思う。

 というか父が奴隷屋に来たこともバレるんじゃ……。

 それはいいのか、俺は救ってもらったし。


 確かに奴隷屋そのものが違反だけど、ノノはどう思うのか知りたい。


「話さない。あと話せない。魔眼の能力の詳細は言えても、私が見ている魔眼の情報は伝えれない。何かしらの手段で伝えようとすれば目が離れそうになる。激痛になるの」


「こわ」


「覗くよ―――」


 両腕をがしッと掴まれ、ノノは魔眼を輝かせた。


 ノノの見る過去の魔眼、それは最高で一〇年前が限界である。


 覗いたゲーテの過去、否、ゲーテという名がつく前の過去だ。

 ある日、希少種の森霊エルフというだけで狩られ売り飛ばされる。

 父はその場で皮を剥がれ、食われて死亡。

 母とは別個に違う国へと飛ばされる。


 奴隷屋を営んでいる国は多々にある。

 人員の多い巨大犯罪組織『エトワール』へと、大体は依頼がくる。

 ゲーテの際もそうだった。


 その後、半年もすれば奴隷として人権の無い商品とし売買される。

 住む場所も着るものもなく、最低限の死なない程度のパンや水が与えられた。

 どれも食えたものではなかった。


「なんで泣いてるんだ?」


 その後、レアンドに拾われ育てられ現在に至る。

 多大な情報が数秒でノノの脳へとインプットされ、今のゲーテの姿を見て自然と涙が流れる。


「奴隷だったの……?」


「うん……あーそうか」


 何も思わなかったけど、元奴隷の俺が拾ってもらい本当の貴族と結婚。

 向こうからすれば、どう映るんだろ。


 やっぱ、嫌なのかな……。

 奴隷時代って、周りは変態な奴らしかいなかったし。

 道具や手段としか見なかった。

 そういう意味では、父上は俺をそう扱ってるのか。


 まぁ何か理由がないと、普通は拾われないわな。

 目に見えていない不確かな可能性に、正義を通す奴なんて存在しない。

 周りから見れば、頭のおかしな奴だ。


「怖いか?」


「うん、うん、そんなわけ……。なんか……ゲーテは、優しい」


 ぎゅっとゲーテは抱きしめられる。


 辛かったから、なんて慈悲ではない。

 誰も恨まずに、彼は今を生きている。

 幸せに生きている。


「なんだよ、急に……流石に照れる……」


「ただ、こうしたかっただけ」


 どうすればいいのか分からず、ゲーテもノノを抱きしめた。

 難しい。

 誰かを抱きしめる……緊張する。


 初めてだ。

 心臓の鼓動がする。

 はにかんだ顔を見せまいと、ゲーテは目を逸らす。


 幸せだったと思う。

 この時までは―――

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