第4話 剣術
初っ端の剣術を指南してもらい、ボコられ、泣かされること三日が経過した。
この三日間、ずっと獅子十刀術を学んだ。
師は村の各部署幹部同士の村会議があるらしく席を外していた。
「いいかマヌケ、灼一臣流はカウンターだ」
結果、新しい流派を広く浅く勝意が教えてくれる事になった。
萌萌は師がいない事をいいように小屋で爆睡している。
正直、羨ましい。
「今から教えるのは代表的な技能だ。剣術ってのは、極めてオリジナル性を出すのが一般的だからな。いいか、刀を一度鞘に納め妖気力場を作る。相手の繰り出した妖気攻撃を乱反射し、衝撃波を斬撃と共に四散させる太刀。ほら、妖気纏わせて俺の間合いに踏み込んで来い」
紫の小さな円が力場となり妖気展開される。
「この妖気力場は剣術で『領域』と命名されている―――」
俺が竹刀を構えつつ、一歩領域へと踏み込んだ。
「〝践征斬〟!!」
竹刀が俺の首へと当てられた。
どうにも、領域内で踏み込めば妖気感知が瞬間的に認識させられ、無意識レベルでカウンターが迫って来る原理らしい。
「と、まぁわざわざ領域場に踏み込んでくるマヌケはお前以外いねえ。応用は領域を悟らせない為、妖気力場を面にし刀身に合わせ居合する。デメリットもあるな。妖気や魔力感知が失う、この居合自体が妖気や魔力攻撃関連にしか意味を成さない、だ。つまり魔術、魔法、妖術、幻術には無意味。分かったか、マヌケ」
「だいたい……。というか幻術って?」
勝意は俺へと刀身を見せ、妖気を纏わせる。
「俺の妖刀、万画一臣には『天穿つ龍鱗』という呪が込められている。薙刀や斧、想像力が働くなら多種多様な武器兵器に変換させる呪だ」
全体的な色彩として赤が目立っており、刀身には龍が彫られていた。
変わったデザインなのは間違いない。
柄頭にある紐の様な物は実際に素材とされた龍の髭らしい。
俺の琴線にはピンときた。
妖刀はこの村だと師と勝意しか持っていない。
貴重という事だろう。
「その呪に妖気を通す事で幻術が撃てる」
「幻術……」
「あまり使われない言葉だし、覚えなくていい。簡単に言えば、妖術は自分の術式で、幻術は妖刀の術式でという事だ。正確には呪だけどな」
言いながらも、勝意は妖刀を弓や斧、大剣、鎌、盾、手裏剣など千変万化に変化させている。
扱う技術が必要になってくるけど、何にでも対応できる汎用性に優れた妖刀っぽい。
技術を扱う使用者は、えげつない努力が必要になりそうだが。
「なぁお前」
「ん?」
竹刀を地へと刺し、一息の休憩をする。
「お前、なんで名前がない? お前の過去についてだ。名前が無いと呼びにくい……別にお前がどう呼ばれ様が興味ないが」
「んー名前なー。別に伝わってるし、今までそれで生きてこれたし……。大事か?」
「大事かもな……」
そう言いながら、じっと俺の目を見てくる。
気持ち悪かった。
俺は人より視線を感じる事ができる。
もっと言えば、視線には波長がありそこから感情が見えてくるのだ。
殺意や悲嘆、敵意、欲情、緊張、憧憬などなど。
身近だと萌萌は俺に対し無関心、師匠と勝意は息子とか愛とか家族関連に属した感情が見えてくる。
何故だろうか。
「勝意って、俺のこと家族って思ってるか?」
「……はァ?」
俺は自分の目を指し、説く。
「俺は人の視線から感情が読めるんだ。術じゃないけど、そんくらい適格に当てられる。今の勝意からは恥、緊張や焦り、愛や不安、嫌悪だな。よく俺とか萌萌に家族みたいな視線を感じるからさ。偉そうに見えて、意外とカワイイやっちゃなと」
俺が言い終えれば、竹刀で頭をチョップされる。
かなり痛かった。
「ほら、剣術の続き始めるぞ。構えろマヌケ」
§ §
軽く試合をする。
妖気だけ、剣術だけ、と何度も工程を繰り返し身に付けば新しい型と復習が成され半日が経過する。
指南してくれるのは勝意だけでなく、俺は萌萌や師にお願いして出雲捌身流も学んでいる。
難しいと思われている程、やりがいがあるものだ。
昼食は俺と勝意、萌萌との三人で山へと狩猟しワニを食った。
師は夜ぐらいに帰って来るようで、それまで山でも鍛えさせられた。
山にきて色々走り回って分かったが、体力勝負だと三人の中で俺が一番タフだった。
魔獣の際には砲弾の衝撃で吹っ飛ばされていたのでキツかったが、万全だと圧勝だったな!
がはは!
勝意にもすばしっこいヤツと面倒がられながら、剣術をどの環境でも活かせる様に立体的な山で鍛錬させられた。
「―――なぁ勝意。村にさ、魔族が攻めてくるのってなんで?」
夕暮れ、滝の流れる瀑布の岩にて休憩がてら呟く。
「なんだ、急に……。そんな事考えてねえで強くなれよ? お前はまだ武士とは呼べないからな。どうにもお前は自分が強くなる事に焦りを感じている。何がしたい? 暇だし、助力ぐらいしてやってもいいぞ。後悔は遅れてくるからな」
心配の視線が感じられたが、黙っておこう。
それに、後悔はもうしない。
「前に寝る時話したろ? ……多分。俺の家族達は妖だ、皆が優しく村でも仲良くやってくれている。本当に感謝してるよ……。だから、愛してるからこそ魔族が攻めて来れば、家族が被害に会う前に俺が止めたい」
―――俺は、
「だから、強くなりたい、か。そういや、言ってたな」
「魔族が攻めて来たのって二年前でしょ? 私が部署移動考えてた時だし……」
隣で聞いていた萌萌は、思い出す様に呟く。
「急だったな。最初は少し違ってたが」
「え、なにそれ怖い。村の領土が欲しいって事か?」
なら、なんで森にまで攻撃をしてきたんだ……。
そもそも魔族は人間に対し、なぜ敵対している?
俺の時もいきなり、あそこで分岐点にもなった訳だが。
「領土ってよりも、妖刀を探しているって言ってたね」
「……妖刀? 勝意とか師が持ってるもんが欲しいってか?」
「ある特定の妖刀を探してるってさ。その探していた妖刀が師匠の持っている妖刀、それさえくれれば資源援助までしてくれるし、交渉御礼に数千万のベガまで渡すとさ」
ベガというのは万国共通とする紙幣硬貨の流通通貨単位。
エグい額まで渡すって、向こうは何がしたいのか。
資源援助まで来るって、そこまで妖刀って価値が高いものなのか?
ある特定のって言葉に引っ掛かるが……。
「俺の妖刀は違ったぞ」
勝意はぽつり、とそう呟いた。
「師匠の妖刀は家宝として受け継がれてるって言ってたね。だから上げれないってさ」
「村に被害まで出てんなら、家宝とはいえ師なら上げそうだけど」
「て、思ったんだけど。そいつらの交渉を拒絶した瞬間、人一人を殺して脅しへと転変した……」
そこから、今に至る……。
なら、俺を、俺の住んでいた森を攻撃したのは何なんだ?
ただの砲台テストか?
……妖刀。
そんなしょーも無い理由で家族を危険に晒していたのか、あの鎧人間……。
「そんでそんで、話戻すけど。要するに家族に戦わせたくないから、その分自分が強くなりたいんだよね?」
萌萌は確認も込めてか、俺へと訊いてくる。
「……。そーだな正直、俺の命なんかより大事だ。萌萌と勝意は? なんで師の弟子なんかに?」
「ひひー聞いちゃう? それ聞いちゃう? あーでも、先に勝意の話から聞きたーい」
―――と、凭れながら勝意に微笑む。
これは、俺も個人的に気になるな。
「俺か? 前に萌萌には話したが、一言で言えば師匠に拾われた」
「村にいたって訳じゃないのか」
「俺の出身は既に滅んだワシュタルデと呼ばれる村だ。村っつーか、山だな。こっから北にある山脈付近、二年前に魔族軍相手に逃げては今の師匠に拾われた」
「その魔族軍って、今の……」
「ああ、武装は同じだな。―――あの時、敵中で一際目立つ先導者がいた。魔族の中でも上位種と言われる鬼族、オーガとも呼ばれる。名はジン・グリオノヴァール。村を滅ぼした、俺の家族、弟も……村からは俺だけ運よく逃げ切れた。……あのオーガは俺が殺すべき相手だ」
憎悪、という感情だろう。
普段から物静かで、たまに口の悪いあの勝意でもそういう表情をするんだな……。
どうにも、アプル以外の周囲の村にまで攻撃を仕掛けているらしい。
ジンという魔族が妖刀を集めている、という解釈でいいだろうか。
そいつが俺の家族に攻撃を仕掛けてきたのなら、俺が倒す相手でもある。
「そのジンっていう魔族もワシュタルデ村にある妖刀を狙ってたりとか?」
「俺の持っている妖刀、これは村の宝だ。これが狙いの妖刀か見に来たんじゃないかと思っている。でも当時は妖刀なんて概念知らなかったからな、本当の目的は不明だ。師の持っているシリーズの妖刀を探していたのかもな。今はどうでもいい……もしこのままアプルにいれば、そいつも姿を現すと思っている。俺はそいつを殺す為に強くなった。いずれは、師も超える」
復讐……か。
「俺の重い話はいいだろ。今度はお前だ萌萌。なんで、師匠の弟子になったんだ?」
訊かれた事に、待ってましたと言わんばかりに萌萌は話を始める。
すんごい、嬉しそうだ。
「私はね……!! 普通に警備隊だったんだよ。でもねー、お給料低いから村長の秘書でもするかーって勉強しててさ。そしたらー、たまたま強い妖が狩猟の際に出てきて、倒したらそれで色々あって有名になって、今の師から弟子になれってナンパされてさー」
なんだ、色々って……。
「さっきの部署移動の話が秘書なのか?」
勝意も初耳だったらしく、少し興味を持つ。
「そうそう、だってお給料いいもんね。だから、弟子は断ってたんだよ最初。給料変わんないじゃん? でも、師匠が衣食住負担してくれるって言って、武士になれば給料も上がるっていうからスキルアップも狙ってこの道選んだかなー。師匠いなかったら、今頃秘書してたよー」
萌萌が秘書……あの日頃から爆睡をかましている萌萌が秘書……申し訳ないが、全然想像つかないぞ。
てか、秘書って何する仕事?
「それにね。私って可愛いじゃん? 絶対顔で合格貰えるって」
一回、痛い目を見て欲しい。
自分で自分を可愛いと言う奴は、中々いない……と思っていたが、よく萌萌は日頃から俺達に言っている。
反応も面倒なので、最近は鼻で笑うか無視の二択だ。
「秘書で思い出したが、お前ちゃんと村長に挨拶したんだろうな?」
急に俺へと話題が移り、勝意が溜息する。
「当たり前だろ、その日に家族と一緒にしたぞ。なんか、すげぇビビッて刀構えてたけど。村長ってあのおじいちゃんだよな? 面白い髭してた人」
たしか、長い髭でリボンを結んでいたので物凄く印象的だ。
「そりゃ妖の大軍が村の長に闊歩すれば、誰でも刀抜くよ。私だって戦う覚悟してたんだから、ちょっと焦ったよ、もう!!」
なんか怒られた……。
けど、あれはビックリしたな。
師が一緒に挨拶してくれたけど、それでも引かれていた。
「雑談は終わり、剣術続けるぞマヌケ。復習からだ、領域を広げて見ろ」