第37話 謁見
一人の女性が際限なく続く扉の中、列車の椅子に腰かけている。
辺りは鮮血が四散し、血肉が蠢いていた。
棺に足を置き、どこまでも続く天井を放心に覗く。
今になって、よくこんな異次元空間を創った物だと感心する。
魔術に関してさほど知識はない、依頼人のゲーテが一人で展開した世界だろう。
と、まぁ……今はいい。
気分爽快―――やっと浮世へ抜け出せれた。
「……ありてい、いい運動になったな」
彼女は真下の赤く染まった地を眺め、転がった生首をリフティングし始める。
先程戦闘に入り殺した魔族。
特務警察リーベ・ヴォルバンザクトの生首。
流石は特務警察、確かに強い部類に入る。
単純に、私より弱かっただけ。
リフティングに飽き、落下した生首を棺へシュートする。
「暇」
彼女はそう呟く。
ツリ目に黒と茶髪混じりなミディアム、端正な顔たちをしている。
女性にしては、かなり鍛え抜かれた身体をしていた。
細身でありつつ背、肩、腕、と凝縮された筋肉、割れた腹筋と正に筋骨隆々。
『万屋』リベルハンターの一員。
名は『葬儀屋』チェッカ=ピース。
この列車内において、雇われた刺客とし最も戦力とし突出した者。
「一条楽藍が暴れてるな。よかった、仙人ならどーなってんだか……本当よかったよ。俺は賢者になれる」
彼女の隣では、マスクをつけた少年がそう呟いた。
白の入り混じった漆黒の髪、森霊特有の長い耳。
幾人ものギャング、賞金首、ハンターを雇った依頼人。
名をゲーテ・ベルツァンラッサ―ル。
「私は仙人用に雇われたんだろ? 相手が相手だ。正直、時間潰しっつう依頼で受けたが勝てる奴なら殺すぜ。……って、一条楽藍って資料にあった名前か。元第一部隊……怠ぃじゃん」
チェッカは棺を仕舞い、二丁の蛮刀を腰に準備体操をする。
ここからが本番、と心に言い聞かせ仕事モードに移行した。
「おい、なんだこのダサいマスク……」
「仲間に『仮面屋』って奴がいんだよ。そいつがくれた」
「俺いらんが」
「だから、あげた。私もいらん。視界が消えるし、だせぇし、殺す気か。今更面割れなんて考えねぇっての。城和国の特務警察が来てんだろ? 第二の燈室は来てねーのかよ。あいつに負けて、収監されたってのに」
「なんで負けた?」
「あん時ぁ、お互い妖気が枯渇してたんだよな。そんで技量で負けた、戦いってのは手札を全部使ってなんぼだろ。あれは実質ノーカンだな、ノーカン。一条楽藍、いいバトルができそうだ」
§ §
「もう何日経ったか忘れた。魔力がないんだ……死んでしまう!! 魔力が吸われてしまうんだ……!! どこを行っても抜け出せない……皆、死んでしまう。ギャングなんている噂もあるし、もう終わりだよ。あんたが来ても、俺たちゃ助からない。あっちに転がっている警備隊の人も、もうとっくに死んじまってる!!」
青年に案内してもらい、事情を問えば一人の男はそう叫び始めた。
顔色もそうだが、血が額から垂れている。
他の皆も……精神的な苦痛であろうか、意味もなく頭を壁に打ち続け泣きじゃくり、過呼吸な者、既に無くなっている者などがいた。
「助けてくれ!!!! 死にたくない!! 嫌だ!!!!」
「出れないよ、どうせ死ぬんだ……」
―――数々の言葉に対し、ノエルは新身に受け取る。皆、何だかんだ言って魔眼で感情を見据えるに諦めている……生きる事に。
何日も食事が提供されず、広い監獄に閉じ込められた気分だろう。
加えて、妖気や魔力といった力の根源が吸われているという。
今の所、それらしき現象にノエルは出会っていないが注意が必要だ。
そもそも、原理も動機も不明……主犯はそのギャングという者達だろうか。
「私は魔術が得意なんです、この空間は魔術と魔法を組み合わせた見せかけの異次元結界。解いて見せます!! 頼ってください!!」
ノエルが皆に張り切る中、真上の螺旋が連なる天井から一人の少女が落下してきた。咄嗟の魔術《浮け》から落下するエネルギーを殺し、そのまま抱える。
「どうも……誰、アンタ?」
「特務警察のノエル・アスカーチェです。皆を助けに来ました!!」
抱えられた少女は降り、周囲を確認する。
大体の把握、大雑把に理解した所で大きな溜息をついた。
「また他の部屋。はぁ、憂鬱。これだから、人の話を聞かない阿呆は……嫌い。……他にも迷ってる子いたのね」
と、落下してきた少女―――ラウラは言葉を吐く。
彼女もジンと別れ、現在に至っていた。
「私がこの結界を解くので、安心してください」
「……角ね。初めて生で見た、竜人族ってやつ。……制服、特務警察……部隊は?」
「私は第六部隊です。新米ですが、皆を助けます!」
―――と、少しニヤっと笑いラウラは設問を続ける。
「第六部隊は、皆ここに来てるの?」
「はい! 他にも頼れる第四部隊の二人が来てくれています、安心してください」
ノエルの言葉に、他の皆は少しずつ気持ちが回復していく。
「第四……!! 日月さん……!! 他には、五十嵐さんとか」
ノエルの中で日月という人物はまだ知らないが、五十嵐という言葉に頷く。
「そうです、桔平君とリーベ君の二人に、私と刀華君、楽藍さんが来ています!!」
「一条楽藍って……第一部隊、え!? あの……!!!!」
「そうか、見たぞ。オッドーを倒したって、本当に第六部隊に落ちたのか。でも、心強い」
「助かる、助かるのか、おれたちゃ……!! 神様……!!」
と、数々に皆は表情が明るくなる。
気力だろうか。
ノエルは少し納得がいかず、眉をひそめた。
第六はあまり歓迎されず、第四や元第一の一条楽藍の名を聞けば皆は期待する。
少しでも頼って欲しかったが、頼れる人物になれる様にと自身に言い聞かせる。
助かる可能性に、皆は希望を強く抱く。
そこらの秩序部隊ではなく、元首直属の右腕の部隊だ。
実績が物語っている、新米は不安要素であるものの第一部隊にいた一条楽藍だ。
彼女の名を知らぬ者などいない、それほどまでに怪物。
そして第六部隊。
まだ広まっていないがノエルの魔術の才能は誰が見ても明らかだった。
既に描いた極大魔術結界において、皆を保護する。
ラウラは魔眼で鑑定し、ノエルの魔力量や質、魔術の遺伝を覗き見る。
覗かれたノエル本人は気づいている様子だが、特に何も言わずニッコリしていた。
「魔眼が得意なのですか?」
「まーね」
正直、ラウラとて早くこの意味不明な空間からは出たかった。
時間の無駄も良いところ、魔力だって少し吸われた。
突破方は少し一人だと難しいと考えていた所、扉へ渡れば天井から落下しノエルと遭遇した。
第六部隊、標的の莽薙刀華のいる部隊なのは知っている。
混乱に興じて、良い機会かもしれない。
「この空間、出れるの?」
ラウラの中では、協力体制をとる。
空間でジンの魔力波長は把握しているので、そこで合流し莽薙刀華を見つける。
最悪、第六、第四部隊は壊滅させてもいい。
気を付けるとすれば、一条楽藍との遭遇を可能なら避けること。
ジンがいれば良い勝負になると想像がつくが、時間を食われ標的が行方不明になれば本末転倒。
変に暴れていないといいが、そうラウラは心中で呟いた。
「いけます!! ……た、たぶん。私、魔術が得意なんです」
「私は第四位階まで扱えるし、可能な範囲で協力する。こっちも魔力が吸われるし、阿呆な連れと逸れるし、お腹空いたし」
「ありがとうございます……!!」
「嬢ちゃんも、魔術が使えるのか」
一人の男、琵琶鼓人が尋ねる。
今、二〇人弱いるこの中で魔術を扱えるのはノエルとラウラのみ。
奇跡なのか、扱える位階のレベルが高いときた。
皆とて希望が嫌でも見えてくる、掴みたい。
ノエルはそれに答えたい、助けたい。
ついでに魔術を探究したい。
「この特務警察程じゃないけど。専門が魔眼だから、結界は普通」
「私は第六位階、そこを基準に結界を探ります」
「第六……きも。じゃ位相がずれるのは分かって―――」
「すごいぞ、こんな高位階な魔術を使える人達が……奇跡だ!!」
「そうだ、まだ諦めるには早い!! あんた達が頼りだ」
と、皆の感謝にうるさく感じたラウラは溜息を吐く。
「うるさい。頑張ってるから、口閉じていて」
振り返ったラウラの表情にこの場にいた男皆がラウラに惚れた。
列をなし、大きな声量で「「「「はい!!!!」」」」と叫び静かに待機する。
「なんですか、あれ」
「知らない」
互いに陣を描き、魔力を込め始める。
「役割を決めよう特務警察。この列車は今、位相がずれ移動すればする程、比例してどこも辿り着けなくなる。だからループしている位相の基準を観測し固定させる。そこから、無数にある扉から一つだけある真実の扉を見つけ脱出。他案は?」
「それで行きましょう。凄いですね!! 秩序部隊の方ですか?」
「そんな感じ」
極大魔術陣から、列車の空間、座標を探り描く。
少なくとも結界解除に二時間弱はかかるだろうと、ノエルは構造を解いてゆく。
集中せねば、『命』がかかっている。
「敵がきたらどーする?」
「敵? 何かと遭遇したのですか?」
「斎だっけ。尋問する分には、構成人数は二八、中でも三人のトップに統率されてるらしいけど、全員殺したし。見てる分には多分雑魚」
「もし敵が来た場合、やっかいですね」
複雑な魔術翻訳中に攻撃などされるものなら、集中できず解除に送れる。
「お、おれいける!! 琵琶人だ。札は白」
「雑魚じゃん」
「ちょっと」
ラウラのド直球な物言いに、ノエルはつっこむ。
というか、自分も白札なのでメンタルに刺さる。
何故か雑魚呼ばわりされた本人は嬉しがっていた。
「私、元近衛兵に所属してました。戦えます」
「ぼ、僕も!! 警備隊」
「三人……じゃ、待機ね」
元々、幽霊列車の件は琵琶鼓城に提示されており幾人かは行方不明。
そこから秩序部隊に昇り、被害は確実に出ていた。
大きな災いになる前に特務警察が出向くに至ったが。
既に遅かったのかもしれない。
正直、ラウラの中で戦力としての三人は期待していない。
元近衛兵はいいとして、残り二人はまず死ぬ。
けど変に不安を煽る必要もないし、静かに黙るのなら余計な事をいう必要もない。
「まず、結界もそうですが、皆と合流もしたいです」
「そ」
ループする異次元結界には時間を費やすが、もっと楽な手段としてはこの結界を展開している術者を倒せば一件落着。
現状、それが見つからず誰かが倒すのを祈りつつ、倒せなくとも結界を崩す事で皆は助けれる。
最悪、そこから主犯を探ればいい。援軍も可能かもしれないし。
外部との連絡手段は難しいが、異次元とはいえこの列車内にいるとなれば、その中での通信は可能。
術を描き、解読すること一〇分、この異次元の原理の一部が見えてきた。
「共鳴術……物怪。魔物……? 誰かを宿主に共鳴している、特有の術陣がコードされてます。魔術と魔法だけでない……隠蔽、ここまで深く掘って隠蔽なんて……かなり用心深いです」
「私、そこまで見えないから分かんないね」
「一旦、ここに集合をかけます」




