第29話 執行者
オッドーはひたすら、笑みする。
自身より強者、格上相手の敵さえ何度も葬ってきた。
ウイルス生成から耐久戦に持っていけば、自ずと勝利のビジョンを掴める。
今回の莽薙刀華との戦いでもそうだった。
一撃でも、掠り傷一つでもウイルスは急速に侵食し始める。
―――『殖黴付術』
勝つ事は簡単だが、彼の美学は『生首』。
生きている内に苦痛を浮かべる人間を見ながら、首を斬る。
それが彼の、オッドーの生きがいだ。
女や子供であれば遊び、残りの人生数十年、やりたい事をやり切って死ぬ。
―――楽藍と対面して刹那、オッドーは違和感を覚えた。
「これは……ンふぃっ。気持ちが悪いねええ」
「残念ながら、キミに情状酌量の余地はない。ここで、殺す」
楽藍の有する妖刀。
七つの大罪シリーズ『強欲』を司る妖刀、彌鹿国。
呪を発動する事で認識した対象者の魔力や妖気といった力の根源の絶対量を半分略奪する。これに際限はない。一定時間を経てまた呪を発動させれば、初期に略奪した残りの魔力や妖気の更に半分を略奪する。
敵の魔力、妖気が強大であればある程、楽藍は圧倒的妖気量を獲得する。
敵が枯渇に陥っても生命活動をする最低限のエネルギー担保として保持されるが、術や権能、身体強化は不可能になる。
そして、楽藍が本気で殺す際はいつだって短期決戦へと持ち掛ける。
「―――〝命符殭誕〟」
楽藍の術は瑠瑠と同じく死を司る。
生を受け死んだ存在の肉体を強制的に留めさせ、殭屍とし傀儡にする他、〝命符殭誕〟は楽藍自身が殭屍化する。
肌は白く目を凝らせば淡い血管も見え、温度は冷たい。
ポンプの心臓や筋肉は術と妖気から鼓動させ活動している。
〝命符殭誕〟を解いた際の身体負担を軽減させる為である。
状態異常は死を誘発させる触媒に過ぎない。
楽藍は死んでも尚、術により活動している。
限りなく仮死状態に近い状態だ。
楽藍が短期へ持ち掛けるのは殭屍化を約五分以上続けると、本当に戻ってこれなくなるためである。
死んでいるので妖気も意識問わず大気に自然放出されてしまい、そこから妖気を使おうものなら更に放出量が増加してしまう。その欠点を補う形で楽藍は強欲を手にした。
「殖黴付術―――〝毒剋〟!!」
曲線する毒の斬撃を避け、余計な動作を無くし一直線にオッドーへ詰め寄った。
振るわれた長鉈を軸に絡め、身体を回しては顔を蹴とばし上空へ追い上げる。
召喚する者や今の楽藍と同じく、殭屍は脳のリミッターも解除され妖気展開と合わせ無類の身体強化を得る。
常に火事場の馬鹿力状態に近い。
調子乗って力任せに物を言わせば、骨折するのである程度は調整がいる。
顔を弾き今ので決めるはずだったが、オッドーの手応えが硬い。
妖気展開とは言え、単純に身体全土が筋肉の塊の様だ。
術の絡繰り…身体の筋肉を緊張状態にさせそこへ繊細に妖気を纏わせている。
「ひひッ!! いい首だぁぁああああああああああああああああ!!!!!!」
真上から長鉈をかぶり下ろし、互いが剣術に奮闘する。
技術、膂力、速度、妖気量、あらゆるパラメーターがオッドーを超えている。
それを自覚しても尚、オッドーは狂ったように刃を合わせる。
楽藍は出雲捌身流で捌き、武術をおりまぜ腹を蹴とばす。
相手は一瞬意識が飛びかけるも、既に目前にいた楽藍に再度腹を蹴られ崩れる。
首を狙った楽藍の妖刀を鋸刃で受け止め、力づくで跳ねのける。
妖刀は宙を舞い、その機会を逃さずオッドーは攻め寄り首を狙った。
特に動揺する事なく、楽藍は咄嗟に腰を降ろし武術を構える。
得物が手元に離れようが、自身そのものを得物とし兵刃とする。
瑠瑠に教えてもらった古来武術だ。
鋸刃には触れず、オッドーの手元に意識をずらし顔を地へ蹴飛ばす。
腹を殴り身体を回し更に強く腹を蹴とばし追撃、遠くへ弾いた。
相手が体勢を立て直す前に、宙に浮く妖刀を手元に納め間合いへ接近する―――。
「にひひッふッッ!!」
勢いと共に、オッドーは押されるが尚も刃を振るい耐え忍ぶ。
ずっと、楽藍へ同じリズムを刻み込ませ意表を狙う。
小さな動揺から、一気に勝ち筋が見える。
「ふへェッ」
武具に装された鋸刃そのものを弾丸とし放出する。
急な奇襲が楽藍の肩を削り、オッドーは牙を見せ、舌を出し笑みする。
『勝ち』を確信した。
鋸刃を斬弾とする刃は一度きり。
刃を失った長鉈を捨て、残り一本で楽藍と剣術を交わす。
だが直ぐに押されては、何発も腹へと打撃が入り込んだ。
内部の臓器破壊が目的か……。
妖気を纏いた斬撃がオッドーの左腕、両脚、顔と深く刻み込んだ。
その痛みを出血を、ウイルス生成し苦痛の感覚を消す。
「勝負ありだ、んんふふふッ!! 無興、無興!!」
血を吐きながらも、オッドーは笑った。
「大袈裟、そんなに攻撃当てれて嬉しいー? 掠った程度だよー。もう学んだから……次で確実に殺す」
顔の横に刀身を添え、楽藍は構える。
肩は深く削られてるが、死体となっている今は痛覚がない。
だが、何度も食らえば痛覚がなくとも出血死であったり、術を解いた際のショック死などで死に至る可能性は十二分にある。
「んふっふ。分かっていないなぁ。君は死体となり戦っているが、別に全ての身体組織が完全に死んだわけじゃない。活動しているのなら、その環境に適応し俺のウイルスは繁殖をし始め、やがて腐敗する。んふふうッ……ッ」
―――だが、
「私がこの術を解けばそうだろうね。キミは馬鹿だし無理解だろうけど、死を動かすのが私の術。術者の私はそこに意識や自我が残っているだけ。だから、私が召喚した殭屍は腐敗で死んでなかったでしょ。同じ~ってこと」
殖黴付術は死の環境に適応できない。
必ず生きた宿主が必須条件の術、そして身体的・技術的パラメーターも今この現状、オッドーは楽藍に負けている。
しかし、オッドーはまだ勝ちを見出している。
何としても、首を斬りたいと。
「いいひひひッ、無興、無興。あぁ……これは、こんな事が……んふぃッ、最悪だよ君は」
殭屍化は永続できないと踏み、オッドーは撤退を思考する。
だとしても海だ、泳ぐにしても距離があり現実的に不可能。
先の男はウイルスで腐敗死する、増援も現れない。
多少の琵琶鼓人やらがいるが、死にたくないを一筋に近づこうともしない。
つまり、残るは一条楽藍を殺すのみでしかない。
それさえ殺せば、コチラの勝ち。
目の前の女の首さえ狩れば……!!
接近した楽藍に対し、オッドーも鉈を振るう。
幾重もの斬撃を兵刃へ相乗させるが、それ込みでも敵わなく次第に鉈へと亀裂が入り―――破壊される。
その時、オッドーは察した。
勝てない……不可能だろうと、術の相性が悪すぎる。
「ふひひッひひひっっ!! 無興だねぇ……」
オッドーの両腕が切断される。
瞬間に、体の内側から電流が走り始めた。
先程から、相対する際にビリビリと来ていた物だ。
何かを硬直させる様な、こちらの体が何かに引っ張られている感覚だ。
「ふぃっふふふっ……。……殖、黴付術……ッッ!!!!!!」
続いて脚の切断、腸、肝臓、肺、心臓を二秒で損傷させ首へ妖刀を傾ける。
「―――じゃぁね、人殺し。首を斬られた感想、聞かせてね♡」
心臓が破壊された今、術の行使を命令する脳。
後天的に描かれる術の切れ端である脳、それをフルに回転させる。
だが、オッドーの術が不発に終わる。
「無興……くふッ、これ……な、ら組んでェ、お……く、んだ……ッた。くふゅふふうふッッ、無興、無興、む……ッ……くぃ」
首を切断し、オッドーは死亡した。
その影響で船でウイルスに感染していた者が皆、少しずつ安静に戻ってゆく。
「……ほーら、やっぱ大したことなかった。知ってたけど」
意識のない刀華を運びつつ、部屋に寝かせ淡々と楽藍は報告を行った。
§ §
無事に依頼を済ませ、ついでに賞金首も討伐し、その日の夜は宿へと刀華を連れ楽藍は寝かせていた。
「起きた? 琵琶鼓の依頼も首切りも倒したよ~。私ぁ、命の恩人だよ~、見えるー? 聞こえるー? おーぃ」
薄く開いた刀華の瞳に、両手を振り大袈裟に楽藍は表現する。
見てもらったが、ウイルスは死滅しており今は単なる体調不良だ。
斬られた肩や腹、胸辺りは琵琶鼓城の治癒魔術機関により完治とはいかないが、だいぶ癒えてきている。
「ここどこ―――?」
ふかふかのベッドで、全身の倦怠感を感じなが刀華は身を起こした。
発熱も痺れも、体に包帯が巻かれてるが、だいぶマシになっていた。
「宴屯。近くにあった宿」
事前情報にも目を通した、オッドーに勝てていた。
それなのに、負けた。
楽藍が来なければ助からなかっただろう。
楽藍をじっと眺め、自身との違いは何なのかと刀華は頭を悩ませる。
やがて、どうでも良くなり再びベッドに倒れ目を閉じる。
「……しんどい。負けてばっかだ、俺」
嫌でも溜息が出てしまう。
こんなのじゃ、こんな所で躓く様ならギリウスへは遠い。
全然、まだ戦闘への工夫が、応用が、戦法が根強く定まっていない。
「弱いからね」
「おーい、そこは励ましてくれよ」
ひひっ、と楽藍は笑い出す。
「うそ。よく頑張りました」
とんとん、と馬鹿にする様に楽藍は刀華の頭を撫でる。
子ども扱いされてるみたいだ。
そういえば、勝意も俺の頭を雑に撫でていたな。
「……水ある?」
「ここね」
ベッドの上には水と……団子があった。
「明日、元首のとこに行くよ。しんどかったら、私だけ行くけど。琵琶鼓にはオッドーの首もってったし」
冗談だろうが、表現グロいな。
元首の下した特務警察へなる為の特別試験、それが首切り殺人鬼の討伐だ。
けど、実際に俺は倒せなかった。
組織として勝てば問題なしと言ってたが、瑠瑠さんがまた睨んできそうで怖い。
「もう一人、誘いたいヤツがいる。宝食城に、そいつも連れて行きたい」
元々、刀華と楽藍二人では組織として強弱関係なく設立されない。
最低、三人は必要不可欠なのだ。
「あ~。そんな事言ってたね、いいよ」




