第26話 狂人の背中
楽藍は刀華の背中へ立ち、「よろしく!」と呟く。
「瑠瑠が強すぎるんで、最悪一人でも務まります。大丈夫です! 二人が多いなら、私だけとーかの部隊に入るのでどうでしょう!」
淡々と物事を進める楽藍に、瑠瑠は横入れする。
「いや、それはワタシが嫌だ」
「リーダーは私らの事、超好きだからね」
と、兎兎が呟く。
間違ってはいないが、一人の行動を瑠瑠は個人的に嫌っている。
昔から孤独が苦手であり、それをメンバーの中で唯一理解している吟葉は無言でよく瑠瑠にくっついている。
照れ隠しに鬱陶しそうに振る舞う瑠瑠。
そういう性格と肯定し吟葉はよく面倒を見ているのだ。
「後一人は私ととーかで見つけます。いいですよね! 元首!」
きっぱりと言い張る楽藍。
だが、他はとにかく楽藍が部隊を抜けるのに瑠瑠は反対だった。
実力が実力だ。
部隊の強さは皆が平均的な同じポテンシャルの強さが求められる。
瑠瑠は例外。
一条楽藍と莽薙刀華とでは、実力に差がありすぎるのだ。
だから瑠瑠は任せられないと不安に陥る。
リーダーとして、統括者として、友人として、皆の事をよく知る瑠瑠はあまり良い未来像が見えてこない。
足手まといを優しく温良な楽藍が面倒を見ているだけ。
―――あの時、莽薙刀華は阿修羅共々と死ぬべきだった。
ワタシの招いた判断ミスだ、出雲など元首など関係ない。
「ダメだ楽藍、お前はワタシの部隊に残れ。埋め合わせば、知り合いを摘んでこれば解決する。陸武将に知り合いがいる、そいつで十二分だ」
「やだ―――」
刀華を引っ張り、元首の元に楽藍は立ち会う。
今まで、楽藍はリーダーの意見を否定する事は無かった。
誤魔化しつつ最後に嫌々ながら頷く抵抗はあるものの、きっぱりとした否定は初めてだ。
滅多に動揺しない瑠瑠が、数年ぶりに瞳を大きく見開く。
「分かった。ワタシのリーダーとしての落ち度は認める、まだ理解が及ばぬ所もある。これからだ、ワタシにもう一度チャンスをくれ。お前は、ワタシの傍にいろ」
「やだ」
「……」
貫徹なまでの拒否に、瑠瑠は固まる。
その横で兎兎は小さく囁いた。
「リーダー、あれマジな楽藍ちゃんだ。そッとしておこ」
「……そうだな」
―――折れた。
はいはい、と元首は手を叩き場を整理する。
莽薙刀華の扱いは新設・特務警察第六部隊、その部隊に誰を入れるか。
楽藍が自ら入ると言い、瑠瑠が止めている状況。
楽藍は瑠瑠に次ぐレベルに強い。
元首も瑠瑠ほど拒絶はしていないが推奨していなかった。
「楽藍ちゃんと刀華君とでの実力差を見てるんだろうけどさ。まだ三人目以降分かんないし、阿修羅含めれば、部隊としての強さは上だよ」
茶化す様に兎兎は呟き、不機嫌になった瑠瑠を見ては涼歌に耳を引っ張られる。
「鬼神は含めるな。元首、お前の判断で決まる。楽藍とそいつでは合わない。これは特務隊としての話だ、琵琶鼓人なら好きにすればいいだろ」
「私は特務警察の話をしてるよ~。というか、普段瑠瑠喋らないのに、なんで今日は喋るの」
諄いと感じ、楽藍は目を細める。
「いつも、このくらい喋る」
ギスギスとした空気に瑠瑠の隣へと吟葉は入り、背中を軽く叩く。
冷静に、と無言で伝え元首は苦笑いに言葉を溢した。
「喧嘩は無しね。んーどうしようか。特務警察ってそう簡単にできる組織じゃないからね。瑠瑠君は実力が知りたいんでしょ? なら試験を行ってもらう。これで失敗したなら、瑠瑠君の好きなようにすればいい。で、どうかな?」
「なら、問題ない」
葛藤ながらも、瑠瑠は首を縦に振った。
「じゃぁ、一週間以内に首切り殺人鬼、もしくは幽霊列車の件を済ませば認めるよ。面子は最低三人は必要だから、残りの仲間は楽藍ちゃんの炯眼を信じさせてもらうよ」
「待て。楽藍ならその試験は直ぐに突破する、莽薙刀華単独でするべきだ」
瑠瑠の威嚇する様な言葉に、元首は考えつつも笑顔に呟く。
「いいじゃん、仮組織としての実力を垣間見るって点はさ」
「任せといてください!」
楽藍は元気よく笑みした。
城和国、それも国家機関に基ずく秩序部隊は琵琶鼓人など個人の感性に揺らぐ物は例外とし、チームは最低でも三人以上、六人以下と定められている。
少なすぎても、多すぎても統率に乱雑さが入ってくるからだそうだ。
刀華達はその場で解散となり、瑠瑠に睨まれながらも一先ず宝食城を出る。
やるべき事は首切り殺人鬼オッドー、もしくは幽霊列車の依頼を遂行させる。
試験か……いや、試験はいい。
色々物事が進みすぎて整理が追い付かないが、まず瑠瑠が物凄く怖い。
なにあれ? 俺が見て来た女の子であんな子はいなかったぞ。
目線も不快から殺意へとグラデーションしてたし。
殺されたりしないよな……怖。
「うーし、とーか。よ、ろ、し、く!」
肩を組み、大胆とする楽藍に刀華は疑問を浮かべる。
「な、良かったのか? だいぶ他の子と仲良さそうだったけど。出会って間もない俺の部隊なんざ、わざわざ来なくて良かったのに。瑠瑠の案で全然良かったぞ。嬉しいけど」
より正確には、瑠瑠に従わないと殺意で心臓が射貫かれそうだったからだ。
あんな視線を感じたのは初めてだった。
「新しい部隊だし、面白そうだったから」
「お前マジか」
「マジ」
大丈夫だろうか……。
「別に給料差し引かれた所で、琵琶鼓人として賞金稼ぎすれば大丈夫っしょ! でッ、仲間なんだけど、どうする? 友達いる?」
いつも通りの楽藍は、小悪魔に呟く。
「お~い、最後の煽りはやめろ。友達なら一人、心当たりがある。本当は一緒に琵琶鼓人としてチームを組もうと誘ってたんだが。まぁ首切り野郎を殺してから誘って見る」
「ほうほう。じゃ、向かおうか」
「……どこに?」
懐から出したのは一つの紙切れ。
国家機関が斡旋している物の様で、巨大な判子が捺印されている。
目で読んでみれば、宴屯と呼ばれる首都の北都市に『賞金首』オッドーが確認された……らしい。
実際に被害も少なからず出ている。
この書類、俺が琵琶鼓人だけなら間違いなく手に入らない情報だ。
「昨夜作られた書類だよ。私は賞金稼ぎだし、特務警察でもあるんだから名前出せば直ぐに情報を届けてくれるよ~。優先的にね」
「せこい」
前に楽藍とどっちが速く首切り殺人鬼を殺せるか勝負しようなんて言ってたけど、間違いなく負けてたな。情報戦で詰んでいる。
今日にでもこの情報は行き渡るんだろうけど、手柄を求める人にとっては差が変生まれる。
「首都は広いし交通機関も多いからね~。路面列車が近くにあったし、直ぐに移動するよ」
§ §
―――学校帰り、一人の少女は友人と別れ帰路を渡る。
いつも通り、変わらない日常だ。
白髪に綺麗な碧眼をした少女。
彼女の名はノノ・リンテーダ。
ハルバラード出身の元貴族『栄爵家』である。
多種他様、千差万別な魔族の枠組みで最も密度の高い種族、人魔族。
雪の様な白髪に碧眼、片目には眼帯をしている。
夜遅く、明日の定期試験に備え彼女は勉学に励んでいた。
「ゲーテのやつ……今度こそ、私があいつより天才だって証明してやる……!!」
彼女がライバル視している男、名はゲーテ。
元婚約者でもある。
少し珍しい森霊族、ゲーテ・ベルツァンラッサール。
将来、何者にでもなれる選ばれた存在『天才』だ。
同期なら最も賢者に近い人物だと言える。
だから、そんな彼への憧れを拒んだ。
同時に憧れる者になろうと日々彼女は努力していた。
「無興、無興……」
「え?」
背後から指す不気味な声に、彼女は驚き振り返った。
もう直ぐ家につく、人気もない無から声が聞こえた。
振り返る―――、
その時には彼女の頬へ手を当て、男は愛玩動物を可愛がるかの様に笑みする。
種族は人間だ、顔は暗くて見えにくいが魔力が無いのは直ぐに分かった。
歳は四〇程。
身長も高い、三メートルもある。
体格も何もかも生物的に強いという事が直感として伝わって来る。
「退屈、無興」
興奮気味に男は嘲笑う。
ゲタゲタと笑い、彼女の頭へ衝撃が伝る。
少女の視界にヒビが入り込む。
見ている世界が落下してゆく。
「ンフフフフフッフ、ゲェッヘヘヘヘッヘ。退屈、退屈……」
不気味な声が少女を刺す。
彼女の首は斬り落とされた。
芸術の如き、見えざる一閃。
首無しの体に男はひどく興奮し、先程よりも無邪気に笑い始める。
ゲタゲタゲタ、ゲタゲタゲタと騒音は止まない。
首と胴体の断面を綺麗に鉈で削り、一層笑い出す。
「今回は傑作!! この断面、肉の切れ目もそうだけど、どど、骨まで綺麗だろうぅぅう? 見えるかい、見える? なぁ、見ろよ俺の作品をよぉおッッ!!!!」
自らを崇め、それに共感を求め、教えを説こうとし、やがて怒号する。
一言で言えば、情緒が狂っていた。
本物の狂人。
「ねーねー。ここは遊び過ぎた、君はどう思う? そうだ、名前だ。君で52番目の妻だ。愛する妻の首、名前を教えてくれないか? マイ、ハニー。」
少女の首を落とした男。
名は『賞金首:首切り殺人鬼』オッドー。
過去に第二部隊によって取り押さえられるも、脱獄に成功。
情状酌量の余地もなく琵琶鼓城へと依頼要請されている。
可能であれば再逮捕、殺しも構わずという始末。
残酷無慈悲。
人を殺す事の快楽に、独自の美学に浸かっている。
中でも死姦、強姦が頻繁に多い。
名は不明だが童話を関しオッドーと伝えられている。
まだ城和国が貴族制であった頃の話だ。
当時は平民と貴族との境界を壊す為、元首を狙ったテロが多発しており、それを退治する『三従士』と呼ばれる秩序部隊の頭がオッドーであった。
優秀であり、貴族からも英雄と仄めかされた。
ある時、当時の元首が現在の元首と仙人の瑠瑠によって殺され、その日に城和国は転変した。
テロも一時的とは言え殆ど起こらなくなった。
まさに平和だ。
しかし、オッドーは違っていた。
何度も人を殺す事に感覚が貪られ、殺しが快楽へと変わってしまったのだ。
仲間だけでなく、部下や民にまで手を出し最後には仙人に敗れ死亡した。
最も多くの被害が出た最悪の大量殺人事件である。
「オッドー……」
そんな学んだ歴史が、ふと彼女の脳裏に過り生首で呟いた。
目からは涙と血で溢れ、視界が赤血にぼやけている。
口は閉じる事もできず、開けっ放しで血とよだれが零れ続ける。
呼吸ができない。
顔全身、脳まで麻痺し少しずつ黒子の様な点模様が浮かび上がってくる。
何かの病に陥ったような、惨たらしい状態。
「首って喋れるのかい、初めてだ。魔術ってやつかい? ンッフフウッフフフウフフ!! ゲッハハハッハハハッハ……!! 無興、無興、まったく、まったく、あぁ~まったく、まったく」
点模様が急速に増え、少女の顔はぐちゃぐちゃに腐敗されてゆく。
その光景にオッドーは爽快に笑う。
頬を紅潮させ、ただただ笑った。
彼女の消えない涙が慟哭となり、宴屯中を駆け巡った。
「そろそろ、この国は潮時かな。生首を整理しないと。んふふふ、無興、無興。あぁ、名前……聞きたかった」
愉快に笑い彼は首の無い胴体を花嫁の様に優しく抱き、紳士の様に歩き続ける。
―――ゲタゲタゲタと歯を出し笑いながら。




