第25話 特務警察
―――朝。
手錠をかけられ、護衛の様に五人の陣が莽薙刀華を囲っていた。
皆が知らない人物なら警戒もしていた。
何故か、後ろには楽藍と吟葉もいるのだ。
仄かに、不安が消えてゆくのを刀華は背で感じていた。
なぜ。現状への回想を刀華は無意識に始める。
―――昨晩。深夜、目を覚ませば知らない部屋にいた。
最近、こういう事多い……。
竜に食われ、阿修羅に任せたのが最後の記憶。
あれからどうなったか知らないが、とりあえず生きている事は理解できる。
そして、体もあんなボロボロから元通り。
痛みすらない、あんな目に遭って変な気分だ。
ふと、腹が音を鳴らす。
折角の依頼が下りた野伏遺跡、ノエルといい感じにパーティーを組めると思ってたが、いきなり行方不明になった。
……いや、行方不明は俺の方か。
「名前は」
影から人の声がした。
低いトーンだが、威圧的な雰囲気は感じない、殺意もない。
まず、誰?
部屋は少し花の香がしていたので、女性というのは何となくに思っていたが。
視線も見えない、感じない。
というより、感情が死んでるのか?
「莽薙刀華……」
「なら莽薙、明日にお前を元首の城へ連れてゆく」
元首……。
なぜに?
「……どういう? いや、記憶が色々と」
「質問に答えろ。お前の有している鬼神の名は?」
圧迫し、刀華の反応を無視し瑠瑠は設問を飛ばす。
「有してる……? 刀に封印されてるのだったら、阿修羅だけど」
一瞬、瑠瑠は考える。
鬼神と呼ばれる天災は羅刹、夜叉、阿修羅の三柱。
羅刹は他の二者と比較し強力過ぎたため、部位ごとに封印されている。
受肉する可能性が万が一あるとすれば、夜叉か阿修羅だ。
歴史として、一万と七〇〇〇年前に阿修羅が降臨。
そこで区切りがされ、八〇〇〇年前に再度阿修羅が顕現した。
それと同時期に羅刹と夜叉も生まれたとされる。
そこでも懲りず、世界を壊滅とさせた。
阿修羅が封印され一四〇年の経過。
エウヘリアス光国が創造した天使に似る者『仙人』を創った。
歴史の整合性は取れないが仮定として、阿修羅と羅刹、夜叉と三柱にそれぞれ何らかのコンタクトがあった可能性もある。
「お前、鬼神の危険性は理解しているか」
前髪を強引に引っ張り、俯いている刀華へ目線を合わせる。
痛ぃと抵抗するが、何処から現れたか骨腕に拘束され、涙ながらの刀華に瑠瑠は不快感を抱く。
「別に、あんたも鬼神の危険性なんて知らないだろ。ただの歴史だ」
ただの歴史、しかし、その歴史があったからこそ仙人が生まれてしまった。
「もう一つ」
「……はい」
「仙人に会ったか?」
「……んぅ?」
刀華は思い出すように、固唾を呑む。
最近になって、よく聞くようになった仙人さん。
確かに会ったが、なぜそれを設問にしたのか分からなかった。
「横腹に錬成番号が焼かれている。ワタシと同じ仙人だ、出雲幸将」
瑠瑠は服を捲り、数字、読めない絵文字などが乱雑に肌へと焼かれているのを刀華へ見せる。
まだ瑠瑠が人間だった頃に刻まれた番号だ。
だが、そんな事より綺麗な腹筋だなと思った。
「どこを見ている」
「え、あ……。その、番号とかまで全然知らねえけど……。会った」
「何か言われたか?」
「別に。一緒に城和国まで送ってもらったから、暇つぶしの日常会話……ぐらい?」
仙人は鬼神を殺す為だけに創られた。
とすれば阿修羅に対し嫌厭を抱くのも分かる。
でも、出雲は違っていた。
理由は定かではないが、阿修羅と共鳴している事実を知っていて、殺意の様な感情は見えなかった。
だが、瑠瑠からすれば鬼神が現世に現れる小さな可能性でさえ潰す必要がある。
それを見送った出雲が気掛かりでしかない。理解不能だ。
「その耳飾り、タッセルは?」
「御守りらしい。だからつけてる、意外と気に入ってんだよ。上げないからな」
「……出雲から渡したのだな」
「うん」
更に顔を近づけ、眉を顰め頬を手で挟んだ。
睨んでいるようにも、観察しているようにも刀華には映る。
ただ、頬が痛かった……。
かなり暴力的な人だ。
「あの、ここは?」
「ワタシの部屋だ」
幾つもの料理本が束ねられた書物、それを椅子代わりに瑠瑠は座る。
部屋はそこまで大きい物でもない。
最低限の生活レベルだ。
莽薙刀華を宿に投げようにも、朝にいなくなっていれば仕事が増える。
考えた結果、自室に招くしかなかった。
といっても、特務警察署内。
つまりは任務詳細などで使われる仕事部屋だ。
特に着飾った物は無いが、乱雑に主に料理本が散らかっていた。
「ワタシが一度お前を殺さなかったのは、出雲のせいだ」
「どういう事?」
「出雲はそういう奴だ。弟子でも何でも、気に入った奴に良くその耳飾りを渡し唾を付けている。だから、殺すのに迷いが生まれた」
つまりは、この耳飾りが無かったら殺されてたって事だよな……。
マジの御守りじゃねえか。
「話は以上だ。それと阿修羅は出すな。お前が死ぬのは、お前の実力不足が招いた結実だ。受け入れるべき、必然な死だ。お前はあの時、あの場で死ぬべきだった。次は出雲が止めても、ワタシが殺す。莽薙刀華諸共な」
―――とあり、現在その元首がいるとされる城へと向かっていた。
正直、整理もつかないし、ちょっと泣きそうだった。
ここにきて、依頼を受けて竜に殺されて阿修羅に頼れば仙人に掴まり、連行されている。
首都に設置された城、宝食城。
国を統治する元首が住まう場だ。
初めて見る大きな建造物、琵琶鼓城なんて比にならない。
門からして巨人族が通るんですか? と思うほど無駄にデカい。
城門を潜ると、雅楽の音や、兵士の訓練などなど意外と日常シーンが多く見受けられる。
楽藍達と同じ制服の者もおり、ここにも特務警察機関があるっぽい。
そして、先程から歩いているが広すぎる。
元首がいるからか城門以降、厳重に防衛が成されている。
「死ぬことは無いと思うから、緊張しなくていいよ」
吟葉はそう呟くが、刀華からすれば冷や汗しかなかった。
「元首。鬼神を連れて来た」
長く歩き、周りの景色を見て入ればあっという間に到着する。
案内された部屋には書類を大量にくしゃくしゃとした長髪の男がいた。
だらしなく見えるんだが、元首って凄い人だよな?
「……うぁぁ」
鼾をかき、書類を枕に元首は今も寝ていた。
まず、一瞬にして束縛ともいうべき緊張が解ける。
印象としては普通にだらしなかった。
怠惰という奴だろう。
朝……といっても、一〇時。だが、本人は寝ている。それも元首がだ。
「元首」
強めに瑠瑠は言葉を投げる。
「あぁ……瑠瑠ちゃんね。はいはい、昨日の報告……鬼神の件か。え、もうそういう時間」
楽藍は背中を押し、刀華を元首の前へと。小さく耳元で、ゴメン、と謝った。
城和国、『元首』二階堂理音。
長い黒髪を綺麗に結んだ美形な男。
歳は若く見えるが、精霊と人のハーフであり寿命は瑠瑠には及ばないが、見た目に寄らず三桁。
顔には細かな化粧が施されており、男であっても美しいと言葉が出てくる。
「じゃぁ。まず、名前は?」
「莽薙刀華」
「その刀、名前は? 鬼神がいる方の」
「摂儺……」
「瑠瑠ちゃんと戦ったんだよね。夜叉? 阿修羅? どっち? いや、どっちでもいいや。そっちと喋りたいし、代われる?」
「まぁ……」
と、仕方なく摂儺を抜き心臓へと突き刺す。
後ろから瑠瑠は刀華の背中を、首を床へと強引に押し付ける。
更に、首筋へと妖刀を当てた。
「君が鬼神ねえ。すっごい、本物だ」
「こいつは阿修羅だ」
瑠瑠の言葉に、理音は面白そうに眺める。
その顔に不快を感じ、げっそりと抵抗せず言葉を吐く。
「あーん? なんだ主、死にたいのか?」
「喋るな。設問のみに答えろ」
瑠瑠は首へ添えた妖刀に力を込め、流血させる。
「殺気だっておるな」
愉快そうな阿修羅を無視し、元首は呟く。
「君に訊きたいんだけど。羅刹と夜叉はどうなっているか分かるかい?」
「関りがないからな。そもそも、主らに教える理由もない」
瑠瑠の妖刀が首へ更に侵入する。
しかし、血はとうに消えていた。
侵入し斬ったそばから細胞レベルで蘇生される。
一見、首が切られている様に見えるが殆ど無傷に近かった。
「莽薙を殺せば、お前も死ぬ事は分かっている。死にたくなければ、設問にのみ答えろ。この距離だ、お前の術よりワタシの抜刀速度が上だ」
「試すか?」
「やってみろ―――」
パン、と元首が両手を叩く。
「おいおい、話が進まないって。羅刹と夜叉の件だ、ほんとに知らない?」
「はぁ、後で、刀華に説教でも―――」
腹へと妖刀が突き刺さる。
「はいはい、羅刹と夜叉かぁ。でも、どうなってるか知らないね。シッ、シッ、まぁ、余生頑張りなよ。雑魚ども」
「じゃぁ、君の目的は? 前回でもいい、なぜ世界を破滅に導いた?」
阿修羅が世界を滅ぼしかけたのは、誰もが知っている歴史だ。
そこから、仙人が生まれ、国や文化が築き上げられ現代にまで続いている。
元首の問いかけに、呆れるような目を向け阿修羅は静かに笑みする。
その真上では、いつでも首を落とせる様に瑠瑠が睨んでいた。
「主、だいぶ頭が悪いな。余が問いたい題意だ。何故金を稼ぐ、なぜ成長をする、なぜ生きようと? なぜ変わろうと、変化し何者かになろうとするのか。終わりがあると言うのに、それを知っていると言うのに。心底無理解、気味が悪い」
表情を出さない元首だが、目の奥を射貫き阿修羅が嘲笑う。
人を小馬鹿に見下し、悦に浸る驕慢な姿勢にも関わらず元首は丁寧に質問を繰り出す。
後ろで控えている四人の中、楽藍は不気味に顔が引きつっていた。
「どういう事だい?」
「分からぬか? その根源は『恐怖』だ。誰も彼も、恐怖があるから何かしていなくてはどうしようもなくなってしまう。余も同じだ、怖いから壊した。その後どうなったと思う? 恐怖は愉悦に変わった。舞をし、文化を知り、壊したい物を壊した。思わぬか? この浮世、現代は終わっている。遅かれ早かれ死ぬと言うのに、進化をする。世界に問うた事はあるか? なぜ、無ではないのか。何事にも始まりがある。無でさえも始まりの端緒かも知れぬな。この命題には二律背反が付き物だが、何事にも無常に存在しない始まりがある。次に終わりがあるから、皆はその過程に依存する。生死も同じだ、なら死がなければいい。それが恐怖にどう影響するのか、面白いと思わぬか? 恐怖がない前提から、全ての始まりに意味を捉える事ができる」
「君が世界を壊したのは、ただの道楽かい」
「さぁな」
『陸天世海』と呼ばれ、元々世界は五つと一つに分かれている。
人の住まう『人間界』
魔物や魔族の住まう『魔人界』
妖魔・幻妖族が住まう『物怪界』
今は亡き天使の住まう『天道界』
現代では魔族へと種族統一された悪魔族の住まう『地獄界』
その五つに加え、観測されない魂が住まう『万混界』
「世界を一つに繋いだのは有名だけど、あれも娯楽か何かで解釈する気かい?」
「懐かしいな。余は死という概念に興味があっての。万混を観測し、それを地に落とそうとした。世界を不滅にさせるため。破壊はただの好奇心だ」
「万混を落とす……?」
「世界の融合は、万混を落とす土台を創っただけに過ぎん」
現世と常世を繋ぎ、そこを起点軸に五つの世界を一つにしたのが現代刀華と共鳴した阿修羅である。
危険度で言えば最も戦闘力に秀でた羅刹が危惧されているが、歴史の痕跡を見るに過去の被害では阿修羅が最も関与している。
観測されない世界『万混』を地に落とす。
面白いと感じるが、やっている事が馬鹿らしく元首は呆れ果てる。
偶然術に恵まれたか、先天にも後天にも力がある者は稚拙な思想を描く。
昔の城和国の様に。
「夢物語だね。他にも訊きたいけど、だいぶ眠そうだ」
「陰陽同士で、合わぬからな。精々、五分程で意識が飛んでしまう。特に今日は一度外に出たのだ、直ぐに眠くもなる」
抵抗を見せず、阿修羅は目を瞑り額の角が淡く消えてゆく。
「じゃぁ、もう帰っていいよ。次出る頃は、君が死ぬ時だ。鬼神」
小馬鹿にする様に、シッ、シっと阿修羅は笑い出す。
「恨まれた物だ、たかが八〇〇〇年、されど八〇〇〇年。そうだ、主、仙人だったか。道理で、丈夫だと思っていた。でも、足りない。主の死のビジョンは、余に見えていた」
「誰かに寄生していなければ、ろくに会話もできない虫。早く、莽薙に変われ、お前にもう用はない」
角も消え刀華へと変わった所で、瑠瑠は拘束を解く。
先程妖刀で傷つけた身体的損傷は全て治癒されていた。
「じゃ、莽薙君。質問その一なんだけど、刀はどこで手に入れた?」
先と変わり、ニッコリと元首は言う。
「もう滅んだけど、アプルっていう村で師から貰った」
「ん……聞いたことないね。刀を取り上げれば解決と思ってたけど、共鳴でしょ? 刀無くても、出せるもんねー。済まないけど君は常識に扱えないよ。君を殺せば鬼神も死ぬんだろうけど、受肉じゃなく共鳴だからね。あの鬼神の。なら、殺すのはちょっと勿体ない。こういうのは、仙人の役目だし。君、どっかで働いてる?」
「最近、琵琶鼓人を始めた」
村の金がなくなる前に、職にするつもりでいた。
野伏遺跡では宝も見つからず、仲間のノエルとは気づけば分かれており、現在進行形で最悪な状況になっている訳だが。
俺、どこで選択肢間違えたんだろ。
やっぱ、遺跡にいかなきゃよかったのか。
それはそれで、ノエルが被害にあってたろうし。
死人が確実に出る。というか、俺は死んだ。
「じゃさ、特務警察に入ってくれない? 僕が言えば拒否権の無い命令なんだけどさ。今の部隊を変えるのは面倒だし、新しい部隊つくるから、入ってね」
「あ。はい」
刀華はあまり理解できていないが、拒否権もなく頷く。
特務警察についてはそこまで詳しくない。
でも職に就けるのなら願ってもない機会だ。
安定している事を願う……。
「元首! なら、私達が監視しま~す」
楽藍は吟葉の手をとり、二人で手を上げる。
「二人は多いかな、というより第一部隊を入れるのは避けたいね。どこかで面子を入れたいけど、そうそう特務警察に入れる人なんていない訳だし。というか、いるならいっぱい部隊作りたいんだけどね」
特務警察は第一部隊から第五部隊、戦力としての序列が明確にされている。
第一部隊のエリートを新たに設立される第六部隊に二人も編制させる程粗末な序列ではない。
そもそも、阿修羅の様子を見るのに莽薙刀華を元首直属である精鋭部隊『特務警察』に特例とし作る訳だ。
「ワタシが適任だ。次に阿修羅を出せば殺す。第一部隊はワタシがいなくとも機能する。楽藍と涼歌は、ワタシに次ぐレベルまで来ている」
「うわぁ、なにそのムカつく謙遜」
涼歌は楽藍と目を合わせ、やれやれと笑みする。
「出雲君と会ってるし殺さなかった理由があるんでしょ。僕は時代じゃないからね、ただ殺しはダメだと言っておこう。それは、莽薙君があまりにも可哀想だしね。でも、受肉をしたなら別だ」
「あの……受肉とか共鳴ってまだよく分かってないスけど」
阿修羅が説明してた様な、していなかった様な。
どっちにしろ、頭に入っていないので刀華はぽつりと呟く。
そこで、元首は分かりやすく話を続けた。
羅刹、夜叉、阿修羅の三意鬼神は有名だが、それ以外の物怪も当時は討伐できず封印したという歴史は良くある。
封印は全てそれ専用の妖刀でのみ行われた。
上手く共鳴すれば、物怪の術を使役できると考えられた為である。
封印された妖魔は三意鬼神を省き全部で四四柱、今ではその妖刀の居場所は不明であり見つけ次第城和国が管理している。
過去、一人の人間が『物怪』大天狗が封印された妖刀を発見した。
彼はそれを自らの器に下ろす事で、テロを起こした。否、起こす予定だった。
腕に自信があったか、ただの傲慢か、今となっては不明。
自らの器に物怪を下ろし、物怪を屈服させ魂を共鳴する事で力を得ようとした。
結果は失敗、その人間は死亡し大天狗が完全顕現されてしまった。
当時、楽藍と瑠瑠の二人で当たっていた特務任務である。
それが受肉。器無き魂が宿主を乗っ取る現象。
例外なく、受肉された時点で元の器は死亡する。
対して共鳴は魂を同価値に、共に生存する事を意味する。
共鳴は器との血縁関係、もしくはその者を服従させる事で起こる現象。
使い魔なんて呼び方もある。
だが、莽薙刀華の共鳴に関しては瑠瑠も元首も理解不能だった。
鬼神に子孫はいない、失礼招致だが莽薙刀華の実力で阿修羅を手なずける訳もない。
契約紋の検査もしたが、何もない。
もしかすれば、他にも共鳴できる未知な理屈がある可能性もある。
どちらにせよ、放置していい存在ではない。
「共鳴で言えば、ワタシの術も当てはまる」
物怪『餓者髑髏』を召喚する術。
先祖が妖魔と結ばれていたり、契約した事で人間の遺伝に混じ生まれる。
共鳴しているのが魂か遺伝かの違いだ。
「なるほど……ちょっと分かった」
元首はその場で座り、刀華と目線を合わせる。
「それで、話の続きだ。君の部隊のお話」
「はーい! じゃぁ私だけ入りまーす」
楽藍は横から元気よく、笑顔に手を上げた。




