第2話 狩猟
この村『アプル』は二年程前から、魔族がちょっかいを掛けに来ることが多い。
森付近で現れた魔族は、前にアプル村を強襲した連中と同じ部隊組織だった。
村へ来る途中だったか、何故か坊主一人に対し三〇と一匹の部隊で森を殲滅させていた。
砲台のテストをしていたのかもしれない。
抵抗されない様、村をほぼ一撃で壊滅させんばかりとする確実なる威力を。
「魔族と言うのはな」
心羅は胡坐をかき、少年に分かりやすく伝え始めた。
端的に言えば俺達人間とは別種の種族で見た目は似ているが角が生えてたり、羽が生えてたりと妖の様に様々としている。
種族も多岐に渡る、それが魔族。
そして妖の根源は災厄に相似している。
自然現象や都市伝説に命が目覚め、自我が生まれる現象的存在。
それが妖、妖魔とも呼ばれている。
あの世からやってきた、なんて噂も聞くが。
根源から生まれた妖が繁殖し、今の世界に存在している。
「魔族らは魔法を扱う。俺達人間や幻妖族でいう妖術だ」
心羅は俺へと色々教えてくれた。
知らない事が多すぎたが、むしろ好奇心が刺激され楽しかった。
幻妖族というのは魔族同様人間とも姿形が似通っている。
寿命がバグっていたり耳があったり。
幻妖族には魔力がなく、俺達人間と同じ妖気が備わっている。
神話時代、妖魔と人との共存から生まれたと歴史にあるらしい。
勿論、俺は出会った事が一度もない。
「魔族には魔力が流れている。魔力に権能を流す事で魔法を放つからな。権能というのは、術と同義だ。理解できるか? 坊主」
「ふーん」
人間、幻妖には術と妖気、それらを昇華させた妖術が。
魔族は権能と魔力、それらを昇華させた魔法、まとめればこういう理屈だろう。
名前が違うって事は、それぞれが別種なんだろうな。
明日には忘れてそ。
「坊主、これからどうする? 村に来たはいいが、正直扱いに困っている」
え……? 村に来いとか言っといて、困るなよ。
俺の方が困るってば。
心羅としては坊主の衣食住は保証するつもりでいた。
だが、働いてもらう必要がある。
何かしら村への献上が必要なのだ。
莽薙勝意もそうだ。
滅んだワシュタルデ村から一人歩き倒れており、拾った。
それが二年前程。
勝意の衣食住も保証し、礼として狩猟を学び村に食糧を送っている。
他にも村の外部の者がやってきた際の防衛などだ。
巨大な蜘蛛の妖魔が村を飲み込もうとした際にも、警備隊によって討伐した功績がある。
正直な話、少しでも村としての戦力が欲しかった。
村はそれほど広くはないが、不自由もない。
しかし、他の村を見つけ次第には貿易を取る必要もある。
アプルの村から送れる物資は少なく、戦力となる警備隊を要に踏んでいるのだ。
しかし、目の前の坊主が来た事でこの村に妖魔が住むことになった。
村としての戦力が一気に向上した、そう思い心羅は微笑んでいた。
「またいつ魔族が現れるか分からない。妖魔が村にいる事で威嚇にはなるだろうな」
「は? 俺の家族は戦わないぞ。というか、戦わせない、死んだらどうする?」
しかし、坊主は妖魔を村の戦力として数えないと言い出す。
意味が分からなかった、だからと言って追い出す薄情者でもない。
そもそも村に来いと言う条件に妖魔を部隊に加えるなど一言も言っていないのだ。
坊主からしてみれば、そっちの方が意味不明に映るだろう。
どうしたものか……。
「妖魔はどういう理由か坊主の事が好きらしいし、魔族が攻めて来ればお前を守る為に戦うと思うぞ」
「なら、その前に俺が倒す……!!」
心羅は鼻で笑いながらも、少年の目を見つめる。
「倒すな、殺せ。ここは、そういう世界だ。既に被害が出ている以上、こっちが交渉を望んでいる内に村は壊滅とされる」
……殺す。
狩りとは違い、人を殺すという行為は考えた事がない。
身を守る為の抵抗はするが、殺す発想にまで至らない。
価値観に則せば、瀕死で十分という結論だ。
「坊主は弱い。どうやって倒す? 相手の数がもっと増えている可能性だってある」
あれは色々に急すぎた、未知数すぎた。
そもそも魔法という概念も知らなかったし……。
いきなりの奇襲であの数一人で対応するには、事前情報が何もない。
無理。心羅以外誰でも無理。
けど、
「狩りは教えてもらったからな。戦えるぞ!!」
猪をよく狩っていた。
これが、まァ弾力あってマジで旨い。
最近は木の実だったが、今思えばしばらく猪狩りはしていなかった。
てか、魚食べたい。
「そうだ、俺が今から猪狩って来てやるよ……!! 猪祭り!! そうしよう!!」
全身包帯まみれだけど、狩りぐらいはできる……と思う。
骨折までは逝っていない、動かす事はできる。
「坊主の狩りを見るのもそうだが、まず質問一つ。武具は何を使っている?」
「基本は術使ってるけど、強いて言うなら術から創った剣とか薙刀だな」
「刀は持っていないのか、今時珍しい。あーいや、坊主は森で育ったんだな」
「心羅の刀? それ、すげぇ妖気込められてるけど」
面倒だが意識し感じとろうとすれば、分かる。
妖気を刀に纏わせる技術? 術?
よく分からんが、凄い刀ってのは俺でも分かる。
「これは呪が込められた呪装具の刀、妖刀と呼ばれる物だ。まだ屈服させる程俺は強くなくてな、使いこなせていない」
「へー」
「おい、少しは興味持て」
「いいから、速く狩りに行こうぜ。腹減ったし、妖刀なんざ語られても知らん」
―――その後、村から出かけ猪狩りをする事となった。
俺の狩りの姿が見たいらしく、最初は手伝ってくれないらしい。
非効率な。
別に普段から狩ってるからいいけど……。
「お。いた」
「術は使うなよ」
「はいはい」
覚えてるか? とでも言いたげに、心羅の声が背中に刺さる。
出発前に言われたけど、丁度今に思い出したところだ。
で、今いる場所は村から少し離れた森林。
家族と一緒にいた場所とは違い、崖が多い。
何と言うか、無駄な立体感がある……。
枝を伝っては移動し続ける。
見失わない様、万が一にも備え心羅が後ろへ追いかけてくる。
「ぅーし」
本来なら死角から術を唱え、一発で脳天凍結させるが今回はそうもいかない。
心羅に貸してもらった金属製の刀、中でも切れ味は最高で頑丈。
しかし、無駄に重いのがネック。
アプルでは瓦刀と呼ばれており、基本的にこの刀が武具として代表的に扱われている。
「よッ―――」
背中を狙い、空へ飛躍し刀身を振りかざす。
相手は妖でもないただの動物、術もないし勝てる。
いつも通りだ。
物音に敏感なのか俺の一刀をギリギリで避けてきやがった。
そのまま予備動作を消し、顎から頭まで刀身を天に仰ぎ即死させる。
避けられたのは意外だけど、感想はそれくらい。
マジでいつも通り……。
というか、術を使えば一秒だ。
「もう一匹くらい欲しいな。祭りだ祭り、猪祭り!! 腹いっぱい食うぞ」
その様子を見ていた心羅は素直に関心していた。
無論、素人なので武具の扱いも自然と培ったものだろう。
だが、正解。
それに空中で構えを変える事や、あの大振りから予備動作零で狩猟に成功した。
才能と呼ぶには本物に失礼だが、勝意に迫る物を感じる。
間違いなく、この坊主は村の戦力になると確信がついた。
そういう奴には決まって声を掛けている。
それを確かめる為、坊主を見に来た。
「坊主。俺の弟子にならないか?」
「え、おっさんの弟子? シンプルに嫌だろ」
はっきり断られるとは思わず、結構傷つく心羅。
空気と同様にあしらう少年に、再び声をかける。
「……っ。坊主、お前は弱い。魔族が攻めよったとき、妖魔に戦わせたくないんだろ? 俺はどっちでもいいが、どうする? もし弟子になるなら、上手い飯から術の扱い、剣術まで教えてやる」
心羅の言葉に、一瞬の葛藤が生まれた。
が、正直俺の命よりも俺をここまで育ててくれた家族の命を優先したい。
別に、俺が死にたがりという意味ではない……が。
てか、どっちでもいいってなんだよ。
「分かった……。家族には戦ってほしくないからな」
「よーし、そうと決まれば俺の事は師匠と呼べ。いいな、坊主!!」
「……」
「ん? 一回呼んでみたらどうだ? もう今からお前の師匠だ」
なんか、抵抗感がある。何故だろう……。
「えーい、ししょー」
棒読みするも、心羅は笑いながら背中を叩いてくる。
こんな成りだけど、強さは本物だもんな。
でもなー、なんか合わなさそう。
§ §
その後、猪を狩り終えては村へと戻り皆の夕食準備をし始める。
俺が肉を捌こうと思えば、その前に合わせたい人物がいるという。
「俺が知ってる奴か?」
師の背中を見つつ、部屋の畳を渡っては案内される。
「坊主、お前で三人目だ。仲良くしろよっ」
「……ん?」
一つの部屋へ入ると、俺は立ち止まる。
師匠と俺の他に、目付きの悪い男、身を縮めおにぎりを食べてる女と二人いた。
というか、俺はこの二人を知っている。
「お前ら、三人目の弟子だ。自己紹介しろ」
……弟子、そう弟子だ。
あの魔獣から一緒に走って逃げた二人。
漆黒色の短髪に、人を食ったような顔つきの男、後かなり眼付きが悪い。
腰には一本の刀を差している。
直ぐに感じれたが、妖刀という奴だな。
「俺は莽薙勝意。新入り……? お前あの時の奴か。見た感じ弱そうだが、なんつーか体から成ってないな。雑魚、マヌケ」
こいつ、性格悪い……。
俺と歳も変わらないだろうに。
「私、桜木萌萌。よろしく、そして気安く萌萌と呼んでください……!!」
雑に後ろへと束ねた黒髪に太い睫毛、透明肌をした少女。
なぜ、おにぎりを食べながら自己紹介をしているのか分からないが、可愛い。
よかった! こっちは普通の子だ!!
「坊主、お前も自己紹介しろ」
師に背中を押され、何となく恥じりながらも小さく頭を下げる。
一様、俺より戦いにおいては先輩かもしんないしな。
ここはコミュニケーションを取っておかねば、妖も大事って言ってたし。
「えーと、よろしく。特に自己紹介つっても、話す事ないからなー」
「お前の名前だよ。なんてーの?」
勝意は言葉を投げる。
「無い」
「は?」
「だから、無いよ名前。なんでも好きに呼んでくれ」
「名前が無い……のか……。そうか」
何か考え込む勝意。
しかし名前なんて、本当にどうでもいい。
考えたことすらない、それくらい興味が無い。
「俺は坊主と呼んでいる」
と、隣の師がいらん事を言う。
別に伝われば何でもいいけど。
とりあえず、部屋を出てはそれぞれ飯の用意をした。
焼米に、土を掘っては小粒の炭に燃えやすい綿、その上に大きな瓦を起き、高さを調整しては網を敷く。
色々と調理法を教えてもらい、すっかり夜。
俺や妖の家族、勝意、萌萌、師匠とで瓦椅子に囲み、猪肉を頬張っている。
油もぎっしり、弾力も破格、最高に美味い!!
勝意と萌萌は俺が猪を狩っている間に魚を狩っていたらしく、それはそれは美味だった。
猪は余分に狩ったので、残りは村の人達に上げた。
「にしても、すごい量の妖魔だな……」
勝意は当たりを見渡す。
どこを見ても、妖だらけ。
危害は加えないようだが、それでも不気味な空気だ。
「坊主、明日には怪我が治るはずだ。みっちり鍛えてやるから覚悟しておけ。まず先に剣術を教えてやる」
「剣術……」
「基本の流派は世界に三つある。どれか一つでもマスターすれば大したものだ」
「へー」
そーか、俺強くならないといけないのか。
家族を死なせない為に……。
けど魔族がまた攻めて来た時、俺は殺せるだろうか?
生き物を殺すのは、食糧としてなら何度もある。
今日の猪だってそうだ。
けど、害を与えるからと殺せるのか?
なにか大切なものを落としそうで怖い。
殺すのが怖い。
この感覚は、これからも大事にしておこう。
人を万が一殺す時があっても、忘れないように―――。