第15話 それぞれの思想
神銘大帝国オルゴーラ、帝都から北東に渡った先には巨大な魔王城がその場を制している。
魔王城にてジンは友人でもあるラウラと共に、アプル村へと向かっていた。
ラハードの帰りが遅く、魔王ギリウスは他国へ出向いている為、独断で仕事より優先しラハードの元へと向かっていた。
魔王様でさえ、帰りがそこまで遅いとは考えもしていなかったはずだ。
ラハードは強い、魔王直属精鋭部隊『三闘鬼人』だ。
国を象徴するに辺り、少しながらも影響を及ぼす。
「ここのはずだけどー」
隣のラウラが言い、ジンは景色を眺めた。
村、そう呼ぶには聊か難しいだろう。
土が掘り起こされ、大量の石が綺麗に削り建てられている。
所々には村の人間と思わしき名までその石には彫られていた。
素人が作った形だけの墓、そういった印象を受ける。
墓―――それ以外が全く何もない。
ラハードの姿も、そもそもここが村なのか何度も記憶を遡り、地図の記された魔道具まで取り出すが間違っていない。
認識として、向かった果てではラハードも村の人間も、誰も彼もがいなく虚無でしかなかった。
「これは」
一歩踏み込めば、土が柔らかい。
畑でも耕したかのように、村全体の土が柔らかいのだ。
ここの地形に関して詳しくはないが、少し外せば普通に硬い地面があるというのに、この村だけ土が妙に柔らかい。
墓をつくる為、死体でも埋めるために全部掘り起こしたか?
少し歩けば魔剣ダグラスが突き刺さっていた。
何かの衝撃で飛ばされた形跡、ラハードの魔剣だ。
ジンは魔剣を回収し、 視線を隣へ飛ばす。
「ラウラ。オマエ、あれ持ってきてたよな。使ってくれ」
「あいよ」
何にでも収納出し入れ可能な魔道具。
形は小さな指輪だ。
その指輪が淡く輝き、次元が裂けては、また一つの魔道具を取り出した。
球型に、いくつもの時計が気持ち悪いほど装されている。
ラウラが魔力を送れば時計の針が進みだす。
魔術陣が極大に描かれ、ジン、ラウラ二人の前に一つの映像が映し出された。
目前の滅んだ村アプルが、時が戻ったかのように動き出す。
なぜこういう結実に、誰もいなくなったのか齟齬の確認を込め、過去の、世界の痕跡の一部が再現されてゆく。
最初に姿が見えた。
配下を引き連れ、魔術結界を発動させてはアプルへと闊歩する魔族、一本角に細身でありながら、巨大な魔剣を背中に添えている。
―――ラハード・ファトゥルフ、彼は慎重を重ね警戒しつつ村へと進みだした。
その再現された光景を、二人が沈黙に凝視する。
ラハードを初めて流血させた人間、心羅。
そしてオレが滅ぼしたワシュタルデ村出身という人間、勝意。
コイツの顔は知らないな。
心羅、勝意と二対一でラハードに挑むも人間二人は敗れた。
ここまで、ラハードはそこまで大きく疲労はしていない。
当たり前といえばそうだ、ラハードは強い。
―――なら、何が起こったのか。
本当にその場にラハードがいるかの様に、声が、音が、その場の炎の音や虫の音、風といった雑音まで鮮明に再現成されてゆく。
魔道具の時計はぐるぐると、バグったかの様に不気味に回っていた。
「なんだ、逃げて来た口か? 包囲結界で逃げれないが……この村の戦力は皆無となった。今この瞬間にな」
ラハードは心羅の心臓を潰し、重なってはジンと共に少年へと目を向けた。
印象としては、赤いメッシュに黒髪紅眼と、どこにでもいるただの一般人。
だが少し面妖だな。
「師匠、勝意……」
その人間は、悲嘆な乾いた声を吐く。
意外にもその目に絶望は無く、哀哭しそうな殺意が大きく宿っていた。
「ラハード・ファトゥルフ、だったか名前」
下から睨む人間に、ラハードは嘲笑う。
「既に自己紹介をしているって事は、お前……最初に俺から逃げた奴らか。お前のせいでか、二人は俺に敗れ死んだぞ。いや、結果は変わらなかった、が正しいな」
大剣を背負い、ラハードは心羅の妖刀を手に掴む。
それは同じく、後ろに再現映像を見ているジンやラウラとてそうであった。
魔王様が探している、鬼神が封印された天下無双シリーズの妖刀……。
本命は羅刹の部位を集め、ギリウス様へ降ろす。
だが、本命でなくともプランとしての意味はあるのだし、ラハードはそれを狙っている。
「この村にあったね」
ラウラは隣でそう呟く。
二人はただただ干渉できない、再現された過去の映像を眺め、そしてラハードが人間に殺された所で少しずつ空気が騒めく。
ラハード・ファトゥルフは死んだ。
心羅の奇襲があれど、名の知れぬ人間の共鳴した妖刀からラハードは殺された。
―――映像は停止し、ジンは疲労し倒れた人間に目を寄せる。
角だ、共鳴の際の現象とし一時的かもしれないが中にいる鬼神を半分降ろしてやがる……。
「キモ。どういう原理?」
敗北したラハードの解釈に、ラウラは不快でいた。
「知らねェ。顔は覚えた、名の知れぬ紅眼の人間……」
「どうする? 魔王様への報告は……やるしかないね。仕事サボるの、自分で報告する様なものだけど」
沈黙なジンは頭の中で何度も紅眼な少年を思い描く。
忘れぬ様、そう、親友が殺されたのだ。
ラウラはジン程情深くもない。
冷淡に、悲嘆もしない。
「帰るぞ、ラウラ。ここには何もねェ」
「……怒ってるの?」
謎の緊迫感が続き、ラウラは首を傾げジンの金眼を覗きこむ。
乾いた眼だ。
あまりにも、そう、友人の死を見てあまりにも素っ気ない眼―――。
ジン・グリオノヴァール。
普段の彼はどこかふざけており、たまにいじられる。
少なくとも、ラウラにはそう映っていた。
いつもと変わらぬように見えて、温度が伝わってくる。
「オレは思ッたんだよ。ラウラ」
少し進んだ荒野の岩へ腰かける。
その横へと、きょとんとラウラは座り込んだ。
「魔王はなぜ、ラハードを行かせた? オレも一緒に同行してりァ、勝てていた。なぜ? ラハード一人を行かせるのに、なんの意味が大義が、腑に落ちねェ。……なにが平和だ、一番近い仲間を何も守れてねェだろうが」
「……平和にも犠牲がいる。でもさぁ、特に感情は芽生えてこない。ほら、家族のいる魔族軍も全滅したけど、一人一人の死を重く受け止めないだろうし。ね? 少なくとも私はそう。アンタは違うのね」
犠牲……。
魔王というのは世界を均等に調和する為の十二構成平和組織『十二天衆』。
平和……違うなァ……一番の平和は犠牲のない世界だ。
犠牲がある時点で、平和への結実は破綻している。
過程での犠牲にだって、ラハードの死を無かった事にはできない。
「なんか、アンタは大変そうだね」
―――ラウラ・ファルフォーラ。
彼女は生まれつき、感情への理解が薄く、感じとれない。
小さな国を軍兵の一人として攻め滅ぼし帰還したとき、約一三〇年前の話。
当時、多くの犠牲ながらも国の領土を獲得でき、目的の天下無双シリーズを手中に収めることができた。
彼女は、ラウラはただ茫然と皆が悲しんでいる姿を見ていた。
ひょっとすれば、今の自分に新しい変化が現れるのかもしれない、感情が生まれるかもと。
胸へと、心臓へと手を当て一呼吸。
だが、何も感じれない、悲しさが出てこない。
何も、何もかもが虚無でしかない……。
「お前は少し異質だな、ラウラ・ファルフォーラ」
「そー?」
ジンは帰還が遅く、ラハードとラウラ二人は他愛無い会話を始める。
「眼だ、深く無興な死んだ眼。戦いはつまらないか? 俺は好きだ。己の強さが高く肯定される」
オルゴーラという国自体には、特に大きな被害は無かった。
被害が出たのは兵士、死亡や行方不明者も大勢おり家族は悲しんでいるだろう。
兵士の遺体が次々と運ばれる姿にラウラは、ぼーっと呆れ顔で眺めている。
「別に、どーでも。戦いに身を置けば、友人が死んだとき感情が私の中で生まれるかなって」
「なんだ、死んだのか?」
「全員確認してないけど、今の所死んじゃってるね。でも、何も変わんない。死んだ、って思うだけ、そこには事実認識以外何もない」
死んだ、と認識しただけで目を瞑り、込み上げる何かを期待しても、やはり虚無しかない。
何も感じない、感情がないのだから表情もない。
作った表情も、皆には不気味がられるので直ぐに止めた。
彼女は悲嘆しない、憤怒も、驕ることも、嫉妬も、不安も恐怖も、尊敬、好奇心、勇気、感謝、罪悪、愉悦、後悔、恨み、悩み、苦しみ、愛も希望も絶望でさえも、その情動を彼女は知らない―――否、彼女の中でそれは存在しない。
「怖くないのか?」
周りに死人が大勢流れ、偶然自分が助かった。
死んでも不思議ではない、次は死ぬかもしれない、そんな恐怖心をラハードはラウラに煽る。
しかし彼女は無表情に、
「恐怖? 何に対する? いや、何に対しても私はそれを知らないね」
素で答えた彼女へ、面白そうにラハードは微笑する。
「死ぬのは怖くないか? 看取ってくれる奴がいないと、悲しいだろ」
「無理解」
運ばれてくる遺体を景色に眺め、彼女は話す。
淡々とラハードの設問に、適切に応じる。
彼女にすれば、世界の全てが空っぽに、無色に、否、色という概念でさえ見えない。
学生の頃はそれでイジメに遭い、周りから気味がられる。
仕方ないじゃん、私はそれを知らないんだから―――。
「私からすれば、アンタ達が気持ち悪い。世の中、己にとって損か得かの二択、主観的価値観は弱点にもなり、私にしてみれば感情というのは、本来あるべき理想の選択肢を妨げる不可逆な異分子、損を生み出す存在だ」
「打算的……損得なー。ラウラが今俺と話しているこの時間は損か? それとも得か?」
「提示された選択肢に損得が生まれる。この状況に、そんな概念はない」
ふと考えるラハード。
何か上手いと言わせるいい言葉が出てきそう、もう喉の直ぐそこにまで昇ってきている……。
「母親に、怒らないから本当の事を言ってと言われ、真実に答えれば結局怒られる感じだな」
……虚無になった。
世界が停止した、何とも言えない感覚に陥ってしまう。
「……はぁ?」
上手く伝わっていない事を確認し、ラハードはまた一つ呟く。
「ん? これはどうだ。先生に怒鳴られ、帰れと言われ、本当に帰ろうとすれば引き止められる」
「……何が言いたい?」
「お前は、自分を出すのに『恐怖』があるんだろ、多分、知らんけど。だから、今のラウラの状況と似ている」
「似ていないね」
沈黙が続き、寒い風がラウラの髪を撫でる。虚無、いつも通り、だけど―――
「……ふッ」
ラハードの意味不明な言葉で、彼女は人生初めて、唯一、小さく笑みをした。
しょーもなさすぎて、冷えた空気に笑いが込み上げてくる。
ラハード本人はウケたと思ったかも知れないが……。
「なんだ、笑ったじゃねえの」
「しょうもない……」
冷淡に見えるラウラの何とも言えぬ表情、微小に、ラハードもつられ笑い出す。
「そういえば色々遺体運ばれてるけど、ここで突っ立ってるって事はまだ残ってる他の友人、探してるのか?」
「友人は四人、その内二人は死んでいる。残り二人はどこか、何となく探している。あぁ……今見つけた、死んでないっぽい。腕は無いけどね」
身体全土がボロボロで、腕は大砲で射貫かれたかの様に横腹から肩にかけ腕一つがまるごとぶっ飛んでいる。
友人はラウラに気づくことなく、倒れたまま呼吸を必死に整え運ばれていった。
「片腕か、普通に悲しい」
同情し、ラハードはそう呟く。
だが、隣のラウラはきょとんと疑問に感じてしまった。
「……? 私には両腕がついてるぞ」
「損得で言えば?」
「私からすれば、どちらでもない。その題意はあの友人に当てるものね」
そろそろ帰るかと、ラウラは移動し始めラハードも後を付けてゆく。
「なんだ、友人の心配はしていないのか?」
仮に友人を助ける事が可能なら、私は恐らく動いていた。
この結果が分かっていたのなら。
でも、動かず私が見殺したのなら、罪悪感という感情は生まれていただろうか。
助ければ、逆に何の感情が生まれていた?
達成感?
正義感?
私に対し、害がないのなら、損がないのなら明日が終わろうと、世界に終焉が来ようと、森羅万象全てがどうでもいい―――ひたすら、どうでもいい。
私の正義は、私の益にしか直結しないのだし。
「心配という意味が分からない。でも、むず痒い気持ち悪い感覚ね」
「良かったよ、感情無くても心があって。そーだな……感情が死んでるなら、教えてやろうか? これは勉強だ、お前の、今のその感情の名は。まぁ、そう、単純に―――」
そこで、ラハードとの会話の記憶が失せる。
ラウラは今でも覚えている。
ラハードのしょうもないギャグ、あれ以降一日一回はあの意味不明な構文を聞かされる羽目にもなった。
友人であるラハード・ファトゥルフはいない。
悲嘆も何もない空虚な私は、何も感じれない。
でもきっと、ジンは私と違うのだろう。
「ジンがあの人間を殺せばいい、ラハードの敵をとる。その感情の名は、後悔というものだ」
「そのつもりだ。オマエはどうする? あの人間」
私もジンと共にあの人間を殺す……。
憎い、でしょうね……この場合の正解な感情は。
でも私にそれはない、私はラハードの敵をとる資格がない。
強く思う、強い感情を持つジンがあの人間を殺せばいい。
多分、私はその人間に会っても危害を加えてこない限り、殺さないと思う。
得がないのだから。後悔も生まれない。
なぜ、わざわざ死ぬ可能性もある、疲れもする損を誰かの為にするのか、ひたすら意味不明だ。
「分からないね」
―――だから、中途半端な答えしか出せなかった。
ジンがあの人間に負けた時、どういう顔をするのか、心情を示すのか、その金色の瞳な何色に染まってゆくのか、それを感じる私にどんな変化があるのか、微小な好奇心が慟哭する。
「お前は相変わらず。……笑ったこともなさそうだ、オマエらしいが」
「かもね……」
ジンがあの人間を殺せば、私の心は生まれるのか?
私があの人間を殺すべきなのか?
ずっと、感情を探す為に私は行動している。
「魔王の探していた妖刀、あれは紅眼人間が所持し共鳴までしている。なら、あの人間を殺す事は魔王の任務を熟すと等しい」
そう呟くジン。
「とりあえず、報告だな。ラハードは死んだ、兵も含めて」
独断で仕事より優先し、アプルへと来た。
魔王様に知られれば、少し怒られるかもしれない。
「だね。でも、魔王様に怒られる前に美味しいご飯が食べたい」
「帰ったらどっか、食いに行くか」




