第13話 小さな歴史
蕈苔の討伐、琵琶鼓城で引き受けた依頼書を懐に不備がないか彼女は目を通す。
巻物に記された依頼内容。
依頼欄には国家公務自警団『第三部署』と偉く長い文字が羅列されていた。
「その自警団ってなんだ?」
後ろを歩きながら、依頼書を見せてもった刀華は呟く。
「城和国には民間人を守る社会的組織『秩序部隊』と呼ばれる機関がある。自警団とはその一つ、事前に災害対策を目的とした組織だ。部署というのは、それぞれの担当領域の割り当て」
アプルと少し似通った感じだな……。
あんな小さな村でもそうだったし、やっぱ集団で過ごす社会概念に必要不可欠な物なのだろう。
―――蕈苔が大量発生。
見せてくれた依頼内容では生態系バランス崩壊の可能性を視野にいれた物とのこと。
蕈苔遺伝態から新たに生まれた新種の蕈苔寄生態という存在が良い証拠で、森を起源に繁殖が始まり新たな蕈苔が次々に生まれるという。
今までも蕈苔繁殖態や、物怪レベルの蕈苔国家態が生まれている。
胞子が風へと飛び直接人に害をなすなど、どんな新種の蕈苔が生まれるか未知すぎる為、討伐依頼が低ランクから高ランクまで張り出されているらしい
厚生機関によると基本的に生態系表において蕈苔は有害以外の何物でもなく、率先して絶滅すべき種なのだとか。
繁殖能力がヤバいと知ってたが、ここまで危険視されているとは……。
「我と一緒に城和国へ赴くのだったな」
「こっから半年かかるらしい」
「冗談。汝は歩いて向かうつもりか?」
え、違うの?
コイツは何を言っている、と言わんばかりな銀の瞳を向けてくる……。
「馬を使い、一週間かけ城和国に向かう。時間はあるのだ、暇殺しの話ぐらいは付き合ってもらうぞ」
てっきりこのまま歩いて城和国へ向かうと思っていた。
半年かかると聞いていたのが一週間でつく。これ程までに幸運な事はあるだろうか、刀華は頬を染め心の中で踊りそうな喜びを必死に耐える。
だが隠し通せぬにったりとした表情に、彼女はキョトンとしていた。
「これに乗るぞ。借りて来たものだ」
「ほえー」
馬車。屋根も雨を凌ぐように設置されており、見て見るにかなり丈夫な作りになっている。
欠点を述べるなら荷物もあり少し狭いぐらい、頑張っても大人三人ぐらいでいっぱいな空間だ。
「狭いのは我慢してくれ」
「おう」
けど、なぜ急に馬が現れた?
蕈苔の時、俺を助けてくれた時には気配すらなかった。
―――どこからか、妖気……? もしやだが、
「これって馬じゃなく、妖魔か? よく見れば角生えてるし……」
「空馬と呼ばれる次元を渡る低級な妖、温厚で器量も大きく特別人に危害を加える事も少ない。琵琶鼓城ではこういった需要ある妖は貸してくれる」
なるほど。歩いて半年、それが馬車だと一週間はどうにも腑に落ちなかったが、次元を渡るとなれば話は別だ。
原理どうこうは知らんけど、術関連なのだろう。
馬は飼いならされており、勝手に城和国へと向かってくれるので俺達は中で座ってるだけだ。つまりは、暇、超暇。
―――乗車し、少しすれば歩き始める。
ゆっくり、だが時々窓際に見える景色がぶれている。
次元を渡り、外界の時間を遅延させているのだ。
「汝、城和国へは何用なのだ?」
笠を置き、彼女は頬杖に呟く。
「とりあえずは、強くなりたいし琵琶鼓城で働こうかなって考え。けど、あんまし深いとこまで考えてないな」
刀華の中で最初の目標は生きていく事だ。
魔王ギリウスとジンへの復讐であっても、今戦えば死ぬことは分かる。
三闘鬼人とは言えラハードを殺せたのは、師や勝意、摂儺との共鳴などいくつもの要素が重なったからだ。
琵琶鼓城を職に、安定しだしては名を売り稼ぎにしようと考えている。
無論、そう上手く事は運ばないとは知っている。
「琵琶鼓人になるという訳か。最初は趣味でやるのをオススメするぞ」
「そうなのか?」
「ああ。刀華の実力なら問題は無さそうだが、戦い慣れていない者が受ければ報酬と命とで見合っていないと止める者も少なくない」
彼女は一つの分厚い書を取り出し、広げる。
全てではないが、城和国の交通機関や秩序部隊、地域、貿易と多種に項目が分かれ具体的に記されている。
その中で琵琶鼓という欄を目次から探す。
城和国には三つの琵琶鼓城が建設されており、それぞれ依頼も多様だ。
依頼を要請するのは、基本誰にでもできる。
極端な例では、ペットの猫を探してほしいなどのFランク依頼から古代妖魔の眠る遺跡調査Sランクなどがある。
ランクが高い程報酬も比例してくるが、琵琶鼓人は己の実力に見合った最適なランクの依頼しか受理されない。
それを簡単に可視化したのが琵琶鼓札という物だ。
下から順に黒、白、黄、緑、赤、青、桃、紫の八つの色からなる。
初心者の黒札はいきなり高ランクの依頼を申請しても、受付で受理されない。
それぞれ札色によって依頼を受けれる難易度に幅がある。
黒札は低ランク、紫札だと高ランク依頼の他にも、特務警察という琵琶鼓に提示されていない依頼、というより任務を任されることもある。
彼女にもいくつか設問を飛ばし、ある程度は刀華も理解をする。
「そういえば、超今更だけど。お姉さん名前は……?」
一緒に蕈苔を討伐し、他愛無い話もしていて、まだ名前を知らないという事に気づかされる。
勝意が言ってた通りだ。
―――名前がないと、喋りずらい。
人と会話する上で、生きていく上での名前という概念が刀華の中で印象深くなってくる。
彼女もそういえば伝えていなかった、と気が付く。
そもそも、彼女が人と話したのは琵琶鼓の受付以来だ。普段は旅をし、娯楽小説を集める事や温泉巡り、金銭への余裕がなくなればバイトをしている。
琵琶鼓人にも興味を持ち、今はそこで落ち着いていた。
彼女の名は―――、
「我は出雲幸将、出雲と呼ぶと言い」
鷹揚とした語調に、自然と受け入れそうな刀華には既視感があった。
そう、知っているはずだ。
三大流派の一つ、
「出雲捌身流……」
ふと溢した刀華の言葉に、彼女は―――出雲は答える。
「我はその開祖だ。仙人とも呼ばれている」
§ §
一万と七千年前、生きる災い『鬼神』阿修羅が世界を壊滅させた。
この言葉は、鬼神に関する書記に多く記された言葉である。
しかし、同様に別の歴史書では八〇〇〇年前に阿修羅が再降臨し、現世と常世の世界を繋いだとされる。
今いる妖魔や魔物、幻妖族や魔族などは本来この世界に存在しない種であり、環境に適応した者が繁殖し現代に続いていると明記。
阿修羅が封印され一四〇年が経過した頃に、またもや世界の歴史が動く。
―――今は亡き帝国・聖天光国エウヘリアス。
奴隷を大量に仕入れ倫理観を度外視した史上最悪の人体実験大国である。
『魂』という曖昧物質には、認識できずとも存在する事が賢者アインによって証明された。
あらゆる生命が万混と呼ばれる魂のみが存在を許される異世界を通り、魂が経験、体験した全て―――『人生』を万混そのものである世界意志記憶書へと還元させる。
そして何もなくなった抜け殻な魂は、また世界へと落とされ輪廻転生が繰り返されている。
あらゆる生命が産み落とされ、進化をし世界に繁栄させる。
しかし、絶滅する種も当然ながら出てくる。
いずれ頂点にいる種であっても、死に至る。
―――なぜ死ぬのか、それは個として不完全だからである。
しかし、唯一の例外がいた。
純白の翼に輪が頭に浮遊している天使族だ。
世界意志記憶書は、本来は天使族が管理していた現象。
あらゆる生命の人生を記録し、学び、次の進化を生み出す。
同胞である完全生命体『天使』を目指して。
それが、彼ら彼女ら天使による繁栄概念の一つであった。
天使は他種と違い、魂を物体とし知覚できた。
魂から魔素エネルギーを具現化する技術から、魔法や妖術に対抗してきた。
エウヘリアス光国にて、天使の魂をルイヘライス人と呼ばれる人間種の技術『錬金術』により、魂という膨大な魔素エネルギーを賢者の石として実体化させ、人間へと強制的に受肉させた。
本来人間には妖気が流れている、魔素は人間にはない物だ。
それを人間に強制的に受肉させる事で、強力な拒絶反応が起こり結実として、大量の死者を出した。
今ではそれを実行した帝国も滅び、天使も狩られ絶滅し、ルイヘライス人は後に咎人とされ皆が処刑された。
天使の魂も錬金術でさえも、賢者の石製造の痕跡は後型もなく消え失せたのだ。
賢者の石を受肉させられた人間、その数は約二億。
効率を重視した人間工場も設立され、魂を受肉させること二年。
その中で四人が適応し、後に仙人と呼ばれる天使と人間の混血が生まれた。
その四人以外全ての人間は適応できず死亡する。
鬼神を殺す為だけに作られた存在とされるが、生物兵器とも書記によって描かれている。
仙人は妖気の他に魂は実体化しないものの、代用に精神エネルギーを気に変換した仙術を扱う。
「世で知られている仙人は、そういう物だ」
先とは別の分厚い歴史書を読み刀華は、理解を深める。
「鬼神が復活した時の、切り札……四陣仙景。色々スケールが凄すぎて……難しい」
「この身は賢者の石に順応した事で不老不死でな。なにせ暇だ」
「寿命っていう概念がないのか。すごい」
仙人に関して、皆が最初に魅せられるのは不老不死という現象だ。
いずれ人は死ぬ、生を受けて以来の不変なプログラムだ。
これだけは、受け入れるしかない事実。
魔族や幻妖族であっても長寿なだけで、死という終わりは避けられない。
だが、仙人だけは違う。
現実、当の本人達からすれば不老不死は一種の拷問に近い物でもあった。
それも今では少しづつ風化している。
「寿命。しかし感情も摩滅する。対策はしているのだがな」
「対策?」
「刺激や変化だ。身体は不老不死、だが精神はそうともいかぬ。精神は既に老衰しているのやもしれぬ。感性は昔と変わらぬが。だから、今は風来坊だ。自分探しの旅、人助けの旅、また術や剣の技をもう一度基礎から極めるのも良い。我の役目は鬼神を殺すのみだ」
「な、なるほど」
精神の死、感情の死を感じた期間は長くある。
出雲は何度か自害しようと考えたこともあった。
理由は特にない。
ただ暇だったから、ただ何もせず世界にいるだけだったから。
孤独感もあった、だから弟子を作り剣術を極めさせた。
やがて弟子も離れ、学を深め始める。
使わない言語、古代文字、魔法文字、魔術の法則、時に絵画や他国文化に浸る日もあった。
刺激を求めていた。
生きている意味を考え、やがてそれを探している事に生きる価値を見出せず苦悶した。
だが、それこそ二億人もの命の尊厳や価値を殺してしまう事になる。
鬼神がこの先顕現しないのなら、それは良しと考えている。
仙人の存在意義は、生きるという活動の大義は、命を燃やしてまで鬼神を殺す事のみ。
少なくとも出雲はそれで自身の存在意義を完結している。
―――最初に、刀華と会った瞬間に刀へと眼が行った。
特徴的な彫が成された妖刀、鬼神の眠る天下無双七英神将。
「時に一つ……。汝の持っている妖刀に興味があってな」
「あーこれか。俺も詳しく知らないけど、共鳴ってのしたらしい」
一瞬、出雲の中での葛藤が生まれた。
今すぐに目の前の莽薙刀華を殺すかだ。
阿修羅はかつて世界を融合し、壊滅させた現況。
共鳴したのなら、莽薙刀華の魂と阿修羅の魂は同価値。
心臓を射貫けば、三柱の一つを潰す事になる。
「え。なに……?」
コツン―――と、柄頭を刀華の心臓へと押し当てる。
「いや。何でもない」
―――だが、今、目の前にいるのはただの人間だ。
「我も同じものを持っていてな。これは羅刹の一部を封じた『一覇』と呼ばれる封印刀だ」
突き付けた刀を、刀華へと見せる。
蕈苔の巣を崩壊させたのとは、別の妖刀。
彫も摂儺と同じものが描かれている。
「俺と同じ……」
「この広い世界に七つしかない妖刀が、こうも出会うとは。旅をしてみる物だな」
「そういえば、なんで七つしかない妖刀に三柱の鬼神が封印されたんだ? 残り四本、妖刀余らないか?」
前にも師匠や勝意、萌萌とで話していて疑問になっていた。
「生前。阿修羅や夜叉はともかく、羅刹は強すぎて単体の封印は諦めた。だから、具体的には阿修羅、夜叉、そして羅刹の右腕、左腕、心臓、精神、思念と計七つだ」
羅刹の部位が封印って……単体じゃないんだ。
でも、封印って事は阿修羅や夜叉も誰も倒せなかったって事だよな……。
今では天下無双の様に特定封印する呪?
そういった技術人は存在せず作り方も不明と萌萌が言っていた。
咎人となったルイヘライス人関連……?
「万が一の仙人だ、怯える必要はどこにもない。そういえば、もっと城和国で知りたい事はないか? 良い温泉宿やスイーツの場所を把握している」
「聞きたい!」




