第25話 脅威は未だ去らず(一)
「それでは、会議の方を始めていきましょうか」
会議が始まった。そこには樋里や押立、そして八千代ら「吉祥寺」の人間が数名と、桃井区長及び杉並区の人々、そして政府の担当者がやって来ていた。そう、これは、今後の展望について話し合う「作戦会議」である。そしてここは杉並区庁舎。約束通り、区長が送迎車を出してくれた。もちろん、押立の車を使っても良かったのだが——ご厚情をわざわざ拒むこともないだろうと、樋里はこれをありがたく利用した。
そして、なぜ政府の担当者がここにいるのかというと——。
あの「戦勝記念パーティー」の後、樋里と押立は政府に電話で報告を上げ、杉並区を味方につけた旨を伝えたのだが、彼はひどく驚いて、「えっ、それは……嘘、ではないんですよね?」と、信じられないといった感じの反応を見せた。おそらく、政府側は、自衛隊の立て直しが完了するまで、《《とりあえず》》前線を守り抜いて、吉祥寺も出来れば奪われないようにしてほしい……とでも思っていたのであろう。まあ、いずれにしても、敵を、一部であるとはいえ味方につけたなどと聞かせられれば、驚くのも無理はない。
それで、樋里はさらに「明日、区長と会おうと思っている」ということも伝えたのだが——電話口の彼はまたもひどく驚いた様子で、「必ず行きます! 僕が行けなくても、政府の誰かしらを必ず行かせますから! 先方にもその旨、伝えておいてください!」と、樋里らに選択の余地を全く与えずに参加を決定されてしまった。
とまあ、こんなところである。
杉並区との交渉を成立させ、直後に攻め込んできた練馬軍を退けて、そのすぐ翌日。流石に慌ただしいような気もするが、脅威は未だ去っておらず、予断を許さない状況が続いているのだから、対策は出来るだけ早く講じた方が良い。今日のメインの議題は、「いかにして練馬区南部を制圧するか」である。
「まず——我々の目的というのを、共通認識として共有しておきましょう。まず第一に、『東京国』による吉祥寺奪還作戦を断固阻止すること。もちろん最終的には『東京国』自体を降参に追い込むことが目標となりますが、ひとまずはこれが最優先事項でしょう」
区長がまとめ役となり、議論が始まっていく。
「それでは、練馬を一気に占領してしまうというのはどうでしょうか! あっ、私は政府から来ました、戸越中延と申します、よろしくお願いします」
「えーっと、お言葉ですが……それは流石に無理があるのではないかと思います。練馬区は杉並区よりも広いですし、東西に延びています。埼玉県に面している分、そちらの方の義勇軍にも協力を仰げばある程度太刀打ちは出来るでしょうが……あの数——そうでした、戸越さんはいらっしゃらなかったので——百数十人程度で、あれだけの脅威たり得た相手に対して、そこまで大胆で迂闊な行動は起こせないかと」
戸越の、有り体に言えば荒唐無稽な主張に対して、冷静に反論する八千代。絵面としてはシュール——というか、なんだか見ているこっちが恥ずかしくなってくるのだが、なんにせよ、八千代はやはり並の大人以上に頭の切れる少女なのであるということがよく分かる。戸越の方も、気まずそうにしている。
「ですから、必要最低限、武蔵野市との境界からある程度のところまでを掌握するのが最善かと思います。いかがでしょうか」
押立も、身を乗り出して議論に加わる。
「僕は良いと思います。どの程度まで確保するかというのはちょっと判断しかねますが……そうですね、ここまでの議論は少々前提を欠いていた気がするので……吉祥寺含め、改めて各所の現在の状況を報告し合いませんか。区長、どうでしょう」
「そうですね……完全に失念しておりました。ではまず、我々の方からお話ししますと……。例の件で、『寝返り』は既に『東京国』の方に知れ渡っていると判断しましたので、早急に区境界部に軍を配置しました。今のところ武力衝突等は発生していない様子ですが、練馬の急襲があった以上、油断はできません。また——これは政府の方にもお願いしたいところなのですが——現在、杉並区全域で昨日から停電が発生しておりまして、非常に困っています。『東京国』側への圧力なのでしょうが、協力関係となったからには、これはもうやめていただきたいのです。現在、この庁舎も非常用電源と発電機でなんとか持ちこたえているという状況でして——」
「えっ待ってください、今『昨日』って言いました? それって昨日以前は動いてたってことですか? えっ?」
何かが引っ掛かった様子で、戸越がややもすればわざとらしくも見えるようなリアクションを見せる。
「我々の方では、独立宣言の翌日昼頃から既に二十三区全域への電力供給がストップされているという認識だったのですが……」
予想外の情報に、戸越以外の誰もが困惑した。もちろん、桃井区長が最も「理解できない」という顔をしていたのだが。
そう、「独立宣言の翌日昼頃」ということは、ちょうど樋里と押立が吉祥寺前線基地にやって来て——そして、最初の戦闘であっけなく敗北した、あの頃ということだ。
桃井区長が、混乱を振り払いながら、こう答える。
「ええ、昨日、ちょうど練馬軍との戦闘を終えた頃に、部下から報告を受けたのです」
「そうですか、うーん……。流石に電力会社の人がそんな変なミスをするとは思えないですし、停電の知らせがそんな時間差で届くはずもないですもんね、うーん、うーん……」
樋里も、この謎の真相に思いを馳せる。電力会社の方からは、何日も前にはもう電力を止められていた。しかし、昨日までは杉並区全域で電力が使えていたというのだ。杉並区全世帯の電力を何日分も賄えるような巨大蓄電池が埋蔵されているわけでもないだろうし、使えたとするなら、それは確実にどこかしらから提供されているものだ。電力会社の変なヘマであるはずはない。そんなどうしようもないミスをしでかすような輩なら、原発なんてものは最初の一秒でダメにしてしまうだろう。
電力が使えなくなったのは、ちょうど練馬軍との戦闘前後。つまり、それは「交渉の後」であって、そう解釈するなら——と、ここで、樋里の中で一つの仮説が組みあがった。特に瑕疵は認められない。にわかには信じ難いことだが、もしかすると、これが「真実」なのかもしれない。
それで、樋里はようやく口を開いた。
「あの……一つ、こんな説を思いついたのですが」
参加者の注目が一斉に樋里に集まる。
「ここ数日の杉並区の電力は、東京国から供給されていたのではないでしょうか?」




