第22話 蹴散らせ練馬軍
焦らず、急がず……今はただ、耐えきればよいのだから。そう自分に言い聞かせて、樋里は指揮を開始する。都知事が杉並区長に「吉祥寺を破壊するな」と言っていたというなら、彼らの目的はあくまでも杉並軍に「罰」を与える事であろう。まあ、吉祥寺の軍勢もまとめて一掃してやろうと思っている可能性が高いと思われるが……。
「彼らの狙いは区長、あるいは杉並の兵士——つまり、今ここにいる我々を殲滅しようとしていると思われます。彼らはおそらく、既に杉並が『寝返った』ということを察知して動いている。区長が逃げたことまで気が付いているかどうかは分かりませんが……本当に気を付けてくださいね、これは、本当に射殺されてしまう可能性すらある——文字通り、命懸けの作戦なんです」
一部の兵士が息を呑んだ。今まで漠然としか捉えることの出来なかった、あるいは遠い先のこととして考えていた「死」が、突如目の前に現れたのだから、無理はない。
と、ここで、八千代が思い切ったように声を上げた。
「あ、あの……! やっぱり私にもそれ、手伝わせていただけないでしょうか……!」
先ほどの件があったため、樋里はあまり無理強いをする気にもなれずにいたのだが、非常に頼もしい助っ人が名乗りをあげてくれた。彼女の助けがあれば、きっとうまくいく。
先ほど区長に向かって銃弾を撃ち込んできた切り込み隊員たちは、数発のやり取りののち、ひとまず鎮静化させることに成功した。
さて、問題はここからだ。百人規模の部隊が、おそらく複数の方向から、樋里らを取り囲もうとしてくる。四方を塞がれれば、きっと一巻の終わりだ。だから、少なくとも退路は確保しなければならないし、かといって「攻め」の姿勢を一切見せなければ相手はこれが好機とばかりに一斉に攻め込んでくるだろうし——。
きっと、悩んでいるのが顔に出てしまっていたのだろう。八千代から、強い語調で、こう言われた。
「樋里さん! ここは私に! あなたは確かに『導く側』の人間ですが——だからといって、全てを抱え込む必要はないんですよ、だから、ここで悩んでいるくらいならば、何をすべきか考えるのは私に任せて、あくまでもリーダーとしての役割に徹してください!」
耳の痛い、鋭い指摘だった。そう、樋里は、昔からそういう男であった。どこか強迫観念にも似た強い責任感から、自分に出来ない、あるいはかなり苦手なことまで、何でもかんでも引き受けてしまい、結局キャパシティオーバーで何も成し遂げられないという、そういった類の失敗を繰り返してきたのだ。しかし、今回は、八千代の助言もあって、そのようなことにはならなさそうだ。
「状況を確認しますと、現在北方からの侵入を確認しており、増援がやって来るであろう東方面の道を塞がれないように注意しつつ、真北——つまり、善福寺公園の方面からやって来る敵を食い止める必要があります。その上で、可能性は低いと思われますが、住宅街区域の道路、あるいは我々——吉祥寺義勇軍がやって来た西側の道からやってくることも考えて、注視しておく必要があります。これを満たすためには、まず——」
八千代によって、作戦が、恐ろしいほど詳細に、そして綿密に練られていく。樋里は、取りこぼすことのないように集中して、それを咀嚼し、反芻する。彼女のその目は、大きく開いていた。きっと、極度の集中状態にあるのだろう。信じられないほどの早口について行くのはかなり大変だったが、やがて彼女は説明を終え、そして——樋里に向かって、こう言った。
「さて……今私に出来ることはすべて行いました。ここからは——あなたのターンですよ」
そして、バトンが渡された。八千代が提案した作戦を全員に伝え、そして最終的に実行させるのは、他ならない樋里の為すべきことであった。八千代は最善を尽くしてくれたはずだ。つまり、ここにいる誰も死なせず、彼らを追い返す——その目標を達成できるかどうかは、樋里の的確な指示にかかっているのだ。
覚悟を決めて、息を大きく吸って、樋里は叫んだ。
「ここからは三つに分かれます! 北部からの侵入を防ぐのに三十人程度、西部の注視に十五人程度、東部からの経路確保に三十人程度、これから僕が指示する通りに分かれてください! ここからの指示、連絡等はすべて無線機にて行います! 作戦中、決して気を抜かないように、そして、危険な行動は決してせず、確実に、安全に、集団で行動するように、どうかお願いいたします!」
先ほどからおどおどしていた一部の兵士たちも、もはや後戻りできないことを自覚し、覚悟を決めたのか、皆揃って真剣な目をしていた。
「誰一人傷付くことなく、この戦いを耐え抜きましょう!」




