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たちあがれ多摩の衆人どもよ  作者: 椎葉 十嵐
吉祥寺前線基地編
18/27

第18話 杉並区長・桃井和泉(一)

 樋里らが目を覚ましたのは、それから何十分かが経ってからのことであった。

 今日は、杉並区長と話をする日だ。諸々の支度を済ませて、午前七時頃、出発するということになった。

 荷物の整理を行っていた樋里のもとに、八千代がやって来た。何やら、真剣な表情でこちらを見つめている。そしてほどなくして、決心したかのように、喋り始めた。

「あの……樋里さん、お願いしたいことがあるのですが」

「な、なんでしょう……」

 雰囲気に呑まれてうっかり敬語が出てしまったが、そのことは指摘されなかった。

「今日は私も、連れて行って欲しいんです」

「えっ……」

 思わず驚きの声が口から漏れ出てしまった。昨日、ここに残っていてもらったのは、彼女の身の安全を考慮してのことでもあったのだが……。

「こちらの予想に反して、やはり戦闘に持ち込まれる、であるとか、あるいは交渉が決裂して全面戦争ということになるとか、そういった風に、かなりの危険が付き纏うことになるけれど——それでも良い、ってこと?」

「はい……! ここに残って万が一の場合の支援を行う人たちには申し訳ないですが……こんなところで、手をこまねいているだけなんて——そんなこと、私はどうしても耐えられません、だから……お願いします」

 その眼には、奥底から湧き上がってくるかのように、強い決意が感じられた。逡巡する必要はどこにもない。答えは一つだった。

「……分かった。じゃあ、ついて来てくれ。ただし、くれぐれも危険な真似はしないように」

「……! ありがとうございます!」

 こうして、今回の交渉には八千代もついてくることになった。あれほど頭の切れる彼女であれば、恐ろしいほどの交渉術を既に会得していてもおかしくはないし……足手まといになるどころか、むしろ役に立ってくれるだろう、と樋里は考えていた。


 そして、出発の時間となった。

「あのような手紙を送りつけてきたことや、昨日の人の証言を考慮に入れれば可能性はかなり低いと思われますが、万が一ということもあります。気を抜かずに、頑張りましょう……!」

 未だ疎らではあったが、「はい!」「もちろん!」といった声も、徐々に聞こえるようになってきていた。

 都道を北上し、しばらく行ったところで右折する。しばらく真っ直ぐいけば、もう東京女子大学の付近だ。樋里たちは、二十分ほど歩いて、目的地に到着した。

 手紙に「付近まで」と書いてあったということは、おそらく、ここで待っていればあちらから出てきてくれるのだろう、という判断から、樋里たちは区長の出てくるのを待つことにした。

 この予想は的中し、五分ほど待ったところで、最低限の護衛を四人ほど引き連れた人がこちらに近付いてきた。彼は、樋里たちから七メートルほどの距離を取って、話を始めた。

「こんにちは、樋里数馬先生。私が、杉並区長の桃井和泉ももいいずみです。どうぞ、よろしくお願いします」

 いかにも温厚そうな、白髪交じりの男性。これが、杉並区の区長であるらしい。確かに、この感じを見ると、「弱腰」などと評されるのも無理はないかもしれない、と樋里は思った。しかし、彼はそれと同時に、長年の経験から来ていると思われる「貫禄」も、同時に併せ持っているように思えた。

 樋里は、気合いで緊張を吹き飛ばして、口を開いた。

「はい、よろしくお願いします。桃井さん」

「早速ではありますが……皆さんをこちらにお呼びした理由についてお話ししましょう。これは、言ってしまえば『交渉』のためです」

「ええ、存じております……昨日の件で、少々お話を聞いてしまいまして」

「さようでございましたか。その節はご迷惑をおかけして申し訳ありません。さて、早速樋里先生にお伺いしたいことがあるのですが——構いませんでしょうか?」

「もちろんです。どのような用件でしょう」

「『交渉』と言いましたが……我々は、まずあなた方の意見が聞きたいのです。それによって、こちらが提示できる交渉の内容も異なってきます。そこで質問です。この平和的交渉の場で、皆さんは何をお求めになりますか?」

 一見、こちらの意見を最大限尊重するという意思表示にも見えるが、こちらを試しているようにも、はたまたこちらの要求につけ込んで都合の良い提案を使用としているようにも聞こえる。慎重に言葉を選ばなければならないが——樋里にとって、いや、吉祥寺前線基地の全ての人にとって、答えは一つだけであった。

「吉祥寺に侵攻することを、もうやめにしてほしい、これだけです。いかがでしょうか」

「ふむ、なるほど……」

 そう言って、桃井区長は長考を始めた。片手を顎に当てるベタなポーズで、一分ほど考えたのち、このような結論を出した。どこか、勝利を確信したかのような表情をしながら。

「残念ですが、やはり我々もその要求を丸々呑むことはできません。吉祥寺の奪取は、都知事による至上命令でもあるのです。我々は、吉祥寺が欲しい——いや、手に入れなければならないのです、どうしても。あなた方に譲ることのできないものがあるように、我々にも甘んじて捨て去ることのできない願いというものがあるのです。現在のように、それらが完全に衝突するのだとしたら——その先に待っているのは、全面戦争しかありません。皆さんの方だって、大切な吉祥寺に傷を付けたくはないでしょう。これは、皆さんにとって有益な提案です。どうか、吉祥寺を我々に明け渡していただけませんか」

 樋里は狼狽した。この区長は、想像していたよりもずっと強かである。「下っ端の彼」の言葉を信じすぎたのが悪手であった。

 樋里は、言葉に詰まってしまった。


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