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ゴーン  作者: 京本葉一
7/10

 いとかわゆす。

 あぁ~、いとかわゆす。


「……きぃ、きつねだー! きつねがあらわれたぞー!」


 山から里に降りると悲鳴があがるようになった。

 私である。

 ゴーンである。

 あの()はプリティーこの()はキューティーと、うきうきと可愛さを堪能していたというのに、ヒトという生きものは、相変わらず察しが悪くて困る。


 絶大なる力をもった私をまえに、敵対勢力が狂乱するのはしかたがない。敵対勢力の一員であったものたちが、不安を抱くことも理解はしよう。しかしながら、時を経るにつれて恐怖を増大させるのはいかがなものであろうか。

 心理的にも物理的にも、とにかく距離が遠い。

 この地で私に近づく者は、旅の僧であった道石(どうせき)のみである。毎度毎度、献上品もとい農作物の詰め合わせを籠ごと押しつけられる道石が、生け贄のようにおもえてならない。


『おまえたちには何もしておらんというのに』

「逆らうことの難しい相手が、絶対に逆らわないことを誓わされた存在ですので、ゴーン殿は」

『子々孫々、末代にいたるまでな』


 なぜ、この土地の衆生から恐れられているのか。

 もちろん私は悪くない。


 いとかわゆすを巡る旅は、すでにリピートモード。私は島全体を周回していた。すべての可愛さを愛でんと大志を抱き、大陸に渡ることも考えはしたが、それは己の幸福にすぎない。この島の同族たちの安寧をおもえば、限界も感じよう。結果、これまで築きあげてきた関係を風化させない道を選んだ。

 可愛い娘たちを愛でるついでに、かつて崇められていた土地や、道虫ゆかりの寺院などにも立ち寄り、ヒトのサポートを続けている。自然災害を防いだり、五穀豊穣をもたらしたり、薬の作り方を教えたり、警告を与えたり、不埒者をこらしめたり、いろいろと尽くすことにより、多くの敬意をあつめてきた。

 私の噂は縁のないところにまで広がりをみせていた。

 私を利用しようと企む愚か者があらわれることも必然ではあったのだろう。


「射てー!! やつを射殺せー!!」

「だめだ、一本もあたらねぇ!」


 たしかに私の力は絶大である。高度な情報収集を行ない、軍略を授けるだけでも、勝利を手にすることは容易となろう。しかし、私はゴーンである。平和主義者の紳士である。ヒト同士の殺し合いや領地争いなどに興味はない。


「殺して、くれ、後生だか、殺してくれ」


 一番偉そうな奴をていねいにていねいに肥溜めで泳がせていると、もっと偉そうな奴があらわれて会心の土下座を披露した。肥溜めで溺れ死ぬことは、このうえない屈辱であり、死んでも死にきれないほど恥ずかしいことであるらしい。よい見せしめとなり、末代にいたるまで我が同族たちを守護することを誓わせ、万事解決となった。


『私に相手にされないからといって、山に火をつけて同族すべてを皆殺しにしようとか、頭おかしいだろう。あの者たちの名誉の基準がいまいちわからん』

「彼らは己の領地を守ること、己の領地を広げることに、すべてを賭けるのです。己の命と誇りを、己以外のすべてを、平然と」

『在り方自体が狂っておるな』


 通訳は道虫ゆかりの旅の僧、道石がおこなった。


 立場は違えども、旅の途中で顔見知りに出くわすと、なかなかに盛り上がるものである。そこで偉そうな奴に目をつけられ、騒動になってしまい、逃げきれず、拉致されて通訳係をやらされることになった道石は、万事解決したあとも民衆から懇願され、旅に出ることができずにいた。


 民衆を見捨てるような奴ではない。

 私がこの地にいるかぎり、道石はこの地を離れることができない。

 私と接することのできる道石は、私の仲間と思われてもいる。留まることを懇願されはしても、親しまれることはない。寺院を建立することもかなわない。

 憐れにはおもうが、だからといって道石のために可愛い娘たちから離れる気にはなれないので、気休めにコミュニケーションをとることもある。


『開祖である道虫とも、こうして河原で語りあったものよ』

「なんと、ゴーン殿から初代様の話を聞くことができるとは、感無量です」

『月明かりのない夜であったな』

「初代様が遺された書にも記されておりました」

『道虫の署はすべて、住職を継ぐ者だけが読むことを許される、秘伝書ではなかったか』

「我々は、いたずら坊主でしたもので」

『盗み読んだのか』

「どうか、お許しを」

『道虫が決めたこと、べつにかまわん。私のことはなんと記してあった』

「神のごとき圧倒的な力を持ちながら、それを私利私欲のためにつかわない。真の強さをもった偉大な御方であると」

『どこまでも私を尊ぶやつだな、道虫よ。よかろう。ならば私もあやつの名誉を高めてやろう。聞くがよい。おぬしらの開祖道虫は、私が一目置くほど川魚を獲るのが上手かった』

「ほう、それは記されておりませんでしたな。初代様の知られざる素顔、ふふっ、道砂(どうさ)の奴が知れば、泣いて悔しがるかもしれません」

『道砂が住職を継いだのであったな』

「はい」

『おぬしと道砂は弟子入りした時期も年齢も差がなく、器の大きさや能力も同格といってよい。どちらでも住職の重責は担えようが、あやつのほうが開拓気質が強く、旅に憧れを感じているとおもったのだが』

「それゆえに、とでも、もうしましょうか」

『ほう』

「いたずら坊主であったのは、拙僧も同じなのですが……秘伝書に記されておりましたゴーン殿の秘術に関しては、異なる想いを抱いております。猛き初代様が尋常ならざる修行法とのみ記された禁術。日常の修行の尊さを記されたのち、それでもなお『煉獄』を求めるのであれば、20年に一度、儀式のために姿をあらわしになるゴーン殿に礼を尽くして嘆願せよ……幼きころから現在にいたるまで、これは知ってはならないものだと感じておりましたが、道砂のやつは……」


 当時、苛酷な修行を求めていた道虫。

 道虫の望みを叶えるため、寺院に設置したシステム、その名を『煉獄』。


『安心せよ、道石。おぬしの感覚が正常である。これは求道心の差というよりも、あやつの好奇心が激しすぎるだけのこと。ただの修行不足である。秘伝書という名の禁書にふれてしまった罰ともいえよう。勘ぐるならば道虫の業よ』

「初代様の、でありますか」

『短すぎる寿命に心を揺さぶられた愚かさの果て。あれは道虫にとって人生最大の過ち。まさに禁術。本来ならば煉獄の存在など記して残す必要はない。わざわざ危険なものとして秘伝書のなかに隠した。戒めではあろうが、好奇心や自負心を刺激しておる。ましてや道に迷い、彷徨うものならば、毒薬であろうと希望を抱き、これを求めよう。道虫の仕組んだ罠である可能性は捨てきれん』

「なんのために、そのようなことを」

『やらせたいのであろう。嘆願せよと道筋まで示して誘っておる。私でさえ勧めはしないものを、あいつもちょっと、狂っておるところがあるからな』


 当時、道虫が求めていたものは、進むべき道である。

 それは若返り薬で満たされるものではない。

 見失ってしまった道を、取り戻させる必要があった。


「それほどの価値がございましょうか」

『尋常ならざる体験はできる。戒めとなるか悟りとなるかはわからんが、己ならばという自負心は無惨に打ち砕かれるやもしれんな。修行不足であれば、何回か発狂してもおかしくはない』

「……道砂は秘術を知るために先代の跡を継ぎ、儀式のとき、ゴーン殿の来訪を待ち望んでおるのですが」

『心配せずとも、私がついておれば死にはせん。あれを体験したいというのなら、出向いてやってもよい』

「よろしいのですか。儀式までは、まだ十年以上もございますが」

『かまわん。道虫とその意志を継ぐ者たちの信義には、私も誠意をもって応えねばなるまい。悲劇で終わるか喜劇となるか見物でもある。各地を巡る段取りが狂い、儀式の時期が不定期となるやもしれんが、まあ、私にとって大差はない』


 道虫よ、時間とは情緒である。各々が感じる幻であり、相対的な存在なのだ。楽しい時は早く過ぎ去り、苦しい時はながく残る。個であっても世界であっても同じこと。短すぎる寿命を憂い、修行する時間が足りないと嘆くならば、刹那を永劫に感じるであろう、終わりのみえない世界へゆけばよい。


『煉獄』

 果てなき苦しみの世界。


 かつて母星で人気を博した異界体験シリーズのひとつである。


 生命の道を外れた愚か者どもの世界である『煉獄』は、コレクター魂を刺激する異界たちのなかでも相当の際物であった。若気の至りで求めえたネタバージョンにこんな使いみちがあろうとは、思いついた私でさえ驚きである。


 仏殿の床下に設置した装置が、敷地内に張り巡らせた結界内部の次元空間を制御下におき、異界と共振することで場をつなげる。肉体を現世とつないでおけば理論上は不老となるので、なんとなくヒトでもいける気がしたのだ。なにかと大変であったが、私はなにも悪くない。振り返ってみれば喜劇でもある。


『季節が巡れば向かおうか。おぬしはどうする』

「どうか、ご容赦を」


 さすがは道石。

 危機察知能力はなかなかである。

 まあ、逃げきれるかどうかはべつであるのだが。

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