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ゴーン  作者: 京本葉一
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 築四十年ほどの歳月を経た寺院がある。ヒトの営みが騒がしい昼下がり、その立派な門を堂々と抜けて境内を進んでゆく。

 私である。

 ゴーンである。

 二十年ぶりの再訪となり、それなりの情緒を感じている。ヒトの営みはめまぐるしく、いたるところに変化がみられる。童どもが騒々しいのは、あまり変わってはいないようだが。


 さかのぼること、およそ四十数年。この地には鬼がいた。弱き者をむごたらしく殺していた領主は、逆らうものには容赦がなく、領民は生きる屍のような有り様であった。

 ヒトが行き交う通りにて、生命の尊さを説く僧をまえにしても、その領主はヒトや鳥獣を苦しめることの愉悦を語り、そして、美しき毛皮を欲した。


『鳥獣さえも耳を傾けるありがたい法話』


 という完璧な演出が仇となった。サクラ役に徹していた私の姿が、あまりにも美しすぎたのであろう。

 なんであれ私は悪くない。私の誠意にも限度はあり、母星の法にも正当防衛は認められている。適切であったといえば嘘になるが問題はない。証拠隠滅に抜かりはない。さすがにすべてをなかったことにするのは無理があり、記憶の抹消は難しかった。とばっちりを喰らった目撃者たちの精神が崩壊する危険を避けるため、


『領主の悪行に怒り狂った荒ぶる土地神を旅の僧が法力と徳をもって鎮めた』


 という形に記憶をかるく改ざんして誤魔化した。

 なんとかなった流れで、この地には立派な寺院が建立された。


『老けたな、道虫よ』

「これはこれは、ゴーン殿。お久しゅうございますなぁ」


 離れにある一室で書きものをしていた道虫は、縁側に坐し、となりに私の席を用意して、「お待ちしておりました」と礼をしめした。

 身分を問わず等しく仏道を説きつづけ、数多の弟子たちを感化させてきた住職、道虫。

 童どもにも親しまれておるのだろう。老境に入り、私とならびながら昔を懐かしむその姿は、ぶつぶつと独り言をとなえつづけるボケジジイに映るらしい。庭で遊んでいた童どもが、目を見開いて私たちをみている。泣きそうな童もいる。ひとりは逃げた、いや、誰かを呼びに行ったのか。


『うむ、この事態にまったく動じないとは、ずいぶんと修行を積んだな、道虫よ』

「いやいや、拙僧、まだまだ未熟者ゆえ」


 その皺だらけの表情に、憂いの陰はない。


『例のものは、まだあるな』

「二十年前と同じく仏殿のなかで大切に保管しております」


 道虫よ、おぬしにこれを預ける。この寺院にて保管せよ。我が一族の名誉にもかかわる貴重な品である。これをそなたとの信頼の証としよう。けっして失くすでないぞ。これがあるかぎり、20年に一度はこの地を訪れるであろう。30年に一度でもいける気はするが、余裕をみてそうしておく。


『期待を裏切らぬな、おぬしは』

「ゴーン殿の信頼を失いたくはございませぬゆえ」

『あれがなにかを知るわけでもあるまいに』

「ゴーン殿にとって大切なもの。それさえわかれば十分でございます」


 かつて交わした約束を、終生たがわず守り通すか。見事であるぞ、道虫よ。期待どおりである。まったくもって期待どおりである。


『おぬしの誠意には、私も誠意をもって応えねばなるまい』

「ありがたきこと」

「老師」

「ちょうどよい。これより仏殿に参るゆえ、皆を集めておいてくれ」


 様子をみにきた弟子の先をとって己の要求を伝える。その巧みさは揺るがぬ精神あってこそか。それに比べて、師匠には逆らえぬ若い弟子の、私をみる目はどうであろう。うむ、困惑がひどいな。


『あの者、まだまだ修行が足らぬな』

「ご容赦を。されど日々の修行により、あるいは、ゴーン殿の秘術をもってすれば」

『二十年前の、あれか』

「あれにはずいぶんと鍛えられましたからなぁ」


 昔語りに区切りをつけて、道虫と共に仏殿のなかへ入る。なかには三十名ほどの弟子があつまっていた。道虫はなにも説明しない。ひとつの儀式として、保管していたものを取りだし、私がやることを弟子たちに見守らせるだけである。


『私はゴーンである』


 弟子たちに思念で挨拶をとばしたのち、紋様が描かれた金属板の上にのる。音も光も発しない。派手な演出はなにもない。重厚な沈黙がつづく。べつに黙っている必要はないのだが、大切な儀式ということになっているので、こういう演出も必要であろう。


『うむ、無事に終了した。これで二十年は安泰であろう。礼をいうぞ、道虫よ』

「勿体なきお言葉です」


 道虫もなにが起こったのかは理解していない。道虫の狙いはそこにはない。私がどういった存在であるのかを察することができるか、弟子たちを試しているのである。私がみるところ、半数は困惑のなかに。もう半数は感じるところがあり、十名ほどは私の思念も少なからず受け取っている様子。二十年前からいる古株にいたっては、眼が死んでおるな。


『ほかの兄弟子たちの姿がみえんな』

「仏道を広めるため旅立ってゆきました。各地の寺院で職についておりますので、姿を見かけましたら、お声をかけてやってください」

『うむ、おもしろそうなのでやってみよう』


 私のことは口外を禁じられている。それぞれが己のうちにて理解を深めてゆかねばならない。これも修行のひとつであるそうだ。

 儀式については、道虫のあとを継ぐ者が取り仕切るという。

 道虫の信義に報いるためにも、私はそれを許可した。なにも問題はない。最前列で腐った眼をみせつけてくれた一番弟子は、『あれはやらん』の思念を受けとると見事な礼儀を示してみせた。


「精進料理を用意いたします。召し上がっていただければ幸いに存じます」


 道虫の心尽くしである。

 それを拒絶する選択など、私は持ちあわせていない。

 世辞のひとつもくれてやる。


『さらばだ、道虫よ』


 儀式を終えた満月の夜に、道虫はこの世を去った。


 やはり気になってはいたのだろう。最後の最後に私のもとへ挨拶に立ち寄った際、あの金属板がなんなのかを尋ねてきた。答えを知ったあやつは、

『さすがはゴーン殿ですな』

 と愉悦に満たされて昇っていった。同族たちと同様に、生命の道を迷うことなく旅立ってゆく。おそらくはまたこの惑星(ほし)で、ヒトとして生きることを選ぶのであろう。ならばいずれどこかで、新たな縁を結ぶこともあるのかもしれぬな。

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