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ゴーン  作者: 京本葉一
5/10

 月明かりのない夜。

 石ころだらけの河原に灯があった。


「つまりゴーン殿は、天に輝く星々の向こうから参られたと」

『うむ、ざっくりいえばそんな感じであるな』

「拙僧、まだまだ未熟者ゆえ、不可思議としか申しようがありませぬな」


 パチパチと音をたてる焚き火をまえに、道虫(どうちゅう)と名のるニンゲンとコミュニケーションをとっている。

 私である。

 ゴーンである。

 旅の途中、やはり旅をしているという道虫と遭遇した。ウルトラレアともいうべき存在であった道虫は、相対するだけで私の偉大さを感じとったらしい。殊勝な態度で何者かを問うてきた。丁寧に答えてやった結果、


「すべての狐の守護者であるにとどまらず、人間にも恵みをもたらさんとする真に尊い御方」


 として私を受けいれ、私との同行を求めてきた。


「拙僧は仏に帰依するもの。悟りを開くために修行を重ねるかたわら、仏道を広めたいと願っているのですが、まだまだ未熟者ゆえ難儀しております。拙僧、ゴーン殿の底知れぬ御力に圧倒され、また智慧の深さに感じ入りました。ぜひとも拙僧に、その深淵なる智慧の一端を御享受していただきたいのです」


 同族が暮らす山々にまでついてきそうなので、とりあえず河原で夜を明かすことにした。

 夜営の準備を整える道虫をながめながら、私は思案をめぐらせる。


 せっかくのウルトラレアである。利用できるなら利用したい。どこまで語ってよいものか。どのような反応を示すのか興味もある。これだけスムーズに伝達ができるのであれば、うっかり記憶を消し去っても問題はないだろう。いける気がする。


「ゴーン殿。こうして場を設けていただいたこと感謝いたします」

『うむ、道虫よ。さっそくだが、おぬしの求めに応じて私になんの益がある』

「仏道が広まることは、ゴーン殿の益になるかと愚考いたします」

『よい、語れ』

「一寸の虫にも五分の魂。仏道は生命を尊び、無益な殺生を禁じております。仏の道が広く信仰されるようになれば、人間だけでなく鳥獣たち生きとし生けるものの幸福につながります」

『同族の守護につながるか』


 道虫は首肯し、沈黙を保った。

 パチリと爆ぜて、火の粉が夜空に舞い上がる。


『己を律することを、ニンゲンが望むとはおもえんな』

「それが成されぬとなれば、この世は地獄と化しましょう」

『道虫、おぬしは破壊者だ。ニンゲンの世を壊そうとしている』

「拙僧にそこまでの力はございませぬ。思想や秩序を変えてゆくには、永い時が必要となるでしょう。拙僧は、正しき人の世をつくるための、礎のひとつとなれば本望なのです」


 道虫が浮かべる笑みは、自嘲ではない。

 漂うのは、己の分を知る者の気配。

 己の軸を持った者の、揺るぎない信念。


『偽りではないらしいな』

「ゴーン殿との出会いは、御仏の導きであると感じております」

『ほう、欲をかいたか、道虫よ』


 空気が変わる。それを察せる道虫の緊張感が伝わる。


 私の力をもってすれば、ニンゲンの思想や社会構造を速やかに変革することも可能である。そのように考えているとすれば、道虫、こいつは危険である。己の思想信条を唯一の正義とみなし、柔軟さを失ったものが行く末は悲惨なものだ。


 安易に私に近づいたものがどうなるのか。

 愚かな決断の果てを知るがよい。


「じつをもうせば、仏道では肉食を禁じております」


 力を抜いたな。

 それにいま、こいつは何といった。


『おぬしも川魚を喰っておるではないか』

「拙僧、まだまだ未熟者ゆえ」

『言い訳がまた、くちゃくちゃうるさいのう。喰いながら語るでない』

「ゴーン殿こそ、捕えた蛇を喰いながら思念を飛ばされるのはいかがなものかと」

『やらんぞ』

「さすがに生肉は遠慮いたします」

『生で食することで力がつくというのに。これだからニンゲンは愚かというのだ』

「火を熾し、食せぬものを食せるようにする。この欲望と創意工夫こそが、人の強みであるのもたしかなのです」

『一理はあるのだろうな。そこにいたるまでの犠牲を忘れず、強欲に支配されぬのであれば』

「そのための仏道です」


 道虫は焚き火にあてていた二本目のくし刺しを手にとった。


『おぬし、ニンゲンにしては魚捕りが上手すぎるぞ』

「ゴーン殿も、おひとついかがですか」

『いらぬ』


 なんだかんだとコミュニケーションはつづいた。追いかけてくるか崇めてくるかのニンゲンを相手に、こういった気安いコミュニケーションをとることになるとは思わなかった。

 対等ではないにせよ、それに近いものはある。

 保護対象の同族相手では為しえない、久方ぶりの感覚であり、少しばかり母星のことを、思い出したりもした。

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