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ゴーン  作者: 京本葉一
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『神仏分離に廃仏毀釈とはのう。ほとんど一体化したものをどうやって分離しろというのだ』

「考えてはいないでしょう。西洋の強国は一つの宗教によって国家をまとめているので、我が国もそれに習おうというのです」

『ただの文化破壊だろうに、なぜこんなに盛り上がるのか』

「神社仏閣が所有する森林などを奪い取り、材木を売り払って不当な利益を上げる輩が多いようです」

『どこもかしこも愚かさが極まっておるな。寺社に恨みでもあるのか』

「反対運動もあるにはあるのですが」

『ここのようにはいかぬか』

「……この地域の方たちにとって、ここは思い入れのある場所のようですね」


 童どもが騒がしい寺院の離れにて、人間と世間話をするようになった。

 私である。

 ゴーンである。

 スローライフを目指して惑星テラに降り立ったときには、こんな状況を予想することはできなかった。この私がヒューマン種と気安くコミュニケーションをとっているなど、いまだに信じられない思いである。

 思い返してみれば、予想外のことばかり起きている。

 このところの動静も、予測がつかないものとなっている。


『我が領域である島国に対して、諸外国の搾取がつづいている。強者の論理が尊ばれる戦争の時代。世界の流れに巻きこまれたいま、この国も変わらざるをえないだろう。強国の文化を取り入れる必要もあるにはあるが、自国の築き上げてきた文化を全否定するあたり、全力で滅亡に向かっている気もするな』

「滅びませんよ。たとえ国土が焦土と化しても蘇ってみせましょう」

『その魂は不滅か』

「そんなことより、イナリーさんは御一緒ではないのですか」

『祖国の行く末が軽いな』

「いえいえ、ついに独り立ちのときが来たのかと、ふと気になってしまい」

『トンビに油揚げをさらわれるような小娘である。私のそばを離れるには時期尚早といえよう。いまは厨房に立て籠もっておる』

「まだまだ可愛い盛りですか」

『まだまだ幼いだけのこと。ついこの間も、ちょっと人間に生まれ変わって一流のいなり寿司職人になる、などと騒ぎはじめた』

「泣いて止めねばなりませんね」

『泣いてなどおらん。さすがに止めたがな』

「しかし、ちょっと生まれ変わるとは、おもしろいことをおっしゃいますね」

『可能だから困るのだ。イナリーにはまだ難しいが、肉体から抜け出すことなど容易なのだ。肉体を保存しておけば、ちょっと人間をやったあとで元に戻ることもできる』

「なんでもありですね。そういえば、寿命とかどうなっているのですか」

『そんなものはない。十分に生きたと満足すれば、自らの意志で旅立つまでのこと』

「なんとまあ、繁殖期が短いわりに生まれる子どもの数が少ないのは長寿が原因だと思っておりましたが……いや、どれだけ子どもの数が少なかろうと、永遠に生きるとなれば、どうしても個体数は過剰となり、生活領域が足りなくなるのでは」

『当然そうなる。だからといって人間とは違い、殺し合ったりはしないがな。思うにヒトという種は、数が増えると流行り病や戦争などを発生させ、数を減らすように仕込まれておるような気がするのう。戦争を企む者も、所詮は悪しき因果にとらわれた操り人形に過ぎぬか』

「行く末が煉獄であっても、同情はされぬでしょう。しかし病や他殺でないとなると、先の肉体を抜け出すという表現……自らの意志で死を選び、個体数を調整しているのでしょうか」

『我々は平和を尊ぶ種族である。子孫の繁栄をこのうえない幸福と感じるがゆえに、自らの領域を譲り渡し、至上の喜びと誇りを胸に肉体を離れ、現世を旅立つのだ』

「そういえば太古の人類も、神の生け贄に選ばれた者は喜びと誇りをもって生命を捧げたとされていますね。嘘か真かは存じませんが」

『たとえ真実であろうと、生け贄と一緒にされるのは不愉快だな。先祖が私のための犠牲になったとは思いたくない。満足したから旅立つだけのこと』

「誇り高い種族であることは理解しております」

『うむ、なんにせよ領域を巡って争うようなことはない。だいぶ事情は変わっているが、これまでもこれからも、我々は満ち足りて現世を旅立つであろう』

「素晴らしい……事情が変わったとは」

『領域問題についてだ。念を押しておくが、領域を譲り渡して旅立つことの尊さが疑われたことはない。我々の永い歴史においても、いまだかつて汚されたことのない行為である。ただあるとき、未知を求める連中がふと思ったのだ。宇宙に存在する無数の天体のなかに、母星と似たような惑星が存在するのではないのかと。好奇心が極まった彼らは、自らの思いつきを実行にうつした』

「生活領域の拡大に成功したのですね」

『そういうことだ。やりたいことをやりきったせいで多少の問題はあったが、新天地という概念は確立された。賢者と呼ばれた彼らの名は歴史に刻まれ、あとに続いたものたちが次々と新天地を切り拓いた』

「この惑星も、そのひとつということですか」

『うむ、まあ、そういうことだ。なにも間違ってはいない』


 ときおり茶をすすり、いそいそとメモをとる人間が、莞爾として笑う。


「なにからなにまで教えていただいて、ゴーンさんには感謝しかありません」

『うむ、なぜかおぬしには、語ってやりたい気になった』

「ありがたいことです。まあゴーンさんのことを学会で発表したところで、変人扱いされて終わりでしょうけど」


 民俗学や宗教学、生物学や天文学など、幅広い分野の学問を追及しているらしい若い学者は、住職でもないのに寺院の離れで寝起きしながら、私との対話を楽しんでいる。


「数十年の周期で姿をあらわす不思議な狐さま。列島各地に散在するゴーンさんの逸話を集めてまわり、実在の証明に情熱を傾けていたはずなのですが……こうしてお話を聞かせていただいているうちに、自分はただ、こうして語ってみたかったような、それだけであったような、そんな気がしています」


 修行したこともない学者でしかないが、私の思念を受けとり解している時点でたいした存在である。ただものでないことがわかるからこそ、現在の住職である道草(どうそう)も、こやつに離れを貸しだして寝泊りをさせている。


『置き土産にはよいだろう。しばらくは、この惑星を離れることになる』

「そうなのですか」

『なにかと予測のつかない動静となっているのでな』

「それはこの星に来られたという、母星の御仲間たちが関係していますか」


 もちろん私は悪くない。彼らは勝手にやってきたのだ。私はただイナリーの成長記録を母星の両親と親戚一同および昔馴染みに贈りまくっていただけである。


『ただの娘自慢であり、それ以外の意図はなかった』

「ええ、そのあたりは重々承知しております」


 まさか両親が惑星全土で孫自慢をしていたとは思わなかった。親戚一同が各惑星にて親戚自慢をするなど思いもよらぬことであり、悪友どもが先頭にたって惑星テラ観光ツアーを企画するなど予想外であり、そんなこんなで同族の意志がひとつにまとまろうなど、想像しえない事態であった。


「不可解事件の報道はありませんが」

『うきうきと楽しんでおるよ。人間に対しては立腹しておるがな』

「……総意、なのでしょうね」

『我が娘イナリーの底知れない可愛さが、人類滅亡の危機を招くことになろうとは』

「またさらっと恐ろしいことを」

『安心せよ。現地在住者として、放っておけば勝手に滅びると伝えておいた』

「それは安心してよろしいのですか」

『母星の同族によって滅ぼされる心配はなくなったな』

「納得されてしまいましたか」

『されてしまった。母星で会議が開かれて、この惑星の生命体をそれぞれのスペースコロニーに移住させる法案が通った』

「そのスペースコロニーとは」

『居住空間を充実させた超巨大宇宙船、航行可能な小規模天体だ。移住に適した惑星を探すよりも、ゼロから創った方が楽しいのではと思い至り、つくりあげることに成功したそうだ。私がいない間に開発され、量産されるまでになったらしい。銀河系の探索が進み、資源は豊富にある。転換技術も飛躍的に上った。領域問題は全面的に解決できたので、なんなら別の惑星の生命体を連れ込んでもいいようにしたというわけだ。もちろん相手とよく相談して、理解と納得をもらったうえでの移住だそうだが』


 惑星テラの同族たちも次々と移住しているらしい。この島の同族たちも同様である。私がこれまで守ってきたものが、物量作戦で一気に解決に向かおうとしていることに、大きな安堵とわずかばかりの虚しさを感じている。


「この惑星を離れる理由にどうつながるのでしょう」

『うむ、やはり諸外国の侵略が問題となろう。この島国は私の領域でもある。汚してもらっては不愉快なのだ』

「……つまり」

『このままでは人類を虐殺することになってしまうかもしれん』

「ゴーンさん」

『我が娘イナリーが』

「……娘さんのほうですか」

『私の領域はイナリーの領域でもある。当然イナリーもぷんぷんしている。私がどれだけうまいことやっても、すべてぶち壊してしまう予感がすごいのだ』

「ゴーンさんからすれば、イナリーさんはまだまだ未熟なのでは」

『純粋な能力だけなら対応は可能であるが、どうも母星の連中が余計な知識を与えたらしく、イナリーがどのような手段をとるのか、もはやまったく予測がつかない。一族の名誉とか母星の法とか事後処理とか、そういうことを一切考えないでやらかしそうな気がする』


 私が惑星テラにいる間に、母星では技術革新が進んでいる。私の知らない知識や技術がイナリーに流れている可能性は否定できない。つまり私ではイナリーの行動を阻止できない可能性が浮上している。かなりの急速浮上である。


「うーん……つまり母星の方々がイナリーさんを可愛がり、気を惹こうとしてゴーンさんの知らないことを無分別に教えている、といった感じですか」

『そういうことである。母星の連中はイナリーに加担する方向で動くだろう。抑止効果は期待できない。よって里帰りの名目でイナリーを母星に連れてゆくことにした。両親がイナリーに会いたがっているのは嘘ではないし、拘束してでも可愛がるであろう。私はその間に母星の知識と技術を吸収して準備を整える』

「……準備というのは」

『無論、戦争の準備である。再会早々に私のことを「お義父さん」と呼びやがった腐れ外道どもにケジメをつけさせねばならん』

「なるほど、いろいろと目的が散らかってはいますが、帰省されることは納得できました。平和を尊ぶ種族というものについて考える必要はありますが」

『考えるのではない。感じるのだ』

「そうですね。とりあえず心を静めましょう」


 なんだかんだとコミュニケーションはつづいた。そこは戦争ではなく決闘ではないのか、なんならこちらに有利な料理対決でもよいのではないのかと高度な戦略会議をおこなっているうちに、審査員長候補イナリーと現住職の道草があらわれて食事の用意が整ったことを告げた。


『イナリーよ、お前の祖父母はまだ、油揚げを知らない』

『!?』


 食事の席にて、驚愕の事実を悟ったイナリー。形にならない思念の波がイナリーの受けた衝撃の大きさを物語っている。やはり私の娘である。親族に対する愛情は深い。


『私は思うのだ。イナリーの祖父母に、私の愛する両親に、イナリーがつくった油揚げを食べさせてやりたいと』


 大豆の品種改良が一段落したいまならば惑星テラを離れることを受けいれるとした、私の見込みが正しいことが証明された。


 イナリーの気が変わらないうちに、私は出発の準備を整えた。事前準備や根回しはある程度できていたが、母星でも油揚げ文化が根付くようにと、原材料やその栽培方法、土壌サンプルに料理道具などなど、イナリーが求めるものを用意するのに慌ただしさを感じた。


『やれやれ、忙しいものである。まさか、いなり寿司に必要なものまで準備することになろうとは、よもやよもや……うむ、なにか忘れているような気がしないこともないが、善は急げ、兵は神速を貴ぶというからのう』


 帰省の時はきた。

 母星の滞在期間は定かでないが、人間の寿命は短い。

 別れの時であった。


「お気をつけて、いってらっしゃい」


 大気圏外に駐留させている私の船に乗りこむため、我々の四つ足が地表を離れたとき、最後の言葉が放たれた。

 悪い気はしなかった。

 この惑星は私の、いや私たちの、帰ってくる場所である。

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