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1.エルダの町にて

 先代国王が亡くなったのが去年の秋。


 そして春。

 29歳という若さで戴冠した国王夫妻は、この国の慣例に則り、国内の主だった都市をめぐる巡幸に出ていた。

 巡幸は、国王に即位した後、1年ほどかけて断続的に国内を縦断するもので、この国では新国王の顔見せとして重視されている公務だ。

 国王夫妻だけでなく、大貴族や王族も交代で随行するので、三十台を越える馬車を連ねた大掛かりなものとなる。


 今日は、昼前に、エルダの町に入って、広場で簡単な式典を行う予定だ。

 空は晴れ、雲ひとつ無い良い天気だ。

 このあたりは、牧畜が盛んで牧場が多く、のどかな風景が続く。


 夫妻は、エルダの町の少し手前で、街道を移動するための居住性を重視した大型馬車から、民の歓声に応えやすい、2人乗りの瀟洒な馬車に乗り換えた。

 馬車の幌は畳んでいる。

 なるべく多くの民に顔を見せるためだ。


 領主の馬車が先導し、馬に乗った近衛騎士達に守られた国王夫妻の馬車、その後に侍従や侍女の馬車、随行する貴族達の馬車が続く。


 町に入ったところで、集まってきた近在の民で沿道がびっしり埋まっているのが見えた。

 馬車に気づいた人々の歓声が上がる。

 王は御者に合図をして、馬車の速度を落とさせた。


 巡幸のルートは毎回異なる。

 ひょっとしたらこのあたりの人々が王や王妃を目にするのは、一生に一度のことになるかもしれない。

 王と王妃は沿道ににこやかな笑みを向け、できる限り一人ひとりと眼をあわせながら手を振った。


 スピードを落とさなかった領主の馬車との間が離れた。

 丸石を敷いた道は少し狭くなり、町の中心である教会前の広場に向かって、ゆるやかにカーブしながら下っていく。

 この地方独特の、壁を淡い色合いで塗った3階建ての家が連なる家並を見た瞬間、国王はふと違和感を覚えた。


 初めて来た町なのに、この風景、確かに見た記憶がある──


 と、その時。


 右斜め前を馬で並走していた騎士の上体が、血飛沫を上げて吹き飛んだ。


 驚いた馬が狂奔し、車輪が浮き上がる。

 続いて、首を射抜かれた御者が振り落とされた。

 馬も馬車も四方八方から射られ、ながえが外れた車体は、石畳の上を滑りながら夫妻の悲鳴とともに横倒しになった。

 横倒しになっても勢いは止まらず、さらに滑って広場の中心にある噴水にぶつかったところでようやく止まる。


 悲鳴が上がり、集まっていた群衆は我先にと逃げ出した。


「陛下!」


 幸い、とっさに伏せて座席にしがみついた国王夫妻は馬車から投げ出されずに済んだ。

 矢にも当たっていない。

 だが衝撃のせいか頭が回らず、なにが起きているのか把握しきれない。


「ジュリエット! 無事か!?」


 お互いかばいあうように抱き合い、どちらから敵が来るのかもわからぬまま、馬車の陰に身を隠そうとする夫妻の横合いから、パラソルを小脇に抱えた灰色のデイドレス姿の細身の女が飛び出してきた。

 ドレスと同じく灰色の髪をした女は、夫妻の後方に右の手のひらを向ける。


 ほぼ一音節の短い詠唱と共に炎が迸る。

 ファイアボールだ。

 逃げ惑う人々の流れに逆らい、抜刀して走り込んできた農民風の男が火だるまになった。


 だがその後ろからも、暗殺者達が迫ってくる。


 見上げると、広場を囲む建物の屋根にも人影が見える。

 王を守ろうと飛び出してきた近衛騎士達、領主の護衛が次々と射られ、雷撃をくらって斃れていく。


「失礼」


 ファイアボールを放った女は短く断りを入れると、かばいあう夫妻の頭上、横倒しになった馬車の上に、ドレスの裾を翻してぽーんと飛び乗った。


 パラソルの石突を暗殺者に向けて構えると、ぱす、ぱす、と聞いたことのない乾いた音がして、暗殺者達の頭が弾けていく。

 左から右へ、なめらかな動きで正確に頭を撃ち抜き続け、十数名はいた広場の西側の暗殺者をわずか数秒で屠ると、今度は逆側に振り返ってバッとパラソルを開いた。


 倒れた馬車に火をつけ、国王夫妻を炙り出すつもりか、次々と飛んでくるファイアボールを、巧みにパラソルを操って、女は弾く。

 付与した魔法防御が切れ、燃え上がるパラソルを投げ捨てた女は、両腕を伸ばして手のひらを前に突き出した。


 女の、鮮やかな紫の瞳が昂揚して輝く。


斉射フューサレイド!!」


 鋭い叫びと共に、魔法陣が7つも浮かび、屋根の上、宿屋の2階、教会の鐘楼、路地の奥と、高さも方向もばらばらな目標に向かって、強烈すぎて青白く見えるファイアボールが同時に迸った。

 暗殺者達が、次々と黒焦げの炭と化し、崩れ落ちる。


「は!?」


 国王は、命の瀬戸際にあるというのに思わず眼を吸われた。


 こんな魔法の撃ち方はありえない。

 一列に並べた複数の魔法陣から魔法を射出する「斉射」が、そもそもかなり高度な技。

 5つ並べられれば、それだけで当代随一の魔導師と謳われるくらいの技だ。

 それを7つも並べ、ここまで分散した目標を同時に斃すなど、いまだかつて成功した者はいないはず。


 まるで、どこから敵が襲ってくるのか完全に把握した上で、射出する角度をあらかじめ魔法陣に埋め込んでいるかのようだ。


「くそッ」


 右眼の下に青い絵の具を指でなすりつけたような痣のある男が、左手から飛び出してきた。


 ──痣のある男が、懐からなにかを取り出すと、国王に向かって投げつける

 ──それより一瞬速く、女が馬車から飛び降りながら、狩猟用のナイフを男に投げつける


 ナイフは男の腿を貫き、男は倒れた。


 そして女は国王の前に両手を大きく広げて立ちふさがり──


 男が投げつけた、鋼線を球のように丸めたように見えるものを、心臓の真上で受け止めた。

 ぎゅるぎゅると球が回転して、女の肉を穿ち、鮮血が飛び散る。

 暗殺用の魔道具だ。


 女は両手を広げたまま、二三歩よろめいたが耐えきれず、国王夫妻の目の前で仰向けに倒れた。

 王妃が悲鳴を上げて、顔を覆う。


 襲撃は止んだようだ。


 国王は王妃をかばいながら、這うようにして、女に近づいた。

 魔道具は溶けて停止しているが、女の胸には大きな穴が開き、とめどなく血が噴き出している。

 おそらく助かるまい。


 とっさに細い身体を抱き上げた国王は、この女に見覚えがあることに気がついた。

 同い年の、公爵家の令嬢だ。


 幼い頃は、輝くばかりの少女だった。

 きらめく紫の瞳を真っ直ぐに向けられると、いつも赤くなってしまい、必死にごまかそうとしていた記憶がある。

 あの頃、自分の父母も含めて、多くの者がこの少女が将来、王妃になるだろうと予感していた。

 それが学院に入学して、久しぶりに会った時には、いつも下を向いて誰とも喋ろうとしない、銀色の髪すら灰色に見えるほどにくすんだ令嬢となっていた。

 その後、病を得て自領に引きこもった令嬢を、社交界は忘れ去っていたが──


「ジュスティーヌ!?

 なぜ君がここに!?」


 ふっと女は眼を開いた。

 ひたと合わせた美しい紫色の眼がみるみるうちに潤んでいく。


「……あなた、ご無事で……」


 息だけの声で、いとしげに一言呟くと、女は事切れた。

 ほのかな微笑みが口元に残っている。


 国王は、不意に強いめまいを感じた。

 一瞬、風景がぐるぐると回転しているように見え、強く眼を閉じる。


「陛下、この方は?」


 妻の声で、国王は我に返った。

 めまいは消えている。

 風景も回転していない。

 

「……ジュスティーヌだ。

 君も、学院で会ったことはあるはずだ。

 シャラントン公爵の妹で、先代公爵夫人が急死した後、病を得て領地で療養していると聞いていたが……」


 言っていて、公爵家の説明が根本的におかしいことに国王は気がついた。

 さきほどの動き、到底、病人のものではない。

 長年訓練を積んだ騎士でも、あれほど動ける者はそうそういないはずだ。


「ジュスティーヌ様!?

 覚えています。

 学院時代に、一度だけお声がけくださったことが……

 でも、なぜここに?」


 自分たちが暗殺されかかったことはわかる。

 だが、十年以上も会っていなかったこの婦人が、なぜ助けてくれたのか。

 もし、なにかのはずみで暗殺計画を知ったのなら、警告してくれればよかったはずだ。

 なぜ20数名の暗殺者を相手に、みずから戦うような危険を冒したのか。


 生き残った護衛や侍従、貴族達が慌てて集まってくる中、国王アルフォンスは、ジュスティーヌの謎めいた死に顔をただ呆然と見下ろしていた。




 巡幸はただちに中止。

 暗殺未遂事件の捜査は、アルフォンスみずから指揮をとった。


 暗殺者達の遺体から得られた手がかりと、唯一生き残った痣の男の取り調べから、半月ほどで黒幕はサン・ラザール公爵家ではないかという疑惑が濃くなった。

 サン・ラザール公爵は、順位は高くはないが王位継承権を持っている。

 上位の王位継承権保持者が高齢だったり、逆に若すぎたりするため、アルフォンスとジュリエットを亡き者とすれば、幼い王子の摂政として浮上する可能性が高い立場だ。


 慌てたサン・ラザール公爵は、すべてを投げ捨てて亡命しようとしたが、不審に思った国境付近の住民たちが馬車の行く手を塞ぎ、公爵は逮捕された。

 近いうちに刑場の露と消える予定だ。

 計画に関与した者も芋づる式に捕らえられ、それぞれ判決を待つ身となっている。

 

「陛下。

 お茶はいかがですか?」


 王宮が落ち着きを取り戻しつつあったある日の午後、ジュリエットはバルコニーの椅子に座って、ぼんやりと庭を眺めているアルフォンスに声をかけた。

 事件はほぼ解決したというのに、夫がこうしてぼんやりしている姿を見ることが最近多い。


 ああ、だか、うむ、だかわからないような声が返って来たので、ジュリエットは夫が好む異国の茶をみずから淹れると、バルコニーへと運んでいった。


 アルフォンスの手元には、臙脂色の革表紙の本があった。

 表題が書かれていないから、本ではなく日記の類かもしれない。


 すまないね、と受け取って、アルフォンスは静かに茶を飲み、じっと妻の顔を見上げた。


「……ジュリエット。

 結婚した時、君はたしか、どのような問題でも、できる限り打ち明けてほしいと言っていたね」


 淡々とした声には表情がない。


「はい。

 もし、陛下が苦しい思いをされることがあるのなら、わたくしも共に担いたいと。

 今もその気持は変わっておりませんわ」


 ジュリエットはまっすぐにアルフォンスの眼を見て答える。


「ありがとう。

 ……では、これを。

 ジュスティーヌ・シャラントンの部屋から見つかったものだ。

 まだ私しか読んでいない。

 読み終えたら、これを君がどう思うか教えてほしい」


 アルフォンスはジュリエットに、臙脂色の革表紙の本を差し出した。


what if?

https://www.youtube.com/watch?v=blUHcPeL_KE

※ジュスティーヌ戦闘シーン。絶望からの解放。

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