初めての職場 -遺跡都市オラ-
―2年前 夏季―
魔法使いの鉄箒、魔法と産業の融合体、国内最大のレガシーシステム。
子どもの絵本から評論、技術書に至るまで、さまざまな愛称で呼ばれるそれの正式名称は
「魔力機関搭載型連結車両システム」
しかし国民の多くはそんな正式名称があることすら知らず、どこかの誰かがある日
「魔力列車」
と呼び始めてからはその呼び名が国民生活の中に浸透していった。
先頭車両の最後方席。
青々と茂る麦畑をガラス越しに見つめる少女の顔はその景色と対照的に、晴朗とはいえないものであった。
「間もなくオラに到着です」
後方から巡回にきた車掌が、先頭車内の乗客に到着案内を行う。
「パパ、もう着くの?」
「あぁそうらしい。さぁクツを履きな」
少女の2列前方に座っている父子の会話が聞こえる。
「えーもうちょっと乗ってたかったなー」
「ははっ、どこまで行くつもりなんだ。ママのところに行けなくなるぞ」
「だって前も行ったけど何にもなかったじゃん。」
「遺跡都市だからなオラは。お前にはつまらんかもな。」
(遺跡都市か…)
父子の会話を聞きながら、車窓が切り取る花と青が少しずつ石と黄土に変わっていく様を見て、少女の目からも一層色がなくなっていった。
(いや…都市なんだ…観光スポットもあるし…贅沢は言わないから…多少は…)
列車が減速を始めるのを体で感じた少女は、色のなくなっていく絵画から目をそらし、旅行用バッグを抱えて席を立った。
(あぁ…お願いお願いお願いお願いっ…)
心の中で誰に宛てたわけでもない祈りの言葉をただただ繰り返しながら車両の出入り扉前に移動する。
列車が駅構内に入り、完全に停車する。
開閉扉魔具が作動し、車両の出入り扉が開いた。
列車を大股で降りて早歩きのまま、まっすぐ駅の出口へ向かう。
「ご乗車ありがとうございました」
愛想のない真顔の駅員に切符を手渡し、勢いそのまま駅の外へ飛び出した。
「っっお願いぃ!」
目の前に広がるのは、石の壁でできた小商店が2軒、土産店が1軒、屋台がそのまま店舗となったような飲食店が3軒ほど。そして観光客向けの宿が1軒。
「…う、うぅん………び…みょう…」
栄えているのかそうでないのかよくわからない…
どうせなら何もない方に振り切ってくれていた方が諦めもついて逆に笑い話にもできたのに。
まさに微妙、という感想の通りの半端な遺跡観光都市オラ。
ここが新人商会員フレアの初めての職場である。