憧れの都会へ
主要駅から2駅離れた無人駅。切符を車掌に手渡し、階段を降りる。
腕時計の針は間もなく夜空に浮かぶ星々を突こうとしている。
「この時間ならまだいいか…」
しわの取れない白いシャツにカカトのすり減った革靴、
2年前に購入した通勤バッグは間もなく取っ手が千切れる頃だろう。
魔力列車を運営する多くの商会の中でも国内最大手に位置するカノン商会。
この商会に所属する一商会員のウチことフレアは、
現場で保護具をかぶり汗とホコリにまみれた仕事をしていた。
学生時代は都会の綺麗な職場で、好きな服を着て、ちょっぴり甘めの焙煎茶を飲みながらカッコよく仕事をすることに憧れていたが、
実際はやってみないとわからないもので、壊れた列車用魔具を前に
「しょうがないやつだなキミは…」
とつぶやきながら工具を握りしめるこの仕事は実はウチの性に合っていた。
転機が訪れたのは数ヵ月前。
ホコリだらけの場所で、小汚い作業着を着て、ぬるくなった水を飲みながらひとり黙々と作業することのない、列車用魔具の設計部署に転属しないかという話が舞い込んだ。
噂に聞く設計部署は、主要駅の真上に建てた商会塔の上層にある眺めの良い職場で、華美でなくとも個性を出せる服が着れるという、まさにウチの憧れをそのままにしたようなところだと。
誰がこんな話を断れるんだ!と、2年間面倒を見てきた愛着のある一地方の魔具たちや、心配そうにウチの顔を見つめる職場の上司・同僚に別れを告げ、期待に胸を膨らませながら転属先の最寄りにある商会寮へ引っ越した。
転属初日。前日のうちに商店で厳選した焙煎茶をカバンに仕込み
「いよいよウチも都会の商会員や!」
と目を輝かせながら浮かれた気分で新たな職場の門を叩いた。
が、噂は噂。本当はワタシのような都会に憧れる純情な乙女をだまくらかすための撒き餌だったのではなくて?と思うくらい現実は悲惨なものだった。
配属された部署は今まさに、カノン商会が所有する全駅で列車運行のやり取りに使う通信用魔具の総取り替えを計画しており、新魔具の設計を任されたウチはこれまでの経験をさほど活かすこともできず、まさに激務を超えて地獄のような日々を送っていた。
「綺麗な職場、は合っているな…」
「1本数十ゴールドのスティック茶をお湯で溶かして…」
「使い方もよくわからない設計魔具や計算魔具と毎日にらめっこ…」
駅からたった徒歩5分の商会寮まで、なんとか意識を保ちながら歩き続ける。
「合ってるんだけど…そうじゃないんだよ…」
「まぁ…やるしかないんだけど…」
意識を保つために無意識に始まった脳内独り言も、最近は口に出さなければ満たされなくなってきた。
自室のドアを開け、カバンを放り出しベッドに倒れこむ。
「…戻りたいな」
ここ最近は昔のことばかり考えてしまう。
着替えをしない罪悪感を眠気でごまかし、そのまま眠ってしまった。
まぶたの奥には、かつての職場と魔具たちが映っていた。